仲畑貴志さんに聞く、「好きだから、あげる。」「おしりだって、洗ってほしい。」など名作コピーが生まれるまで 前編

クリエイティブの力で商品を売る

門田:次は、1982年のソニーのコピー「人類は、男と女とウォークマン。」。ウォークマン全盛期の広告ですね。これは宣伝会議の「コピーライター養成講座」の受講生たちからぜひ聞いてほしいと言われたのですが、今の時代だったら、仲畑さんはこれをどうやってコピーにされるんだろう、と。

人類は、男と女とウォークマン。

(ソニー/ウォークマン/1982年)

出典:コピラ

仲畑:うーん……まったく違うコピーにする(笑)。

門田:(笑)。たしかに、多様性が重視される今の時代だと、男と女を分けるだけでもクライアントさんから意見が出る。それじゃあ、なんて言えばいいのだろうという。

仲畑:本当だね、今ならこのコピーはダメでしょう。最終的には、クライアントがどう判断するかにもよりますが。いずれ、そういう議論をひとしきりやった後で、「もういいじゃん」ってことになるんじゃないかと思いますね。大事なのは、こういうことに対してみんなが配慮する気持ちを持っていようね、ということですから。

門田:ちなみに、このコピーはどのようにつくられたのでしょうか。

仲畑:ウォークマンは発売時からどんどん売れていたので、すでに多くの人が持っていたし、世の中的に知られていました。他社でも同様の商品は出ていたけれど、最軽量ということを追い求めた結果、ソニーは先駆者的な存在になり、ウォークマンはヘッドフォンステレオの代名詞になってしまったほど。だから、「安心して持てる」というニュアンスが裏に隠された含みの言葉ですね。新発売時は、ソニーも僕らも正直なところ、こんなに売れるとは思っていなかったんです。

門田:当時、ソニーからはどんなオリエンがあったのでしょうか。

仲畑:ウォークマンは常に改良されて進化していたので、どんどん小さく軽くなり、音のひずみがなくなりと、毎回新たに伝えるべきことはありました。ところがある時、今回は大きな変更がほとんどないんです、と。その話をいただいた時に、これまでの改良点訴求とはアプローチを変えて、クリエイティブの力をもっと活用しませんかと提案しました。それはどういうことですかと聞かれたので、提案したのが「猿」でした。

門田:それが、一倉宏さんが書いたコピー「音が進化した。人はどうですか。」で、お猿のチョロ松くんが出演したウォークマンのCMですね。

仲畑:僕はコピーライターではなく、プロデューサー的な立場で参加しました。

商品が改良されて前よりよくなったことを伝える。それは広告において最も重要な目的であったし、実際にウォークマンという商品も健やかに育ちました。そんな流れの中で、お猿のウォークマンのCMは誰が見ても「面白い」と感じてもらうことができ、クリエイティブがジャンプした結果、商品も180パーセントアップしました。クリエイティブはちゃんと売りにつながるという確信を僕は持っていたので、この広告でそのことが証明できたのは嬉しかったですね。

一方で、精密機械でデリケートな製品ゆえに、それを動物で象徴した表現を見た時、開発者は複雑な気持ちになったかもしれません。でも、精密機械だからと冷たいイメージでやっていたのでは、使う人たちみんなの持ち物にはならない。だから、機械的なイメージからチャーミングな方向にいったほうが、絶対に得になるし、しっかり伝わるんです。

「新しい価値」はストレートに伝える

門田:次は、1982年のTOTO ウォッシュレットのコピー「おしりだって、洗ってほしい。」。

「おしりだって、洗ってほしい」篇

NA:皆様、手が汚れたら洗いますよね。
こうして、紙でふく人って、いませんわよね。
どうしてでしょう。紙じゃとれません。
おしりだっておんなじです。
おしりだって洗ってほしい。

(TOTO/ウォッシュレット/1982年)

出典:コピラ

仲畑:これは取材が一番多くて、今でも依頼がきますね。もう、「おしりのコピーライター」だと思われて……(笑)。

このコピーは、最初「手が汚れたら洗うように、おしりも洗った方がいい。だって、おしりは洗わないと少~し付いてますよ」と提案した。でも「少~しついている」の部分を、TOTOは「いや、そこまで言いますか……」と。結果、それは取ったんだけど、僕は最初の方が良いと今でも思っています。

この商品は当時15万円という高額商品でした。でも、僕はその値打ちを実感できなかった。トイレはすでに家にあるものだから、広告を見た人がすぐに買うものでもないと思っていたし。実際に僕が担当する前に、ウォッシュレットは一度広告を展開しているのですが、画期的な新商品なのに売れなかった。それで宣伝部の方がいろんな広告を見て、僕に依頼してくれたという経緯もありました。

コピーのヒントになったのは、小倉の工場見学に行った時。製品開発担当者が僕の手に青いインクを塗って、それを「ティッシュで拭いてください」と言うわけです。一生懸命ティッシュでインクを拭いてティッシュにまったく付かなくなっても、手には青い色が残ってしまう。そうしたら、彼が言うんです。「おしりも一緒なんですよ」。それを聞いて、「あ、それを伝えるだけでいい」と思いました。

なんでもクリエイティブ・ジャンプすることがいいわけじゃない。「ついてるよ」ということをストレートにコピーで伝えられたら、この商品は売れると思いました。実は、当時他社からも同じ機能を持つ商品は出ていて、正直なところそちらのネーミングの方がわかりやすかった。ネーミングがすでに負けているなら、広告ではなおさらその価値を伝えなくてはいけないとも思いました。

ただプランナーの考えたCMの企画だけでは、多くの人には伝わりにくいと感じました。そこで企画につける「取っ手」の役割として、「おしりだって、洗ってほしい。」というコピーを書いたんです。カップに取っ手があると持ちやすいのと同じで、CMを見た人にひと言で伝えることができる。視覚アイデアは説明がむずかしい。言葉のほうが持ちやすく伝える力が強いんです。まさにキャッチフレーズで、それがセールストークになりましたね。

テレビCMは、オリエンで聞いたまんまを戸川純さんに演じてもらいました。演出は、川崎徹さん。あの内容を伝えるには、どこか浮世離れした彼女の存在感が大事だったと思います。肉感的な女優さんだと匂うようでしょ。

テレビで「おしり」という言葉を流すにはまだ抵抗感がある時代だったし、当然、社内の反対もありました。それを押し切って判断したのは、当時の山田勝次社長です。もしも「おしり」というワードを引っ込めていたら、世の中に浸透するスピードはもっと遅くなっていたでしょうね。

長年いろんな商品のコピーを書いてきましたが、僕はウォッシュレット以上にクリエイティブな商品を見たことがありません。世の中の商品の多くは、もともとあるものに何かを足したり引いたりして「新商品」として出していることがほとんどですから。「おしりを洗う」という、全く新しい生活習慣を提案した商品は、後にも先にもこれっきり。このように新しい価値を持つ商品が生まれたのなら、広告ではその価値をストレートに伝えるのが一番いいと思いますね。

後編に続く

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仲畑貴志

トマト コピーライター/クリエイティブディレクター

1947年京都市生まれ。広告企画・制作、マーケティング戦略、新製品開発などが専門。数多くの広告キャンペーンを手がけ、カンヌ国際広告祭金賞のほか数々の広告賞を受賞。代表作は、サントリートリス「雨と仔犬」、TOTOウォシュレット「おしりだって、洗ってほしい。」など。東京コピーライターズクラブ会員、東京アートディレクターズクラブ会員。事業構想大学院大学教授。また、毎日新聞紙上で「仲畑流万能川柳」の選者も務める。

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門田陽

門田コピー工場 コピーライター/クリエーティブディレクター

1963年福岡市生まれ。福岡大学人文学部卒業後、西鉄エージェンシー、仲畑広告制作所、電通九州、電通を経て2023年4月より独立。TCC新人賞、TCC審査委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。

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