ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」から広告を考える

皆さんこんにちは。萩原幸也です。

前回のコラムでは、アートやデザインに触れるきっかけや入り口になり得ればと思い、「アート思考」と「デザイン思考」について非常に噛み砕いてご説明してきました。ただ大前提として、そんなに簡単に説明可能なものではないことを改めてお伝えしておきます(はい、言い訳です)。

さて、今回から広告におけるアート思考の実践について話をしていきます。広告におけるアートというと、「クリエイティブ」と呼ばれる、企画や演出、アートディレクションやクラフト部分の話かな?と思われると思います……しかし、今回言いたいことは、やや異なります。

まずそもそも、広告は基本的には「課題解決」を目指すデザイン的な営みです。その目的は、企業やビジネスの成長に他なりません。

グラフ その他 デザインとアートの目的の違い

デザインとアートの目的の違いを簡易的に整理した図。詳細は前回のコラムをご覧ください。

ただ今回私がお話したいのは、前回お話したアートの目的のひとつ、「自己表現」という部分に依拠して、「広告主企業も、もっと自己表現を目指すべきでないか?」ということです。

ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」とは?

前回のコラムでは、アートの目的は「自己表現」であるとしました。(こちらにはさまざまなご意見をいただきました。社会的な活動を行なっているアーティストもたくさんいらっしゃいますから。実は、元々今回のコラムでそのあたりを補足していくつもりでした。言い訳です)。

ところでこの「自己」とは、どの範囲を指すのでしょう? 現代社会において、完全に個で「自己」を形成できる人間などいません。家族や友人、社会、世界との関係性を持って「自己」は成り立ちます。

つまり自己を表現するというのは、その関係性や文脈も含むことになります。決して独りよがりな表現で自己完結するというようなことではありません。

そうした芸術概念を確立したといえる、ある歴史的アーティストを紹介いたします。ドイツ出身のヨーゼフ・ボイス(1921年-1986年)です。「拡張された芸術概念」を打ち出したアーティストして知られ、ボイスが残した「すべての人間は芸術家である」という言葉から分かるように、周囲を巻き込み、教育活動、政治活動、環境保護活動、宗教なども芸術活動・芸術作品と見なし様々な活動を行なったアーティストです。

そんなボイスが提唱した概念が「社会彫刻」です。社会彫刻は、「自ら未来のために社会そのものを彫刻していこう」という考え方です。ここでいう「彫刻」とは、構想し創造することを指しています。

彼の代表的なプロジェクトに「7000本の樫の木」(1982)があります。会場に樫の木を植樹し、同時に玄武岩を7000セット置いていくという取り組みで、すくすくと育つ樫は“生”を、頑丈で変化が少ない玄武岩は“死”を意味し、生と死両方の存在によって世界が成立することを表しました。

こうしたボイスの活動は、当初は認められず、多くの議論を巻き起こしていたと言います。しかし次第に賛同者を増やし、「7000本の樫の木」は、5年にわたり市政、市民、金銭的な支援をおこなった人などの多くの協力を得て達成されます。

そして自ら未来のために社会そのものを彫刻するというこの「社会彫刻」は、個人だけでなく、企業こそが行っていくべく取り組みでもあると思うのです。

企業やブランドにも「人格」があるはずです。そしてブランディングは、企業やブランドの「人格」を生活者の皆さまとすり合わせていく営みでもあります。だからこそ私は、そこにもっとアートな側面、つまり「自己表現」があっても良いと思うのです。

企業の「自己」を打ち出し、未来を創造する

そう思うようになったきっかけは、カンヌライオンズに代表される海外広告賞の受賞作を追っていた際でした。ここ10年ほど、カンヌライオンズでは、ソーシャルグットやパーパスといったテーマを持った施策が多く受賞していました。代表的な受賞作をひとつご紹介します。

Nike「Dream Crazy」(WIEDEN+KENNEDY, Portland)。2019年のカンヌライオンズのエンターテインメント・ライオンズ・フォー・スポーツ部門、アウトドア部門にてグランプリを受賞。

ナイキの「Dream Crazy」は、ブランドのタグライン「Just Do It.」の生誕30年を記念して展開されたキャンペーン。フットボールの試合で米国国歌が流れる間、膝をついた姿勢で人種差別に抗議した元NFLサンフランシスコ・49ersのコリン・キャパニックを起用し、米国中で賛否両論を巻き起こしながらも、ブランドの信念である「Just Do It.」を改めて知らしめました。

さて、こうしたソーシャルグッドやパーパスをテーマとした受賞作は、社会的には有意義であっても、はたしてビジネスの利益に繋がっているのか? といった議論や、メッセージだけでアクションが伴っていない事例も多くあり、直近のカンヌライオンズでは、少し影を潜めているようにも見えます。

ただ個人的にはむしろ、これからの日本ではより必要な取り組みだと思っています。企業の「自己」を打ち出し、議論を起こしながらでも生活者やステークホルダーと共に価値を「共創」していくような活動やメッセージが必要なのでは無いか――それは今後の社会を創造する活動であり、結果的には利益にも繋がるはずです。

ボイスが亡くなってから40年弱。アートの世界では当たり前になった概念を、今、社会全体で追いかける時代になったのだと思うのです。そして、ボイス以降、現代アーティストの思想、行動には、これからの未来を考える多くのヒントが詰まっているとも思います。

さて次回は、私がこうしたことを考えるきっかけとなった海外の事例を、いくつかご紹介していけたらと思います。

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萩原 幸也
萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

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