「アート思考」と「デザイン思考」とは?

こんにちは、萩原幸也です。

突然ですが、このコラムのタイトルにもなっている「アート思考」ですが、皆さんはどのようなものかご存じでしょうか?

「アーティスト」のように考える「思考法」だろうと思いますよね? はい、ほぼ……正解です。ただこれだと雑すぎて怒られそうなので、今回は「アート思考」と、並んで挙げられる「デザイン思考」も取り上げつつ簡単に整理していこうと思います。

「アート」は主観、「デザイン」は客観

まずは、導入ということでそもそもの「アート」と「デザイン」に関して簡単に整理します。かなりざっとですが……この整理を通して読んでいただけると、この後の話が分かりやすいかと思います。

イメージ 図 「アート」と「デザイン」の違いを整理した図(筆者作成)。

「アート」と「デザイン」の違いを整理した図(筆者作成)。

まず両者の違いが一番はっきりするのが「目的」です。
アートの主な目的は、自己表現や感情伝達、メッセージ発信などです。つまりは、自身の中にあるものを表現すること自体が目的となり得ます。

一方でデザインには表現すること以外の目的が必ず存在し、そのデザインを享受する立場の対象が存在します。この目的を果たすための特定課題を解決すること、ユーザーのニーズを満たすことが必要とされます。よって機能性も重視されるのです。

アートとデザインの違いは、歴史的にも紐解くことができます。
デザインは、過去にはアートにより近いところに存在しました。それぞれが密接に結びついており、手工芸品や家具などもひとつの芸術作品としてつくられていました。しかし、産業革命がアートとデザインの関係を大きく変えます。18世紀後半から19世紀にかけて、産業革命は大量生産を可能にし、工業製品のデザインが求められるようになりました。それに伴い、製品の機能性や効率性が重視されるようになり、デザインは実用性を追求する分野として独立していきました。そして、より明確にデザインというジャンルが、確立されていきます。

これまでデザインは一部の職能によるスキルと認識されてきました。特に日本においては「デザイナーズマンション」「デザイン家具」など「おしゃれ=デザイン」と認識されていることが多く、狭義のデザインが一般的になっています。

しかし、最近ではUXデザインや、デザイン経営など、広義のデザインを指す場合も増えています。狭義のデザインだけでデザインを捕まえていると、「デザイン思考」の本質も見誤ってしまいます。

イメージ 図

「アート思考」は衝動的、「デザイン思考」は共感的

以上をふまえて、「アート思考」と「デザイン思考」を整理したのが下記の図です。

イメージ 図 「アート思考」と「デザイン思考」

自己表現のために主観的なアプローチをするアートをベースにした「アート思考」は、「自己が心から取り組みたいと思える課題の発見」を目的として用いるものです。一方、課題解決を目的に客観的なアプローチをするデザインをベースにした「デザイン思考」は他社の潜在的な課題の発見と解決を目的として用います。デザイン思考に方法論(プロセス)が存在するのに対し、アート思考にはたしかなものが存在しないのも特筆すべき点です。

デザイン思考は1980年から90年代にかけて、アート思考は2000年以降に現在に近い形で提唱されています。日本国内のビジネスシーンでも、一時デザイン思考は盛り上がりを見せましたが、最近では下火のように見え、一方でアート思考が取り沙汰されている印象を受けます。

「デザイン思考」はプロセスに着目されすぎた?

なぜ、デザイン思考はそのようになりつつあるのでしょうか。
私が思うに、その理由は「思考」であるにもかかわらず「プロセス」に着目されすぎたという点にあると思います。

ハーバード大学デザイン研究所のハッソ・プラットナー教授が提唱したデザイン思考には以下の5ステップがセットで語られます。

イメージ 図 ハッソ・プラットナー教授が提唱したデザイン思考のプロセスを元に筆者作成。

ハッソ・プラットナー教授が提唱したデザイン思考のプロセスを元に筆者作成。

5ステップそのものは非常に洗練された体系化されたものです。しかし、本来は「デザイナーのように、ユーザー中心に問題解決を行うアプローチ」であったのに、このプロセスを通せばデザイナーのように発想でき、イノベーティブなアイデアが生まれるという誤認を受けてしまったのでは無いかと思います。

たとえば、このプロセスの中にもある「アイデアの創出」には、創造的な思考力が必要ですし、そもそも、どんな思考法であれ、フレームワークであれ正しく使いこなすには、正しく理解して繰り返す、時間をかけないといけません。すぐに何かを生み出す魔法では無いのです。

ロジカル思考の限界が「アート思考」を呼び寄せた

一方でなぜ、最近「アート思考」が取り沙汰されているのか? それは前回のコラムでも少し触れましたが、ざっくり言うとサイエンスをベースとした「ロジカル思考」を用いて発展してきたビジネスが、それだけでは難しくなってきており、アート思考という「魔法のような」ものに可能性を見出そうとしているということです。

時間をかけて磨かれてきた「ロジカル思考」に比べ、「アート思考」はまだ歴史が浅く、明確な定義、手法が存在しないからです。

さらにビジネスに導入するためには、手法やプロセスが必要になります。一般の課題や他者の課題の特定を目的とするロジカル思考やデザイン思考には、磨かれたプロセスやフレームワークが存在します。

一方でアート思考においては、プロセスやフレームワークはたしかなものは無く、私は今後も存在し得ないのでは無いかとも思っています。なぜならば主観をベースにし、衝動的なアプローチするという思考であるからです。フレームを壊すはずの思考であるのに、フレームワークに則るという矛盾を生み出します。もちろん、アート思考を鍛えるため、体感するためのメソッドは必要ですが、それがそのままビジネスに活かせるフレームにはなりません。

以上から、デザイン思考やアート思考を取り入れる際に重要なのは、「プロセスに則れば自然と答えが導き出される装置ではないし、魔法のように答えが突如浮かぶものではない」と理解することです。

そしてそのうえで、「ロジカル思考だけでなく、デザイン思考もアート思考も合わせて発揮していこう」という姿勢が大切です。これは特定の職種に限らず、これを読んでいる皆さま、全員が対象であります。

で、どうしたら併用できるの? と疑問に思われる方も多いかもしれませんが、私の場合はアート思考で発想したものを、ロジカル思考で説明可能な状態にできるよう最大限努力します。逆にロジカル思考で発想したものに、デザイン思考やアート思考の視点を足す、ということもあるかもしれません。どこまで行っても相容れない部分はあるのですが、歩み寄ることが必要だと思います。

伝説のクリエイターである、故・岡康道さん(TUGBOAT)が、かつてご登壇されていたカンファレンスにて、「右脳で発想して、左脳で説明する」と仰っていました。これに近い意図であったのではないかと思います。

さて、ここまでで「アート思考」の基本を、その取り入れ方のスタンスについてお話しをしてきましたが、次回は、もう少し現代アートの文脈を掘りながら、実際にどう広告に活用していくか、話題を寄せていこうかと思います。

【次回に続く】

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萩原 幸也
萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

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