メガ・バズが起きない時代の「知られ方」を考える

2023年に発売した書籍『なぜウチより、あの店が知られているのか? ちいさなお店のブランド学』(嶋野裕介・尾上永晃著)。発売から約1年半が経ち、時代がさらに変化する中で、いま現在の「知られ方」はどう変わってきているのでしょうか。著者のお2人に、昨年の出版を振り返りつつ、最新の「知られ方」事情について話を聞きました。

2024年、「知られ方」に大きな変化が起きていた?

嶋野:『なぜウチより、あの店が知られているか?』出版後の反響ってどうだった?

尾上: そうですね、すぐ仕事につながることはないんですけど、個人でお店をしている方に会ったりすると「あれ読みました」とか、「ためになっている」と何度か声をかけていただきました。

嶋野:それはいいね!私は全国の講演会などでこの本の紹介をしてきて、地域の方のリアクションがいいと感じます。「自分の店を日本全国、自分のエリア以外にも知ってもらいたい時に読みました」って声を聞いてすごく嬉しかったです。

尾上: 嬉しいですね。

嶋野:一方で、アドタイでこのコラムが始まった2020年からこのテーマを考えているわけだけど。実は2023 年後半ぐらいから、知られ方っていうのが大きく変わっているような印象があるんです。どう思いますか?

尾上: なかなか難しいなぁと日々思っております。

嶋野: ふむ。どの辺が難しいと。

尾上:「情報はこういう感じでやると届くよな」っていう感じで持っていたイメージが、自分の仕事であまりうまくワークしないことが増えたというか。ほかの人の仕事を見ていても、「こんなにいいクリエイティブなのに、この程度の広がり方で終わっちゃうんだ!」って思うことが増えた気がしますね。

嶋野:まさに私も同じように考えていて。初めは正直、自分の技量不足かなぁと悩んだのですが、いろんなキャンペーンの分析結果見せてもらっているうちに「キャンペーン全体でバズの期間が短くなっている」ということがわかりました。バズの高さが足りなくて、バズってもすぐ終わっちゃうから、結果、話題総量も下がるっていうのがここ最近の変化ですね。
2023年ですが、海外メディアの記事で「TikTokで1000万回再生のメガ・バズコンテンツの数が急激に落ちている」という分析レポートがありました。つまり、以前のような大きなバズが生まれづらくなっているというデータがあり、これはSNS全体で起きている現象のようなんです。

尾上: それは、なぜなんですか?

嶋野:TikTokに限らずですが、どのSNSでもユーザーが増えているから、本来ならバズのコンテンツ数も増えるし、バズの大きさも増えるはずなんですよ。

尾上:はい。そうですよね?

嶋野:そうならない理由は大きく2つあって、


1. ユーザー数を上回る投稿数の増加(コンテンツの過剰供給)
2. コンテンツ数の増加&リコメンド機能の進化のため、個人の嗜好にあったニッチなものが当たるようになって、結果、バズが分散化している。

ということのようです。みんながそれぞれ自分の好きなものを見られるようになった結果、「みんなが知ってるもの」もどんどん減少していると。

尾上: 確かに「今みんなが知ってる話題のアレ」みたいなの、減りましたよね。

嶋野: オリンピックでさえ1週間後には話題から消えてしまうものね。それはつまり、皆さんの「知られ方」が悪いという問題ではなく、それ以上に世の中に情報量が増えているから、せっかく情報を出しても、それがすぐにかき消されるような状況が起きるのではないかと思っています。

尾上: ですね。これはもう止まらない流れなんですかね?

嶋野:止まらないとは思います。でも、それをなんとかするのが我々の仕事じゃないですか?

尾上:さようでございます。

嶋野:「なぜウチ」の出版から1年以上経ちましたが、この困難な2024年という時代に、「知られる」ための学びとなる事例を色々、分析して話していきたいと思っています。

2024年の知られ方①「フォトフレーム化」

尾上:ここからは、お互いが持ってきた事例の中で「これはいいな」と思った事例を紹介していきます。まず、1つ目の事例。これはけっこう有名だと思うんですけど、「フーフー飯店」ってご存じですか?

嶋野:聞いたことあります。名前は。

尾上:初見は“おしゃれな街中華”的な雰囲気のお店なんです。が、ある仕組みによって広まっておりまして。

嶋野:それはどのような?

尾上:席の真上に網棚があるんですけど、その上にスマホを置いておくと、自分たちを俯瞰で見下ろした様子を撮影できるっていうですね。

嶋野: おお、なるほど!TiktokとかXで見る料理動画みたいな上からの絵が取れるわけですね。

尾上:そうです。その棚を使って自分たちが食べてる様子や料理を撮って、シェアしているという。料理の写真をシェアっていうと、以前だと「インスタ映え」みたいな感じで、料理自体がやたらカラフルだったり、写真に撮られることを考えられたプロセスのものが多かったです。「わたあめすき焼き」とか。これは、上から撮るっていう仕組み自体が新しいのが、面白い事例ですね。

イメージ 2022年に話題になった「わたあめすき焼き」(しゃぶしゃぶ温野菜)。

2022年に話題になった「わたあめすき焼き」(しゃぶしゃぶ温野菜)。

嶋野:それってつまり、今まではフォトスポット的なものを用意してきたけど、これからは「こんな風に撮れますよ」っていう、フォトフレームみたいな感じなのかな。仕組みだからこそ、みんなが参加したがる、と。

尾上:さようでございます。

嶋野:今の話で思い出した「ハグ陶芸」ってアートがあって。ろくろで陶器を回す際にパートナーと一緒に向かい合って、抱き合って陶芸にその形をつけてから焼くことで、相手と一緒に完成させる作品というのが話題になってました。これも「フォトフレーム」的ですね。

尾上:陶芸っていうのがいいですね。消費されづらいところでやってるのが面白い感じがします。

嶋野:この方法は、どうすれば皆さん真似できるんですかね?

尾上:目線を変えてみる、ってことだと思います。自分の目線=蟻の目だけでなくて、引いた目線=鳥の目を持ち込んでみて、客観的に考えてみるとヒントになりそうです。

2024年の知られ方② オンリー・ユー

嶋野:2つ目の事例としてご紹介したいのが「土屋鞄」さん。すごいニッチなアイテムを作って、話題になることがあります。例えばスイカの持ち運び用のカバンとか。

尾上:面白いですね。

嶋野:他にも「水切り」って遊び、あるじゃないですか。平で丸みがある、水切りのいい石を入れる用の携帯用のカバンを作ったり。あとは雪だるま専用カバンみたいな、これ誰が使うんだ?っていうツッコミも含めてだと思うんですけど、たった一人のために作っているものの方が、なぜか話題になりやすいという。

写真 商品 土屋鞄公式ウェブサイトより

土屋鞄公式ウェブサイトより

尾上:すごいですね。欲望を楽しむシリーズなんですね。

嶋野:「『運ぶ』を楽しむ」というコンセプトで、普段は鞄作りをしている職人さんたちが自分だけの何かを持ち運ぶ鞄をつくってみるシリーズだそうです。鞄の本質的価値である運ぶという行為を、職人さんの遊び心と、ランドセルで培った技術で表現しているようです。
世界中で情報があふれているからこその逆説かもしれませんが、プロが自分自身のために作ったものがバズるっていうのが面白いですよね。きっと職人さんたちはバズらせようとか狙っているわけではない気がします。

尾上:昔のキャンペーン事例でいうと、フランスのバーガーキングで「一番熱烈なファンに恩返しをしよう」って仕掛けたキャンペーン(2017年)や、スキッドルズが1人ファンのためだけに流したスーパーボウルのCM(2018年)があったじゃないですか。1人のための濃いストーリーが、みんなにとっても共感が持てるものになるっていう。それをプロダクトレベルまでやっているのがユニークですね。

フランス バーガーキングの施策「BURGER KING-JOYEUX NOËL SULLYVAN(メリークリスマス、サリバン)」。熱烈な1人のファンのために店をプレゼントのように飾り付けて招待した(『なぜウチより、あの店が知られているのか?』より)

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