「昨日まで世界になかったものを。」「考えよう。答はある。」が生まれるまで

「みんなごと」になる言葉を選ぶ

早坂:2006年の日立製作所の企業広告のコピー「つくろう。」は、シンプルながら本質をついたコピーです。CMでは故・黒澤明監督のメイキング映像をつなぎ、話題を集めました。これはどんな背景から生まれたのでしょうか。

企業 「宣言」60秒CM

NA:つくろう。
これまでにない何かを。
世の中は、様々な人でできている。
けれども日立は、
つくる人でいようと思う。
この国はいつだって、
つくることで前へ進み、
世界を驚かせてきたのだから。
そうですよね。黒沢監督。
マネーゲームは、いつも空しい。
えらそうな批評だけでは、
何も生まれない。
つくろう。
新しいものを。
明日につながる何かを。
日立グループ30万人がつくるもの。
ご期待ください。
SL+S:HITACHI

出典:コピラ

磯島:これは企業広告の競合プレゼンテーションから始まったもので、CDが三浦武彦さんと平山浩司さん、アートディレクターが小松洋一さんでした。

90年代後半に「IT」という言葉とともに、インターネットが一気に普及しました。日立が持つ高いIT技術力をベースにした企業広告をやりたいというオリエンがあり、その時にみんなで考えたのは、ある意味AIR DOの真逆を行くものでした。

当時、新自由主義と呼ばれる考え方が広まり、規制緩和が進み、AIR DOのような企業が生まれました。郵政民営化もそんな流れの一環ですよね。その一方で何が起きたかというと、新たなマネーゲームでした。日立さんからオリエンをいただく頃には、すでにITバブルが始まっていたと思います。
そんな状況下で、世の中の人は日立にIT企業になってほしいのだろうか?という素朴な疑問が、僕の中にはありました。IT企業になってほしくないとは言わないけれど、日立は日立でいてほしいのではないか、と。この国にしっかりと屹立していて欲しいのではないか、と。そんな考えから2000年に立ち上がったのが「Next MADE IN JAPAN.」というキャンペーンでした。
日立がやるべきことは、IT企業になることではなく、ITも含め最新の技術で「次のMade in JAPAN」をつくることじゃないか。みんなそれを望んでいるのではないか、そう考えたのです。新自由主義やITバブルに背を向けるわけじゃないけれど、そことしっかり一線を画すことが日立らしいし、みんなに受け入れてもらえるんじゃないかなと思いました。

2年目に立ち上がった「つくろう。」は「Next Made in JAPAN」の考え方と同じで、ITバブルではなく、「ものづくり日本」という文脈に乗ることで、日立の好感度をより上げていくキャンペーンです。「Next Made in JAPAN」よりもさらに、時代の気分(ITバブル)にカウンターを当てる形になっています。

日立やパナソニックなど、日本の「Made in JAPAN」を支えてきた企業はなんて呼ばれていたかというと「メーカー」ですよね。僕が就職活動をしていた頃は、金融や保険が人気で、メーカーはすでに古いイメージがありました。でも、「MAKER(メーカー)」って、英語にすると素敵な言葉で、実は「つくる人」ですよね。こんなにも日本っぽい言葉はなくて、その言葉にもう1回ちゃんと光を当てるのもいいのではないかと、小松さんとずっと話していました。実際に、取材に行った日立製作所の研究室には、いろいろなものをつくり続けている人たちがいて、その姿がとても良かったのです。

でも、「MAKER」という言葉だけだと書体を工夫しても、その人たちにもう1回光が当たる感じがしなくて。最終的には「つくろう。」という直球の呼びかけの言葉になりました。

早坂:「つくろう。」という一つの言葉に絞るのは、コピーライターとしてどんな気持ちでしたか。

磯島:「食べよう」「行こう」などと一緒で、投げ出す言葉なのでコピーライターとしてはあまり褒められたコピーではないと思うんです。ただ、ITバブルやマネーゲームの流れが出てきてうんざりじゃないけど、こういう時こそ「日本の大きい会社、もうちょっと頑張ってよ」という世間の空気があるんじゃないかと思ったので、ストレートな言葉で呼びかけるのは、合言葉になれるかなと思いました。小松さんのアートディレクション力に頼った部分も大きいです。

ストレートな呼びかけなんだけど、時代感と相まってハレーションが起きる人もいるだろうし、逆に「そうなんだよ」と思う人もいるかもしれない。日立という確かなクライアント名を背景に、この時代に「つくろう。」って言葉があれば、ただの呼びかけではなく、何かが起きるんじゃないかという願いみたいなものがあったんでしょうね。

早坂:広告が出た当時、シンプルで当たり前の言葉ですが、すごく大きいものに見えました。

磯島:広告って記名式のゲームのようなものなので、誰が言うかというところが全てなんです。日立グループは30万人、家族も合わせたら100万人の大きさとなり、それがある種の説得力のようなものにつながるんだろうなと思いました。

早坂:さっきのメーカーの話で言うと、「つくる人になろう」や「つくる人でいい」というほうに流れちゃいそうな感じもありますけど、「つくろう。」と掛け声的だったことがインナー的にも働いたんでしょうね。

磯島:そうですね。AIR DOと一緒で、コピーが「みんなの話」になる。「つくる人でありつづけます」だと、正しいけれど日立だけの話。「つくろう。」はみんなの話。そんな気がします。投資という行為を否定するわけではないんだけれど、「つくってなきゃダメだよね、この国は」という呼び掛けにすることで、「みんなごと」になる感じがあったのかもしれません。

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