電通グループが取り組む「動的なマーケティング基盤」 生産・広告・流通のデータをつないでマーケティングROIを向上

「宇宙」と「テレビ」と「畑」がタッグ

電通、JA嬬恋村、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の3者は2024年4月から、人工衛星データを活用してキャベツの供給量を予測し、その予測結果に合わせてテレビCMの出稿量や枠を流動的に組み換える。同時に、店頭プロモーションの連携を図る事業の共同実証を始めた。キャベツの生育状況は衛星から取得した光学データを基に推測する。

マーケティングには気候などの自然影響が小さくない。アイスや花粉症対策商品などの季節商材はもちろんのこと、例えば調味料など、野菜の出荷量と親和性が高い商品にも大いに影響する。気候が暖かいと野菜が育ちすぎてしまって供給過多になり、需要とのバランスが崩れてしまう。この崩れを緩和させる需給連携の取り組みを、独自のデータと技術を使って推進することで、マーケティングROI(マーケティングに投資した金額に対する収益率)向上へ貢献することが狙いだ。

この需給連携の取り組みについて電通がJAXAとの共創を始めたのは2022年。 衛星データに基づく予測の精度を高めるには、推測値を実データで照らし合わせる必要がある。「キャベツといえば、日本で最もシェアを持つのは嬬恋村です。シェアが大きいからこそ、インパクトも大きい。嬬恋村をフィールドとするのが最善の道と考え、JA嬬恋村に連絡を取り、岸本さんと訪問して、ご説明しました」(JAXAの高橋陪夫氏)

写真 人物 JAXA 高橋陪夫氏

JAXA 高橋陪夫氏

「キャベツの生育状況を精緻に把握することは、積年の課題でした。この取り組みはその課題解決の糸口になるかもしれない、と思いました。」と話すのは、JA嬬恋村の熊川基彦氏だ。
2023年に3回ほど調査をくり返した結果、予測値は、JA嬬恋村全体の実際のキャベツ収穫量と概ね近い結果となり、予測値の精度を高めることに成功。2024年度からのJA嬬恋村の共同実証参画の契機となった。

イメージ 定植からの経過日数map


写真 人物 JA嬬恋村の熊川基彦氏

JA嬬恋村の熊川基彦氏

衛星データによる出荷量予測、そして視聴率予測といったデータを活用し、「動的なマーケティング基盤を築きたい」と話すのは、電通の岸本渉氏だ。従来のテレビCMをはじめとする広告施策は、事前に立てた計画通りに進行するのが常だった。

「しかしいまでは、さまざまなデータを基に、より細かな変動が予測できるようになっています。これは、夏にはアイスが売れるから、夏季に広告投資を行うといったことと根底は同じです。今後の動きを予測して、施策を定める。

しかし、初春や秋口でも夏日になることもある。そうした変化を天候データなどから一定の精度で予測できれば、より機動的にマーティング施策を投下できるようになります。それが、データに基づく『動的なマーケティング基盤』のベースとなる考え方です」(岸本氏)

「動的なマーケティング基盤」の仕組み

「動的なマーケティング基盤」によるテレビCMの出稿量の調整は、電通グループが持つテレビCMの視聴率予測AIシステム「SHAREST(シェアレスト)」と、テレビCM放送枠の最適化を図る「RICH FLOW(リッチフロー)」で行われる。

今回の共同実証での具体的な実践方法はこうだ。
テレビCMの放送枠の組み換え指示は、放送の1週間前〜4、5日前が決定ライン。つまり、この段階で、キャベツの出荷量予測が出ている必要がある。キャベツ自体はおおよそ3カ月で収穫するサイクルだが、植える時期は農家や畑の位置によってまちまち。生育期間の天候など外部条件によっても左右するため、どのタイミングで出荷量が増えるかについては、従来予測することが難しかった。

そこで活用するのが人工衛星から得る光学データだ。光の三原色(赤・青・緑)の可視光に加え、近赤外線の4波長をもとに、キャベツの葉に反射する光を取得し、嬬恋村の圃場全域に対し、収穫が近づいている圃場の割合を導き出す。

CM枠の組み換えに活用する視聴率の予測は「SHAREST」で実施する。「SHAREST」は番組編成が定まっている1週間先までは、番組枠ごとに0.1ポイント刻みで視聴率をAIで予測することができる。それよりさらに先の期間については、1時間ごとの時間帯別に予測を算出する。ターゲットの属性は、M1〜3層、F1〜3層といった基本階層に加え、東・名・阪・福の4エリアで分類するなど、最大143ターゲットを予測対象とすることが可能だ。

「SHAREST」の直近の予測精度は、世帯視聴率で相関係数0.96前後、予測値と実績値のズレの1本あたりの絶対平均0.85前後となっている。AIの機械学習によって過去の視聴率データを教師データとするほか、天候や番組のメタデータなどを踏まえてモデルの更新を続け、精度を高め続けてきた。

「RICH FLOW」は、この「SHAREST」の予測視聴率を読み込み、広告主の最適な出稿枠の組み換えを自動で行う。現在は、この組み換えを1週間に1回程度行い、放送局と調整したのち、確定となる。

相互に組み換えを実施できる広告主が多いほど、テレビCMの出稿枠最適化の効果が大きくなる。広告主となる企業にとっても、ターゲットリーチなど各々のKPIに有効な割り付けを探索できるのがベストだ。参画する企業が多ければ、組み換え先の選択肢が大きく広がる。

リテールメディアが強化される可能性

広告に限らず、流通での販売促進を実施する際にも強力な味方となる。

「キャベツの出荷量予測値や、予測値を踏まえたテレビCMの出稿量や期間を提示できるというのは、陳列量や場所、販促物の提案などにもご活用いただけるのではと考えています。また、キャベツと親和性の高い商材(調味料など)メーカーの方々のお役にも立てるのではないかと考えます」(電通の丸山裕史氏)

写真 人物 電通の丸山裕史氏

電通の丸山裕史氏

いわゆるリテールメディアとの連携拡大も視野に入ってくる。今回の共同実証では、スーパーセンター事業を手掛けるトライアルも参画する。バーコードリーダー付きのタブレット端末を備えたショッピングカートの導入に先鞭を付け、クーポンの表示などの販促施策もある。デジタルサイネージの導入で、店頭での販売促進にも力を入れる。

早期に出荷量がわかることで、販売価格の最適化が図りやすくなる可能性もある。例えば、チラシに記載する価格決定の参考となりうる。

「チラシは掲載する野菜などの商品について、かなり前の段階で価格を確定し、印刷に回す必要があるとうかがっており、予想に反して高すぎても安すぎても、競争力を失ったり利益を逃したりするのでは、と考えています。流通量を正確に予測することは、そうした利益逸失を防ぐ点でも期待が寄せられていると感じます」(岸本氏)

写真 人物 電通の岸本渉氏(※2024年6月時点)

電通の岸本渉氏(※2024年6月時点)

供給量が増えるタイミングで、需要を高めるべく商品のアピールを店頭でも強化する。生活者にとっても、手ごろな価格となりうるし、手にも取りやすい。

「商品の供給量が増えた時に広告や店頭で生活者の購入意欲を高めるコミュニケーションを行うことは、つまるところ、生活者の満足度を高めるということにつながると考えています。手ごろでよいものをおいしく食べていただく。そうすれば廃棄の減少にも寄与しますし、押し付けではない、生活者のためのマーケティングができるようになります」(岸本氏)

「動的なマーケティング基盤」により、自然環境などの外部影響を軽減し、生産者・企業と流通・生活者の“三方良し”を目指す。10年前にはできなかったことが、データと技術を用いて、おのおのが連携することで実現へと向かっている。

お問い合わせ

dentsu Japan

Webサイト:https://www.japan.dentsu.com/jp/

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