成長の軸を見失った経営者の必読書―『「感動体験」で外食を変える』に寄せて(並木将仁)

『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。今回は、インターブランドジャパン 代表取締役会長兼社長兼CEO 並木将仁氏が、『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』を紹介します。

一時的なブームによって急成長を実現する企業は継続的に出てくるが、そのスケールを持続できるブランドが特に近年は稀有な存在になっている外食産業。その中で、なぜ丸亀製麺が成功したかを、一代でブランドを築き上げた粟田氏が語りおろす渾身の一冊である。
日本ソフト販売が2024年2月26日に発表している「【2024年版】飲食店チェーンの店舗数ランキング」において、ファミリーレストラン、和食系、洋食系、ラーメン・餃子、焼肉、その他食事処、ファストフード、居酒屋・バーの8カテゴリーで国内500店舗以上を展開しているのは26ブランド。そのうち2000年以降に創業したブランドは丸亀製麺を含めてたった2ブランドである。近年では最盛期は500店舗を数えたいきなりステーキも2024年9月14日時点で180店舗へと大幅な縮小を見せている。この簡単な統計を見るだけでも、丸亀製麺の成功は規格外であることは明確である。

その成功の要因が詳らかに記されている本書の内容を、近年の経営の潮流の中で再解釈すれば、パーパス経営の成功と言える。「感動」というパーパスを経営として実現することを至上命題として、フロントエンドDXを筆頭とした省人化という画一的な思考停止の波に抗い、結果としてパーパスをプロフィットに翻訳した成功事例として理解できるだろう。

写真 表紙 『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』

『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』
9月6日発売/粟田貴也著/定価1,980円(本体1,800円+税)

同時に、私はその先に浮かぶ「人」をコアに据えた経営哲学こそを読み解くべき書籍だと感じている。なぜならば、本書で語られている経営手法は、時流を読む力とそれを徹底的に実行する能力との掛け算で実現できた成功、というこれまでの道のりの物語でしかなく、読者が同じ打ち手を打ったとしても、成功の再現性はわからない。だが、「人」をコアに据えた経営哲学は、多くのビジネスパーソンにとって不易との確信があるからこそ、経営哲学を読み解くべきなのである。
それが端的に表現されているのは、「トリドールで働くすべての人が幸せになること」こそが成長の唯一のドライバーである、と全社員に発信したメッセージである。これをしっかりと表現できることに、私は粟田氏の魅力のコアがあるのではないか、と感じる。そして、幸せ実現に向けて自らが動いていく姿にこそ、競争優位を追求する企業ではなく、意味のある成長を実現する企業の姿が集約されているのではないか。
この人へのフォーカスは当然顧客への「体験価値」を通じて感動を届ける姿勢においても、明確である。「体験価値」を追い求めることで「他者の追随を防ぐ」姿は、カスタマーセントリックであることで一大帝国を築き上げたジェフ・ベゾスの姿すら彷彿させる。ベゾスも「ライバルを見て戦略を決めても顧客と向き合わなければ何も発明は生まれない」と言っているが、丸亀製麺が「丸亀うどん弁当」や「丸亀シェイクうどん」、そして「丸亀うどーなつ」を世に送り出せたこと、ロンドンでの人気メニューである「チキンカツうどん」を開発できたことにも、顧客への徹底したこだわりという経営哲学の連続性を感じる。

そして、本書のもう一つの学びは粟田氏の人間性にあるのではないだろうか。粟田氏の肉声を感じる文章からは、ビジネスの、経営の、そして商いのリアルがあふれ出してくる。ドライなケーススタディではなく、人間が語る冒険譚である。
「焼き鳥屋の大将」から企業経営者へという話や、「わけもわからず上場を目指す」という話は、ともすれば大手企業に勤めているサラリーマンは他人事と感じながら読むかもしれない。しかし、ここには経営者になることの本質が語られており、すべてのビジネスパーソンにとっても、価値のある冒険譚の一端である。そして、「社長はキャスティング業」という言葉に大きく頷く経営者は多いだろう。このテーマで一章が割かれている。非常に貴重な内容ではないだろうか。
また、「二律両立をやり抜く」の話も参考になる。よく語られる概念だが、実際には難しいと悩むケースも多いのではないか。だからこそ粟田氏が実現した結果を、本書で語られている経緯と共に見ることに意味がある。二律背反を乗り越えるには、経営者が哲学を確信として持つことが重要であり、また「効率化・省人化を進めるべきだ」といったそれらしい社外の専門家と名乗る輩のアドバイスの先には、二律両立を実現する世界はない、と読み取れる。これは多くの人の背中を押してくれるのではないだろうか。
私自身がブランディング会社のCEOであるので、ブランド関連の話もひとつ。「企業の成長に合わせ、数年ごとに理念を刷新」には、いまあるべきアジャイルかつフレキシブルなブランディングのあるべき姿が垣間見える。ブランディングに悩む人にとっては、この言葉は大切な言葉になると確信している。

5年後、10年後と言わずに、「働く人の幸せが我が社の成長の源泉だった」という内容の次書の出版を楽しみにしたい。

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並木将仁(なみき・まさひと)

インターブランドジャパン 代表取締役会長兼社長兼CEO

戦略コンサルティングファームにて、企業戦略、事業戦略、ブランド・マーケティング、デジタル、M&Aなどにおけるコンサルティングを中心に、包括的に企業の成長を支援。特にオムニチャネル&デジタル時代における顧客体験の向上を通じたブランディング実現を強みとしたコンサルティングサービスを、多数実施。その後、2015年にインターブランド参画。顧客体験をベースとしたブランド価値の向上を、ロジックとクリエイティブの融合から実現することを主眼として、クライアント支援を実践している。

写真 表紙 『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』

『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』
粟田貴也著/定価1,980円(本体1,800円+税)

なぜ「丸亀製麺」はうどん業界でぶっちぎり1位の繁盛店になれたのか?トリドールホールディングス創業社長・粟田貴也氏による初の著書。一軒の焼き鳥屋から始まり、国内外約20ブランドを持つグローバルフードカンパニーへ。創業から現在に至るまでの軌跡と、その快進撃を支えた異端のリーダーシップを解き明かす。

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