プ譜(プロジェクト譜)とは:プロジェクトの全体像、因果関係、構造を表現するためのフレームワーク。将棋の「棋譜」になぞらえて命名。「プ譜」の解説動画はこちら。
社員が受け身で指示待ちの姿勢から抜け出せず、自発的な取り組みが乏しいことに悩まれている経営者や管理職の方は多いのではないでしょうか。
この記事では、書籍『予定通り進まないプロジェクトの進め方』で提唱され、教育講座でも人気のプロジェクトマネジメントのツール「プ譜(プロジェクト譜)」を使用し、成果を挙げた大学のゼミの活用事例をお伝えします。学生の事例と侮るなかれ、学生が自分のプロジェクトを自分の言葉で語れるようになっていくプロセスや、ゼミ全体と個人のプロジェクトを結びつけて組織と個人双方に成果をもたらしていく工夫には、社員の主体的・自律的なキャリア形成や、会社全体の目標と社員の個人目標をつなげる目標管理のヒントが満載です。
主に平安時代末期から鎌倉・室町時代の文学作品を研究対象として活動する成蹊大学「ひらのゼミ」。「プ譜」をゼミ運営に取り入れている。
ゼミ主催のイベントで、学生の自律的な行動を促すためにプ譜を導入
「ひらのゼミ」では、生徒が主体的・自律的に学び、行動するPBL(Project Based Learning=自ら問題を発見し解決する能力を養うことを目的とした教育法)型の様々な活動を行っており、企業と提携した歌占いアプリ「開運☆せいめい歌占」や神社との共同プロジェクト「千年和歌みくじ」などの開発・運営を通じて、古典のおもしろさの発信を行っています。
企業と提携した歌占いアプリ「開運☆せいめい歌占」
そんなひらのゼミでは2021年からプロジェクトの言語化・構造化ツール「プ譜』を取り入れ、ゼミ全体や個人の活動を可視化し始めたと言います。ゼミを主宰する平野多恵教授に実践の工夫や成果について聞きました。
ひらのゼミには毎年20名前後の学生が在籍。
━━プ譜を導入した背景について教えてください。
平野(以下同):ひらのゼミには3年生と4年生合わせて毎年20名前後の学生が在籍しています。以前からゼミのイベントなどを開催していましたが、一部の学生に負担が偏っている状況がありました。中には受け身で参加するだけの学生もいたため、プ譜を導入することで学生一人ひとりの役割を明確化し、責任感を持ってイベントに参加するように促そうと考えました。学生全員が主体的にゼミ活動に参加し、自律的に行動できるようになることを期待しての導入でした。
また、プ譜でイベントの計画を立てるだけでなく、その後の過程も記録し、定期的にふりかえることで、イベントの準備段階から学生が積極的に学びを得られるようにすることを目指しました。プ譜は、1枚でプロジェクトの全体像が見えるのがいいと感じます。これまで工程表などをつくっていましたが、作成や更新に時間と手間がかかって使いこなせなかったからです。
大学生でもプ譜が書けるのは、4年生が3年生と1on1で対話するから
━━プ譜はどのようなプロジェクトを対象につくっているのでしょうか?
3種類あります。1つ目は1年間のゼミの活動そのものをプロジェクトとしてとらえたもの。2つ目は大学の学園祭とゼミ単独のゼミ祭、3つ目はゼミ生一人一人の個人のプ譜です。
最初に書くのが通年のゼミ活動のプ譜です。4月から5月にかけて全員で昨年のゼミのプ譜を見返して、「今年はこれをどうしていく?」「どう変えていく?」と投げかけます。ワールドカフェ形式でグループに分かれてそこで出し合った意見をゼミ長(1名)と副ゼミ長(2名)の3人がまとめ、一年間のゼミ全体のプ譜をつくってもらいます。
全員参加のワークショップで、ありたいゼミの姿を考えていく。
つくったプ譜はゼミ生全員に説明し、最終的に全員が合意したもので進行していきます。
2024年のゼミ活動のために、ゼミ生が作り上げた最新のプ譜。
ゼミ全体のプ譜が完成した後に、ゼミ生個人のプ譜をつくってもらいます。これは、ゼミ全体に掲げた勝利条件(=ひらのゼミの魅力を発信することで、学内外の人に興味を持ってもらい、知名度の高いゼミになる)を実現するためには、「自分はどうなっていないといけないか?」「どんな自分になって勝利条件の実現に貢献していたいか?」ということを自分自身に問いかけてつくります。
これは学生に主体的に参加してもらうことを目的に行っています。一人一人の学生がゼミをつくっているので、その意識を高めてほしいという狙いがあります。
━━企業が行う「OKR(Objectives and Key Results)」のような運用ですね!大学生が目標設定を行うのは簡単ではないと思いますが、どのような工夫をされていらっしゃいますか?
3年生はまだ持っている言葉が少ないので、最初に書くプ譜は“がら空き”です。表現も抽象的で具体性がありません。そこで3年生には最初に先輩(4年生)のプ譜を見本として見せます。そのあと3年生と4年生でペアを組み、ピア・レビュー(peer review=同僚によって行われる対象についての相互評価)を行います。
このとき、4年生には3年生がプ譜に書いた言葉について、「どういう意味で書いているのか?」「どういうことなのか?」ということを質問させるようにしています。3年生は問いかけられることで考えなおし、対話を重ねることで自分の意識がクリアになっていきます。
━━学園祭、オンラインゼミ祭のプ譜はどうでしょうか?
学園祭は11月、オンラインゼミ祭は冬(24年度は1月)に行います。それぞれの係を選出し、これも前年のプ譜を見て、それをベースにさらに改良・発展できないかという視点でそれぞれつくっています。
━━ゼミ全体の活動の施策として学園祭やゼミ祭があり、それぞれのイベントごとにプ譜をつくる。そして、それらのプロジェクトを動かす個人のプ譜が存在しているということですね。
ゼミ祭りのプ譜。
振り返りの土台としてもプ譜を活用
━━振り返りはどのように行っていらっしゃいますか?
振り返りはプ譜をTeamsにアップロードして、共同編集できるようにして行っています。
期間はまちまちですが、ゼミ全体であれば学期末、イベントのプ譜はイベントが終了した後に行っています。個人のプ譜は、前期は学習・研究の発表が中心で、後期はイベントに関するものが増えてきますが、通常は年に4回振り返りを行ってプ譜を更新しています。
ゼミ生のプ譜の変化の過程。
イベント終了時には勝利条件や中間目的(プロジェクトを構成する要素の「あるべき状態」のこと)の達成度を評価する最終振り返りを行います。このときも全員でプ譜を眺めながら、評価内容を吹き出しで書き足していきます。定性的な目標については10点中何点かで自己評価していきます。
イベント終了時のふりかえり。
これらの内容は別途まとめておき、次年度以降のナレッジとして蓄えておきます。
ゼミ祭の振り返りを共同編集しながら行う。
プ譜は就活にも有効!自分の考えが言語化でき、発言に自信が生まれる
━━プ譜を導入したことでどのような成果が得られたのでしょうか?
学生がゼミに在籍するのは3年と4年の2年間だけです。その間に実践して得た知識は工程表では反映されず、学生が出ていってしまうとそれきりでしたが、プ譜で記録することでそのノウハウを継承することができ、改善・発展しやすくなっています。
また、ゼミ全体の目標につながる個人のプ譜を書き、更新していくことで学生が主体的に参加するようになりました。学生が最初に書くプ譜は言葉があいまいですが、あいまいな言葉で書いているということは、考えもあいまいだということです。これがピアフィードバックや1on1を通じてだんだんと言葉が具体的に、自分のものになっていくことが、主体的な参加、自律的な行動に結びつき、学生の成長も促しています。
就職活動の面接でプ譜を活用する学生もいます。たとえば、面接で緊張しすぎて自分らしく話せない学生は「知らない人の前でも堂々と自分の考えを述べられるように発言力を鍛える」を目標にした個人のプ譜をつくることにしました。
個人のプ譜をつくるなかで、自分の言葉を具体的にするとともに、キャリアセンターで面談や模擬面接を重ねて自己分析を深めることで、自分の考えを言語化できるようになりました。自己分析を通して自分の軸ができた結果、発言に自信が生まれ、めでたく内定を得ることができました。
━━プ譜を就活で使った事例は初めて聞きました!
そうですか(笑)。個人のプ譜は言ってみれば成長の軌跡で、自己分析の証です。大学のゼミの活動を通して、どんな成長があったかを日頃から分析している学生は少ないので、私は学生みんなに面接の際に見せるように言っています。
━━確かに自分を客観視して、定期的にアップデートして借りものではない自分自身の言葉で変化してきた過程のアウトプットを見せられれば、「この人に仕事を任せても大丈夫」と思ってもらえる証拠になりそうです。
そうなんです。個人のプ譜はゼミ活動への主体的な参加を目的としていますが、学生個人にとっては自分で自分を成長させるために書くんだよ、と伝えています。
社会人が、ひらのゼミに学べること
━━ひらのゼミの実践は、大学のゼミ活動や高校のPBLはもちろん、社員に主体的かつ自律的に考えて行動してほしいと望む企業の経営者や管理職にとっても参考になることが多いと思います。他にも、1on1を行うと相手のことを尊重しすぎて、ただ話を聞くだけに終始してしまうという課題もよく聞きます。こうした方々がプ譜を活用するうえでのアドバイスがあればお願いします。
個人のプ譜は書く本人にとってのメリットが必要です。自分のことを書く、自分のことを言語化するという行為は本人にとってけっこうしんどいものです。しかし、言語化することによって今まで見えていなかったことが見えるようになってきます。なので、プ譜を書くことは自分の成長につながるということを言ってあげると良いと思います。特に学生は成長したいという思いが強いです。それは新入社員の方であっても同じでしょうから、この点を強調してあげるといいのではないでしょうか。
また、プ譜をつかって1on1を行うときは、カウンセリングではないので黙って聞いていないで、マネージャーの方から相手が使っている言葉について「こういうこと?」といったボールを投げることが大事です。学生もそうですが新入社員であれば、まだそんなに言葉を持っていません。自分の考えていることを表現できる言葉を探すのは難しいことなので、マネージャー側から言葉の意味を問うたり、言い換えをしてあげると良いと思います。
あとは、プ譜はどんどん変わっていくものだから、とりあえず書いていこう!という気持ちで運用することです。個人のプ譜のように最初に書いたものから変化していくのがプ譜です。最初から正解をつくろうとせずに、お互いにしっくりくる言葉を探していこうというマインドセットを持つと、うまくいくはずです。
取材を終えて
識字学教育者のパウロ・フレイレは、「書く行為によって、人は自分たちが生きている世界を外側から客観的に認識することができ、現実に批判的な視点をもって介入することができる」と説いていました。フレイレはこうした現実への対峙の過程を「意識化」と呼びましたが、この意識化の過程には対話が重要だと強調しています。ひらのゼミのプ譜活用はまさにプ譜に書くことで自分を客観視し、それだけではまだあいまいな表現を、ピアフィードバックや1on1を通じて具体的にしている素晴らしい実践例です。
また、平野先生は著書『国語をめぐる冒険』に「自分が使う言葉の範囲をこえては思考できない」「使い慣れた言いかたで満足していると、伝える力は伸びない」と書かれています。学生のみなさんが2年間のゼミ活動を通じて自分のプロジェクトを自分の言葉で語れるようになる過程で得た言語化や構造化の力やふりかえりの習慣は、社会に出たときにも有用なものになると感じました。プ譜が就職活動の面接や卒業論文の作成にまで貢献しているとは思いませんでしたが、プ譜を書けることが学生さんの将来に良い影響を与えているのであれば、開発者としてこんな嬉しいことはありません。
『予定通り進まないプロジェクトの進め方』 (前田考歩・後藤洋平著)
ルーティンではない仕事はすべて「プロジェクト」である――独自のフレームワーク「プ譜」を使って、プロジェクトの状況や諸要素の関係性を構造化し、成功に導くための方法を解説。プロジェクトの全体像を俯瞰し、進行の技術を身につけるための実践書。
『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』 (前田考歩・後藤洋平著)
『予定通り進まないプロジェクトの進め方』の実践編。特別な訓練を積んでいなくても、特別な才能がなかったとしても、共通のフォーマット、プロトコルに基づく「仕組み」や「方法」によって、チームをうまく回す方法を説く。