「昨日まで世界になかったものを。」「考えよう。答はある。」が生まれるまで

「みんなが抱えているもの」を入り口に、素材メーカーならではの面白さを伝えていく

早坂:続いて、2008年の旭化成「昨日まで世界になかったものを。」。これもいろいろな意味で話題になりましたね。

昨日まで世界になかったものを。

(旭化成)

出典:コピラ

磯島:日立と同じ平山浩司さんがCD、中嶋貴久さんがAD、僕がコピーというチームで、10年くらい続いた仕事です。

それ以前の旭化成は、さまざまな技術を「イヒ!」というコピーとキャラクターを使うことで「旭化成にはこんな面もあるんだよ」と紹介していました。「イヒ!」は10年続いた名キャンペーンで、いまでも覚えている人がたくさんいらっしゃいますよね。このキャンペーンを続けながらも、旭化成さんの中に、自分たちが何者であるのか、自分たちの技術についてもう少し語りたいという気持ちが生まれていたようです。そしてもう一つ、リクルーティングも含めてグローバルというテーマもありました。

企画にあたっては、3、4か月ぐらい時間をたっぷりいただきました。九州の本社工場なども全部訪問し、たくさん見学させていただき、いろんな技術を教わって、「すごいね」なんて感心しながらゆっくりと企画をさせてもらったものです。

旭化成には、素材メーカーならではの面白さがありました。例えば「これが完成品です!」と言われても、ドロドロしたものだったり、見た目はただの糸だったりする。素材をつくるとはこういうことか、と思いました。乱暴な言い方ですがクルマ会社が新しいものをつくってもクルマですが、素材の会社が新しいものをつくると、これまで世の中に存在しないものをつくってしまう可能性がある。素材メーカーが新しくなると全てが新しくなる。そんなことを思いました。

つまりは、みんなの幸せに関係があるところが、素材メーカーならではの面白さだと感じたんです。車好きだけが幸せになるわけでもなくて、おいしいジュースを飲んだ人だけが幸せになるんじゃなくて、素材メーカーがいいものをつくると、いろんなところに波及して、実は知らないところでみんなが幸せになっていく、という大きなイメージが浮かんでいました。

あとはグローバルという課題をコピーでどう解決するか。グローバル、あるいは世界という言葉を入れることを前提に考えたのが、「昨日まで世界になかったものを。」です。

コムデギャルソンのデザイナー 川久保玲さんが以前のインタビューで話していたこともヒントになっています。クリエイティビティの源泉として自分が大事にしている言葉としておっしゃっていたのが「これまでにない何かを」だったんですね。それが自分の中ですごく印象に残っていて。昨今流行りのパーパスみたいな「何のために」じゃなくて、ただただこれまでにない何かを生み出すために、私はつくる。同じことだけは絶対にしたくない。なかなか強烈な言葉ですよね。この言葉・話法が、実はコピーのベースになっています。

早坂:構造とコピー、どちらが先にできたんですか?

磯島:「昨日まで世界なかったものを。」を最初に書いて、平山さんと話していく中で、例えば、いきなり「我が社の○○○技術は世界No.1」という宣言よりも、世の中にあるたくさんの課題、問題、みんなが抱えているものを入り口にした方が今の時代だよね、という話になりました。このあたりから広告の構造ができあがっていきました。環境問題を中心に、世界中に課題がある。いたずらに明るい未来を語るのではなくて、厳しい今を共有する。それが今の時代感だよね、という話ですね。

新聞がわかりやすいのですが、この広告は見開き30段と15段で毎回構成しました。30段では世の中に実際に起きている「問題」を出し、めくって15段のボディコピーでその解決について書き、「昨日まで世界になかったものを。」というコピーで締める。「世の中のいろんな問題をみなさんと一緒に見つめ、考え、昨日まで世界になかったもので解決して、みんなを幸せにしていく」という、大きな構造になっています。この仕事は、コピーライターとADが二人三脚で1枚絵をつくっていたもので、それがそのままCMにもなりましたね。

早坂:ちなみにCMでは、出演している現地の人がなぜコピーを手に持つことになったんですか?あれが、このCMの一つの強さになっていた気がします。

磯島:たとえば水の問題であれば、その問題に対して世界で一番象徴的な絵は何かと考え、モチーフや撮影地を探し、写真家の藤井保さんに1枚絵を撮っていただく。それでもう、この企画は完成しているのですが。でも、「これで大丈夫かな」というところが少しあって…。その地にいる人たちと広告をどう絡ませたらよいのだろうかと考えて、「じゃあ、この人たちにコピーを持ってもらおう」というシンプルな発想です。

ドキュメンタリー性を大切にした企画ですが、ドキュメンタリー≒ありのままではどうにもフックがない。人に出てもらうときに、ありのままでない、でも嘘のない行為ってどういうことなんだろうと思ったときに、現地でコピーを持ってもらうことかな、と。その一枚絵こそ、この広告のアイデアといえばアイデアですね。

「考え続けた上でちゃんと最適解を出す」ところまでコピーにする

早坂:2011年の旭化成ホームズ/ヘーベルハウス「考えよう。答はある。」は、今もいろいろな形で、多くの人が活用しているコピーの形ですね。

考えよう。答はある。

(旭化成ホームズ/ヘーベルハウス) 

出典:コピラ

磯島:そうですね。これは旭化成の広告のつながりで平山さんに声がかかり、一緒にやることになりました。アートディレクターは、権田雅彦さん。ヘーベルハウスは、かつては安西俊夫さん、石川英嗣さんなどもコピーを書いていて、名作が多いですよね。

写真 人物 個人 磯島拓矢さん

旭化成ホームズさんには、もう一度、原点であるヘーベル板のすごさに着目してもらいたい、そこに立ち戻りたいという意向がありました。この仕事でも工場見学にたくさん行かせてもらったのですが、そこで気づいたのは、住宅メーカーというのは実験と検証の繰り返しであるということ。そのプロセスが面白いと思いました。思いついてアイデアを形にするという楽しさではないんです。パッと思いついて、パッと形にする爽快さがない。全部やってみて、ぐるっと回って確かめた結果、「これが正解」というものづくりのプロセスで、それがいいなと思ったんですよね。そして、そこがたぶんテーマになるんだろうなと思って。

平山さんは最初から「シンクハウスだよね」と言っていました。ただ「Think(シンク)」という言葉はアップルがある以上使いづらいので、「考え続ける家=ヘーベルハウス」みたいなことですよねと話しました。その周辺を書いてく中で、「考えよう。答はある。」にたどりついたんです。

僕自身、ヘーベルハウスさんの「正解ににじり寄る感じ」がいいと思ったので、「考え続ける家」だけじゃなくて、「考え続けた上でちゃんと最適解を出す」までコピーにしないとダメだと思いました。ヘーベルハウスの皆さんは自分たちで考えて検証して、全部やった上で正解を出している。そこまでをコピーにした方がいいと思って、「考えよう。答はある。」という言葉になりました。

結果的にですが、けっこう普遍的な言葉になったんですよね。家作りだけじゃなくて、あらゆるつくる人、考える人向けての言葉になったのは偶然ではあるのですが、このコピーが、いまでも意外と人気がある理由はそこかもしれません。

早坂:「答」に送りをつけず、漢字一文字にしてるのも気になっていました。

磯島:「答」一文字にしたのは、文字数が合って字面的に綺麗だし、「解答」というパキッとした感じが「答え」と送るよりは1文字の方があったからです。

早坂:コピーの構造として、ヘーベルハウスもポカリスエットの「手を伸ばそうよ。届くから。」も投げっぱなしで終わってないですね。

磯島:投げっぱなしは、基本的にあまり好きじゃないんですよ。一つひとつのコピーで、ちゃんとケリをつけてあげた方がいいと思っているので。基本的には。

写真 人物 個人 早坂尚樹さん

写真 人物 個人 磯島拓矢さん

早坂:磯島さんつくったコピーは長く使われるケースが多いです。それだけ企業やブランドにとっての普遍的なもの、原点をしっかりとらえて描いているからでしょうか。

磯島:そこを目指すようにしていることもありますが、クライアント側に「そうだな」と腑に落ちてもらえて長く使っていただいたケースが多いかもしれないです。ありがたいことです。

早坂:ちょうど家を探しているときに、ヘーベルハウスのCM「白い箱」篇のナレーションを聞いて、「けれどもやはり、都市に住もうと思う。」がとても響きました。

磯島:このナレーションは比較的よくできていると自負していて(笑)、「緑はなくても風が吹く」というところを、うれしいことに秋山晶さんがすごく褒めてくださいました(笑)。

ヘーベルハウス 「白い箱」 60秒

NA:遠くに行けば、
少し土地が広くなることは知っている。
けれどもやはり、都市に住もうと思う。
広さはなくても豊かさはある。
緑はなくても風は吹く。
そんな知恵や工夫や技術が、
この国にはきっとあるのだから。

NA+S:考えよう。答はある。

ヘーベルハウス

AsahiKASEI 

出典:コピラ

磯島:このコピーを書く時、もう一つヒントになったのが雑誌『ブルータス』の特集。青山にある有名な狭小住宅を取り上げていた号で、特集タイトルが、確か「都市に住み続ける意思」だったんですね。お金がないから小さい家に住むのではなくて、意思があるから、この地に住むのである、という考え方。ある意味やせ我慢なのですが、この考え方はアリだなと思って。CMのナレーションの1行目あたりは、そこからヒントをもらって、住む人の意思を考えながら書いたものです。

早坂:磯島さんのコピーは情緒的というか、人の心が描かれているから印象に残るのかなと思います。

磯島:ナレーションも含めて言葉を起こすときって、どこかちょっとセンチメンタルじゃないと、わざわざ言葉にする意味がないかも、と思います。言葉の最大の武器は、実は論理よりも情緒じゃないか、とか。わかりませんが。でもどこか感情的なものが入ってないと人の心に残りにくいかもな、とは思います。

後編に続く)

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磯島拓矢

電通 zero
クリエーティブディレクター/コピーライター

1990年電通入社。主な仕事に、旭化成企業広告「昨日まで世界になかったものを。」、旭化成ヘーベルハウス「考えよう、答はある。」、サントリーモルトウイスキー北杜「カッコイイ入門。」、本田技研工業オデッセイ「いいクルマが好きだ。男ですから。」、大塚製薬ポカリスエット「自分は、きっと想像以上だ。」、KIRIN一番搾り「やっぱりビールはおいしい、うれしい。」などがある。2014年4月に著書『言葉の技術』を刊行。TCC賞グランプリ、ADC賞グランプリなど受賞歴多数。

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早坂尚樹

電通コピーライター/CMプランナー。

2015年電通入社。主な仕事に、花王「家族と愛とメリット」、JR東海「会いにいく、が今日を変えていく。」「すべての会いたい人が、会いたい人と、会えますように。」チャイム最終日新聞広告「ともに走り続けた、友へ。」、日本ハム「シャウエッセン断髪式」、トヨタ自動車「It’s
time for CROWN」、日清食品「カップヌードル」「日清焼そばU.F.O.」など。


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