ジェイコブ・リース(Jacob Riis)は、デンマーク生まれのアメリカのジャーナリスト、写真家、社会改革者です。彼は19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ニューヨーク市の貧困層の生活を自ら撮影し、その写真と共に新聞記事や著作で紹介したことで知られており、現代のフォトジャーナリストのパイオニアといえるでしょう。
移民や黒人の生活を観察し続けた新聞記者
リースは、1870年にデンマークからアメリカに移住しました。当初は仕事が見つからず、各地を転々としながらさまざまな仕事に就きましたが、特にニューヨークでの生活は非常に厳しいものでした。この時期に彼は、後に記事や写真で取り上げることになるスラム街の生活を直接経験しています。
1870年代後半に、ロングアイランドの地元紙の記者に採用されて、新聞記者(Newspaperman)としてのキャリアを始めます。
その後、ブルックリンの週刊誌や新聞社で記者として働いた後、隣人の紹介で『ニューヨーク・トリビューン』紙で働き始めます。結局彼は『ニューヨーク・トリビューン』紙で1877年から1888年まで、そして1888年から1899年までは『イヴニング・サン』紙で、合計22年間警察担当記者(Police Reporter)を務めました。
リースは、警察を取材するだけではなく、衛生局、消防局、検死所、税務署など他の行政機関でも取材活動を行ったほか、彼自身はロウアー・イースト・サイドのスラムの中心であるマルベリー・ストリートの警察署の向かいに事務所を構え、さまざまな移民や黒人の生活を現場で観察しました。
リースは特にスラム街の生活状況に焦点を当てました。彼は自らその地区に足を運び、移民や黒人など住民の生活を詳細に記録しました。これらの経験をもとに書かれた記事は、当時の読者に強い衝撃を与え、彼の名を広めるきっかけとなりました。
リースはまた、当時ドイツで実用化されたばかりのフラッシュを用いた写真撮影を始めました。カメラを使ってスラム街の状況を記録し、それを記事に組み込むことで、文字だけでは伝えきれない現実を視覚的に訴えました。これにより、彼の報道はさらに説得力を増し、読者に大きな影響を与えました。
リースが撮影した1880年のニューヨーク市内(著者所有)
のちの大統領、セオドア・ルーズベルトの政策にも影響
リースは1890年に、彼の最も有名な著書『How the Other Half Lives』を出版しました。この本は、彼が記者として書き続けてきたニューヨーク市の貧困層の生活をまとめたもので、写真を多数掲載し、その内容は社会に大きな衝撃を与えました。
この本は、都市改革のきっかけとなり、広範な社会的変革を促進しました。リースの報道は、ニューヨーク市だけでなく、全米で都市の貧困問題への関心を高め、住宅改革や労働者の権利保護といった社会改革運動を後押ししました。
するとリースに思いがけないことが起こります。著書『How the Other Half Lives』を読んだセオドア・ルーズベルトが彼に会いに来たのです。
ニューヨーク市の警察委員会の委員長(Police Commissioner)を務めていたルーズベルトは、リースの写真や報告をもとに、ニューヨーク市のスラム街や貧困層に対する取り組みを強化しました。
リースの写真が示す劣悪な住環境に対して、ルーズベルトは警察のパトロールを強化し、犯罪や汚職と戦いました。また、スラム街の衛生環境の改善にも力を入れました。
ルーズベルトはリースの活動を支持し、ニューヨーク市の住宅改革を進め、スラム街の撤去や新しい住宅の建設を推進しました。リースが強調した労働者の過酷な条件にも関心を持ち、労働者の権利保護を強化する政策を支援しました。こうした活動が、後にルーズベルトの政界進出につながったのだと思われます。
リースは、ジャーナリズムを通じて社会の不正義を告発し、都市改革に大きな影響を与えた先駆者でした。彼のキャリアは、報道写真とジャーナリズムが社会改革の強力なツールであることを示すものとして、今なお評価されています。