マーケティングの失敗を未然に防ぐ 3つの「疑いの型」とは?(北村陽一郎×池田紀行)

有名な戦略のフレームワークや理論、概念などを使ってみたがしっくりこない、成果につながらない…。こうした失敗が起きる理由の多くは、商品・サービスや自社のリソースなどの前提条件によって有用なフレームが異なってくるからだ。こうした理論やフレームの「使い分け」に必要な考え方は何か。トライバルメディアハウス 代表取締役社長の池田紀行氏と、『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』著者の電通 北村陽一郎氏が議論した。

左が池田紀行氏、右が北村陽一郎氏。7月に開催されたトライバルメディアハウスのマーケティング学習プラットフォーム「MARPS(マープス)」イベントにて。

世の中に「いつも必ずそう」は、ほとんどない

池田:北村さんの『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』、Amazonで見た瞬間に「僕の言いたいことがそのままタイトルになっている!」と思いました(笑)。

北村:ありがとうございます。実はこの本、池田さんの『業界別マーケティングの地図』や『マーケティング「つながる」思考術』とよく一緒に買われているんです。私と池田さんの関心の近さが、そこからも感じられますね。池田さんはよく「マーケティングは医療と同じだ」と言われています。つまり、病気(売れない理由)を特定し、その治療に最も適した薬を飲む。ただこれだけのことが、実に難しいんだと。それではなぜ、マーケティングにおいてそこがズレてしまうのでしょうか。

『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』北村陽一郎著(宣伝会議)

『業界別マーケティングの地図』池田紀行+トライバルメディアハウス著(日経BP)

『マーケティング「つながる」思考術』池田紀行著(翔泳社)

今日は、マーケティングの実務において気をつけるべき点として、以下の「3つの過剰」が起きていないかを考える、というお話をしたいと思います。次の「3つの過剰」が、そのまま「3つの疑いの型」になります。

①「過剰な一般化」②「過剰な設計」③「過剰なデータ重視」

池田:この「疑いの型」という考え方が新しいですよね。

北村:「こういうのに引っかかりやすいから、気をつけよう」みたいな話を、3つに分類しているんです。まずは「過剰な一般化」について。これは、「それはそうだな」と「いつも必ずそうだな」を分けるのがポイントだと思っています。実は、世の中に「それはそうだな」はすごくたくさんあるのですが、「いつも必ずそうだな」というものはほとんどなかったりする。
例えば、「ブランド認知は重要だ」というのは「いつも必ずそう」でしょうか?新商品をプロモーションする際は、認知を取るためにテレビCMを提案しがちだと思うんですが「認知されなくても買われる」ケースについても考える必要があると思うんですね。

一例を挙げると、ファミリーレストランなどで配膳をしている「猫型ロボット」。このロボットを知っている人はいまや多いでしょう。ファミレスでグッズさえ売られているほどです。けれど、正式名称の「BellaBot(ベラボット)」を知っている人はほぼいませんよね?このように、ブランド認知はされていないけど購入される、というケースは結構あります。

池田:なるほど。コンビニのプライベートブランドなんて、まさにそうですよね。

北村:そうですね。ファネルの形として「いつも必ず」認知が必要なわけではないのですが、「かつ、そうである時も多い」という。ここがポイントです。「Not always」と「Not at all」を間違えることが結構あるわけです。

なぜ「予算の余白」を残すことが重要なのか?

北村:次に、2つ目の「過剰な設計」についてです。過剰な設計に気づくためのポイントとしては、マーケティングフレームを使う時に「今、設計しなくていいことまで設計していないか?」を考えることが大事です。「SECIモデル」の提唱者である一橋大学の野中名誉教授も指摘されていますが、計画のし過ぎ、設計のし過ぎが余白のなさやジャンプのなさにつながっているのではないか、ということですね。
人間には空白を見るとつい埋めたくなる「ツァイガルニク効果」というものがありますが、マーケティングのプランにおいても同じことをしている可能性があります。さて、ここでちょうど昨年の今ごろ放映されていた、日清食品のテレビCM「夏は食っとけシーフード」篇を挙げたいのですが。

池田:これ、めちゃくちゃバズりましたよね。

北村:元はYouTubeで流行った「強風オールバック」の動画をシーフードヌードル用に変えたものになります。この曲が話題のピークを迎えたのが昨年5月初旬だったのに、7月の半ばにはもうオンエアされていた、と。日清食品は、意思決定が早いことがよく話題に上るのですが、実は5月の段階で7月のCM製作費が残っていることの方が重要だと思うんですね。つまり、「予算の余白」を残していることが非常に重要だと思います。

池田:日清さんの「乗っかり力」は昔からすごいですよね。宣伝部長の米山慎一郎さんも天才ですし。こういう柔軟なことを、組織として科学的にやるじゃないですか。

北村:私もかつてビシビシしごかれました(笑)。予算が残っているとどうなるかといえば、広告会社が企画を持ち込むんですよ。予算がないところには、企画が来ないですからね。そもそも、過剰な設計はどこがウィークポイントになるかといえば、「一年前の脳」が考えた企画で人の心が動くのか?という点です。一年後には世の中の状況は全然変わっているわけですから、マーケターやプランナーの能力には関係なく、限界があるよね、と。

「後ろめたい意見」は調査では出てこない

北村:そして最後の3つ目が「過剰なデータ重視」になります。ここでのポイントは、調査やデータに相対する時、調査はあくまでも「質問への回答」であり、データは「割り算の結果」に過ぎない、と考えるようにすることです。すると、調査結果を見る時に「その質問はいい質問だったんだろうか?」とか、「質問した相手は適切な人間だったのか?」といったことにまで頭が回るようになる。データにしても「割り算の結果」だと思えば「割られる数と、割る数自体は合っていたのだろうか?」と考えることができますよね。こんなふうに、どんどん噛み砕いていく必要があると思います。

例えば、「子どもを進学塾に通わせようとするお母さんのインサイト」について考えた時、本当は「毎日、子どもに『勉強しなさい』とは言いたくない」というインサイトがあったとしても、調査ではまず出てこない。利己的な意見や後ろめたい意見って、実は調査では出てこないんですね。
それにもかかわらず、「調査をすればわかる」という風潮があります。それは調査にお金をかけているからなんですが、調査をすることと、何かがわかることは実際にはイコールではないと。
安宅和人さんの『シン・ニホン』(News Picksパブリッシング)にも「世の中の大半は数字にも言葉にもなっていない」という言葉が書かれています。だからこそ「データがないと進めない」という考え方をしていると、ちょっと狭くなってしまうと思っています。

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