━━日本以外でのDentsu Labのメンバーは?
最初に立ち上げた海外拠点であるアムステルダムやワルシャワで中心となるのは、テクノロジー×テック×クリエイティブを柱に展開してきたIsobarをはじめとするクリエイティブテック組織出身のメンバーです。それぞれの地域に素晴らしいクリエイティブタレントが揃っていますので、そのタレントたちに、より大きな機会と可能性を作っていきたいと思っています。
━━電通本体のクリエイティブチームや電通デジタルとの連携もありますか。
もちろんです。dentsu Japanでは、10年前に立ち上がったDigital Creative Center や、5年前に始まったデジタルクリエイティブ採用などのアクションを経て、クリエイティブテクノロジーに長けたメンバーが集まっています。今後はよりチーム力を高めていけたらと考えています。
━━デジタル系のクリエイティブは全体でどれくらいの人数になるんですか。
dentsu Japan全体で言えば、100人くらいでしょうか。さらに、Dentsu DigitalやDentsu Science Jamなどとの連携もあります。世界中から、「あそこに頼めば必ず面白いデジタルクリエイティブをつくってもらえる」と言ってもらえるような組織を目指していきたいと思います。
とはいえ、僕らはデジタルメディアエージェンシーやデジタルプロダクションではなく、やはり「アイディエーション」の部分がコアコンピタンスになります。その上で、設立にあたって3つのコレドを持っています。
一つ目が、「Make technology more humanity」。表現にせよ、体験にせよ、まだない新しいものを追求することはラボとしてはもちろんなのですが、その時に「人間」を中心に考えるということです。例えば、ALS共生のクリエイターと新しいコミュニケーションツールを共創するプロジェクト「All Players Welcome」などはわかりやすい事例だと思います。2つ目は、「Outlier Perspective(外側の視点)」です。昨今のデータテクノロジー、AI、アルゴリズムドリブンなどは、クリエイティブワークにとってもとても素晴らしいことなのですが、一方で、どうしても視点やアプローチが画一的になるというリスクがあります。ぼくは、ただ一つのエラーですらも味方にするつもりで、新しいクリエイティブに挑んでいきます。3つ目は、「Innovation to Societal Impact」です。国際的なイベントでの取組みなど、他では作れない、社会的にインパクトを与える新しい表現、他のエージェンシーではできないことをやっていきたい。これをグローバルメンバー全員で、目指していきたいと思います。
日本のデザイン力やクラフト力をもっと発信していきたい
━━これまでのDentsu Labは、新しい技術を使って最先端の表現をつくりあげ、実装をしていくという印象でしたが、今後はデジタルのみならずコンサルティング的な要素も強くなっていくのでしょうか?
日本では、新しい技術を開発したけれど、それを世にどのようにデモンストレーションしてよいかわからない。それを伝えるためのクリエイティブが欲しい。あるいはそれをどう商品化していくべきか。それでどんな体験ができるのか、といったリクエストを研究部門や事業部門からいただくことが多かったんですね。そこで、僕らが技術的なことをきちんと理解した上で、それを表現に結びつけて体験やデモンストレーションにしていく、という流れでした。これはグローバルでも同じニーズがあると思いますし、やっていこうと思っています。すでに、インテルなどテック企業とのワークショップが予定されています。
━━Dentsu Labとして、最近取り組んでいることを教えてください。
この2年くらいは「ALL PLAYERS WELCOME」プロジェクトに力を入れています。これは、身体に障害を持つ方とともに、その視点やクリエイティビティの力を借りて、誰でも表現ができるためのツールや環境をつくることを目的としたプロジェクト。東京2020オリンピック・パラリンピックで出会った、ALS共生者のクリエイター 武藤将胤さんと進めているものです。
最近では、武藤さんが筋電センサーを付け、実際に身体は動かないけど、デジタル世界では自由に動かせるようにする取り組み「Project Humanity」などをやっています。また、カンヌでは、オンライン対戦型のサッカーゲーム「ロケットリーグ」をいろんなんバックグラウンドを持つ人に参加してもらいゲーム大会をしました。かなり盛り上がりましたが、伝えたのはこのゲームフィールドのようなボーダーのない世界を日常世界に作るべきだということ。障がいがあるかどうかなどは関係なく、また、線引きもなく、誰もが普通の生活や活動を行なえる社会にしていくことです。
━━田中さんご自身はDentsu Labで、今後どんなことを実現していきたいですか。
これからはさまざまな国の人たちのいろいろな課題に向き合うことになります。当然のことながら、日本にはいないクライアントの皆さんとも出会うことになる。そういう状況で自分のアイディエーションやクリエイティビティがどれくらい通用し、どれくらい喜んでもらえるのか。そのことをまず楽しんでいきたいと思っています。
それから、大きなテーマではありますが、地球全体が直面している数々の問題。戦争をやめる、CO2を出さないなど、みんな頭ではわかっているけれど、心まで動かなくて、その状況は変わらないし、変えられない。広告の一番の魅力は人の心を動かすことだと僕は思っているので、そのパワーをフルに使って、社会を少しでも変えていきたい。
そして、日本のデザインやデジタルのクラフト力をもっと伝えていきたいんです。実際に電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/アートディレクター 八木義博さんは、グループ全体においても国を超えたVI開発などを複数リードされていてパイオニア的存在になっています。そして、イノベーションの分野では、今年からそういう展開が一気に増えると思います。
日本は島国だし、広告もドメスティックで国の中で完結しがちだけど、近年の海外広告賞での入賞を見てもデザイン力やクラフト力は高いし、まだまだポテンシャルがある。そういう意味では、世界にまだ明かしていない手の内がたくさんあるような気がしていて。いつか「日本にはこんな奴らがいたんだ!」と海外の人たちに注目してもらえるとうれしいですよね。そのためには、そういう力があることを自分たちでもっと発信していく必要があると考えています。
実際に2023年アルスエレクトロニカで発表した「Project Humanity」は、その後イギリスのアートギャラリー テートモダンで展示。それがきっかけでイギリス政府からオファーをいただき、政府主催の音楽フェスBMEに参加しました。日本だけでやっていたら、おそらくイギリス政府からのオファーは来なかったと思います。そうやって連鎖していく感じが面白くて、もっと積極的に外へ発信していくべきだなと感じました。これも一過性のもので終わらせるのではなく、汎用化して、世界中の人たちが触れることができるレベルにまで持っていきたいと考えています。
イギリス・テートモダンでの「ALL PLAYERS WELCOME」プロジェクトのイベントの様子。
僕らはアイデエーションやプロトタイプには強いけれど、スケーリングに課題があった。Dentsu Labのグローバルメンバーはその部分に強い人が多く、ポンと投げかけるとプラットフォーマーをつないでくれたり、すぐに応えてくれます。新しい組織になったことで僕らを助けてくれるパートナーができて、新しい面白さや可能性がどんどん生まれています。
日本もそうですが、今後よりメディアや環境にとらわれないクリエイティブが活性化していき、クリエイティブのグローバライゼーションがいよいよ加速していくでしょう。先の見えない社会情勢や環境の中で、正しい伝達だけでなく、心が動く伝達の重要性が増してくるだろうし、より人間・ヒューマニティ起点への回帰が加速すると考えています。
そして、何よりもAIの台頭。僕らもAIやデータテクノロジーは必要に応じて積極的に取り入れていますが、その弊害としてみんなが同じ方向に進むようになり、新しい表現やイノベーションがなくなって、クリエイティブの大量生産と画一化が本格化していくことが想像されます。そうなると、みんなと同じ枠組みに収まらないクリエイティブが必要になってくるはずで、そのときに僕らは「Outlier(アウトライアー)」でありたいと思っているんです。
そのステートメントとして、次の指針を掲げています。
「Outlier」とは、例えばアルゴリズムの外側で通常であればエラーやバグとして無視されるような存在です。つまり外側からの視点を常にやっていくチームであり、場合によっては特異点のような新しい可能性でありたい。これからグローバルで展開していく上では、「Outlier」として他とは違う登り方をしたり、違う方向に進むことを大事にしていきたいと考えています。
そして、どんなテクノロジーでもイノベーションでも、それらはすべて人間から始まる。人間が考えて、つくり続けて、悩み続けて……そのエンドレスの輪の中から新しいイノベーションが生まれてくる。もちろんいろんな摩擦もあるでしょうけれど、遊びながら、楽しみながら探求していくことで、これからの新しいイノベーションが生まれてくると信じています。