近年、AIの登場により、広告コピーが新たな局面を迎えようとしています。広告会社では「コピーライター」という名刺を持つ人が減った、という声も聞きます。しかし、どんなに時代が変わろうと、コミュニケーションや表現の手法が変わろうと、広告コピーの基本は変わりません。だからこそ若い世代の皆さんに知っておいてほしいコピーがたくさんあります。
そこで本企画では、過去から現在にいたるまで、時代と共にあり、これからも「未来につないでいきたいコピー」について、制作者であるコピーライターの皆さんにお話を聞いていきます。
今回は、武田薬品工業「ベンザエースを買ってください。」、シャープ「目のつけどころが、シャープでしょ。」、JR九州「愛とか、勇気とか、見えないものも乗せている。」など、数々のコピーで知られる仲畑貴志さんにインタビュー。コピーの世界に新しい価値観を生み出してきた仲畑さんに、それぞれのコピーが生まれた背景や企画について、かつて新人の頃に仲畑広告制作所で修行をしたコピーライターの門田陽さんが聞きました。
(前編より続く)
一周回ってからのストレートなコピー
門田:次は1986年の武田薬品工業「ベンザエース」のコピー「ベンザエースを買ってください。」です。これも実にストレートな表現です。
ベンザエースを買ってください。
(武田薬品工業/ベンザエース/1986年)
出典:コピラ
仲畑:このコピーは、ストレートがゆえにいろいろと言われたけど、僕は「買ってください」という言葉を信じて書いているわけではない。「(広告が言いたいこと)わかっているでしょ」と言っているんです。
というのは、この頃、広告の表現技術が向上し、コピーもどんどん上手くなってきました。まぁ、上手いのは良いことなんだけど、「口の上手いやつ」という表現があるように、それは必ずしも説得力を持つわけではない。広告って結局、「買ってくれ」と言っているわけですから。それを、あれこれと広告では言うけど、ね。
それをストレートに気持ちよく言ってしまおう。そういう好きになってもらうやりかたってのもある、と思って書いたコピーが、「ベンザエースを買ってください。」です。この表現はストレートなセールストークに思われがちですが、実はスパイラルを描いて一周回って、1ステージ上がった表現になっていると、僕の中では、そうなっている。
ただ、これは最初から、広告のキャラクターとしてキョンキョン(小泉今日子)を念頭に置いていました。この頃は、キョンキョンがCMに出れば、どんな商品でも届いたんです。だから、キョンキョン前提で成立しているコピーですね、これは。
門田:キョンキョンは、今はプロデューサーとしても活躍していますね。
仲畑:当時からセンスが良かったし、頭が良くて自分の意見をちゃんと持っている人でした。彼女は、この広告のコピーの意味がわかったから引き受けてくれたんだと思います。
広告の言葉は誰を通過するかで、そのスピードやニュアンス、届き方が変わってきます。キョンキョンという人そのものがメディアだから、彼女の力が掛け算になって、この広告も伝わるスピードが速くなった。そういう意味で誰を広告のキャラクターに選ぶのかということは、とても重要です。
門田:これ以前に、同じ武田薬品ベンザエースで「カゼは、社会の迷惑です。」という名コピーがあります。
カゼは、社会の迷惑です。
(武田薬品工業/ベンザエース/1984年)
出典:コピラ
仲畑:この時は「風邪薬は万人のものだから」という考えで、全国民をターゲットにしたキャンペーンを展開したのですが、キャラクターをつくったり、タレントも複数名起用したり、表現のベクトルもいろいろだったから、商品を売るのは難しかったですね。それで、ハードセルでやりたいということで依頼が来て、新たに始まったのが「ベンザエースを買ってください。」でした。
門田:ベンザエースは、キョンキョンを起用した広告で売上が上がりましたか。
仲畑:上がりましたね。効果的な広告を打てば、商品は確実に売れる。それは僕が経験として知っていること。だからこそ、一生懸命クライアントを説得するのですが、実際には難しいことも多いです。でも、ちゃんと広告をすれば、本当に売れます。僕が長らく関わったサントリーのような企業は「広告をやったら売れる」という広告の効果を実感している。広告効果をきちんと理解しているから、僕らの提案を疑心暗鬼にならずに受け入れてくれるんですね。