本コラムは「個人株主を企業のファンに!モスのパブリックリレーションズ」をテーマに展開してきました。第4回の最終回は、ファン株主が企業の経営にどのような影響を与えるのかを整理したのちに、ファン株主獲得のために大切なこと、ステークホルダーとの共創について、私なりの考えをお伝えします。
ファン株主は企業の経営にどのような影響を与えるのか
BtoC企業にとってファン株主が与える影響について、当社の事例をもとに次のように整理しました。
・顧客としての商品・サービスの利用増が期待できる
ファン株主には、商品・サービスの利用増が期待できます。当社株主も株主になったことで利用が増えたという方が多く、一般顧客と比較して5倍超の利用があると回答を得ています(当社調べ)。
・インフルエンサーとしての推奨が期待できる
ファン株主は、その株主体験を身近な人に伝えたくなることがあります。その企業や社員にどれだけの魅力があるのか、店舗にどれだけの魅力があるのか、株主としての価値がどれくらいあるのか、ファン株主が伝道師となってくれることがあります。一方で、残念な体験があると株を売るだけでなく負の評判を広げてしまうリスクも存在します。
・経営方針の独自性が保ちやすくなる
一部の大株主の意向に影響されることなく、長期的な成長を見据えた経営の独自性が保ちやすくなります。ただし、個人株主とのコミュニケーションが足りないと、経営に対する規律付けの低下を招く恐れもあります。株主の声を生かす仕組みづくりが必要です。
・株価の下支えが期待できる
・安定株主として、長期保有が期待できる
このような効果が期待できるファン株主を獲得するには、何が必要なのでしょう。私なりの整理をご紹介します。
ファン株主獲得に大切なこと
11名の任意の個人株主インタビューを通じたインベスタージャーニーマップの分析や他企業のIR担当者へのヒアリングを通じて、企業の「人格」を理解してもらうことがファン化に向けての第一歩であることがわかりました。
そして、パーパスや経営理念に賛同を得て、機能的価値や感情的価値、さらには、自己実現価値と社会的価値をあらゆるチャネルを駆使して継続性を持って提供し続けることで、個人株主に共創の意識が芽生え、応援したくなります。
店舗を有する場合は、本社と店舗の提供価値の一貫性も重要です。パーパスが本社だけでなく、店舗などの最前線でも体現できていると、その信頼性は一層高まります。
また、ファン株主獲得には、マーケティング視点の組み込みが有効です。
ターゲットを明確にした上で、関係性に応じたタッチポイントで中長期を見据えた適切な施策を講じるとその関係性は深まりやすいです。社会における企業価値を意識しながら、個人株主の意識変容をいかに促し、行動変容につなげるか、このような視点が個人株主のファン化には必要だと考えています。
2024年1月、日本マーケティング協会が34年ぶりにマーケティングの定義を刷新しました。
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想であり、プロセスである。
日本マーケティング協会 2024年
1990年における同法人のマーケティングの定義では、活動の対象は「顧客」でしたが、今回の新定義では、ステークホルダーとなりました。
つまり、現代のマーケティングの目的の達成においては、このステークホルダーを「個人株主」に置き換えることができ、個人株主もマーケティングにおける重要なコミュニケーション対象となるのです。
また企業広報戦略研究所の調査によると、個人投資家の情報源は、新聞記事や一般金融情報サイト(Yahoo! JAPANなど)、アーンドメディアが主流を占めますが、Z世代(20代~30代)では、それと同じ割合で、YouTubeやSNSなどのシェアードメディアを利用しています。
この結果からもわかるように、今後はターゲットごとのきめ細やかな対応が増々求められます。
ステークホルダーとの共創
インベスタージャーニーマップの分析などを通じて、企業と個人株主の関係性を深めるために最も有効なタッチポイントは「社員」であり、「人」だと理解しています。そのために有効な施策は、継続的な情報発信と広聴を軸とした対話です。
企業は、リアル、オンライン、専用イントラネット、アンケートなどさまざまなチャネルを通じて個人株主の声の収集に注力し、集めた声を経営で議論し、その結果をフィードバックすることが大切です。これにより個人株主は、企業の課題を自分ごとと捉え、企業と個人株主の間に「心理的なつながり」が構築されます。
企業は、この「心理的なつながり」を維持・向上させるために、このサイクルを継続して回す組織を構築する必要があります。これは個人株主だけでなく、機関投資家との対話も同様だと考えます。
これからの企業経営は、こうしたステークホルダーとの対話により施策のみならず、企業文化においても共に創っていくことが求められるのではと考えています。