そこでP&G、資生堂出身の田上氏は事業会社、嶋氏はエージェンシー、山口氏は日本パブリックリレーションズ協会理事長という異なる立場から、カンヌライオンズの受賞作品の潮流を読み解くとともに、これからのPRの在り方やアワード受賞のポイントを語ってもらいました。
日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)が主催する「PRアワードグランプリ」の募集締め切りが10月15日に迫っている。PRSJは応募者へのヒントを探るべく、カンヌライオンズの潮流を読み解くパネルディスカッションを実施した。
今回、2024年度カンヌライオンズPR部門において日本代表の審査員を務めた田上智子氏(シナジア 代表)、今年度のカンヌライオンズに参加した嶋浩一郎氏(博報堂 執行役員)、山口恭正氏(日本パブリックリレーションズ協会 理事長)によるパネルディスカッションが実現した。
昨年まではAIを活用した企画に注目が集まっていたが、今年は人間的なあたたかみを感じるユーモアの活用が評価される傾向にあった。難しい課題に対しても、ポジティブなクリエイティブアイデアで解決する企画が評価された。
登壇者プロフィール
社会的なファクトをエンタメに昇華し、態度変容へ
嶋:
僕らPRパーソンは、クリエイティブな合意形成を目指していかなきゃいけないと思っています。合意形成って、最終的には人々のパーセプション(認識)を変え、行動を変えていくわけですが、「新しい当たり前を作っていく中で、こんなクリエイティブなやり方があるんだ」というヒントや「ここまでやっていいんだ」という勇気をもらえるので、ぜひカンヌの事例を参考にしていただければと思います。
例えば「THE MISHEARD VERSION」は、メガネの小売チェーンであり、補聴器も扱うイギリスのSPECSAVERSが、店舗での聴力検査の受診を促すために実施した企画です。聴覚障害は健康寿命にも関わるので、聴力検査を受けてほしい。一方で、イギリスでは聴覚障害=シニアというイメージがあり、検査を進んで受けてもらえないという課題がありました。
そこで着目されたのが、1980年代に大ヒットしたリック・アストリーの「Never Gonna Give You Up」。聞き間違いソングとして有名なこの曲を今、本人が聞き間違いバージョンで歌い直して、「この間違いが分かれば、あなたの聴力は大丈夫」と、ある種の聴力検査として打ち出したんですね。この動画をSNSで公開したところ、8時間で2000万PVに達し、実際に聴力検査に行く人がすごく増えたそうです。
リック・アストリーは、今ちょうどリバイバルヒットしていたんですね。ターゲット世代の青春時代のスターがリバイバルしたタイミングで起用し、有名な聞き間違いソングが一気に広まって、態度変容を起こさせたのがすごく面白いなと思いましたね。
この作品はグランプリを受賞しましたが、審査の現場でどんな議論がなされたんですか?
田上:
まさに今年のテーマである、ユーモアあるクリエイティビティ。「ヘルスケアカテゴリーで、ユーモアを持ってちょっとまじめな聴力問題を課題提起していくことは、非常に大きな勇気が要ったよね」「まさにクリエイティブの勝利」という議論がありましたね。
山口:
この事例から日本のPRプランナーの方々が学べるポイントはありますか?
嶋:
社会的な活動をエンタメに昇華させる技術は是非、見習いたいですよね。カンヌはそのやり方を色々見せてくれますよね。
効率化からクリエイティビティ、AIの活用に変化
嶋:
テクノロジーも日本のPR会社が頑張って取り入れたいテーマの一つで、カンヌではここ3年ぐらいAIの議論がなされています。昨年ぐらいまでは仕事の効率化・最適化・最速化のためにAIを使う企画が多かったんですが、今年はクリエイティビティのためにAIを活用する企画が増えてきた気がします。
「WOMEN’S FOOTBALL」は、フランスの大手電気通信プロバイダーでサッカーのナショナルチームのスポンサーでもあるORANGEの企画です。フランスはサッカー王国ですが、男子チームには注目が集まっても、女子チームには、なかなか注目が集まらないという偏りがありました。そこで、女子チームのプレーをVFX(Visual Effects:CGによる技術を活用し、実際の映像と組み合わせた映像技術)で加工して、男子チームのプレーのように見せた上で、実は全部女性のプレーだったということが時間差で明らかになって驚かせるというものです。
これも結構、議論されたんじゃないんでしょうか。
田上:
動画としての完成度も含めて、「非常にすばらしいよね」という議論になりました。見えないけれども見た方がいいものを可視化するためにAIが存在していることを知らしめましたし、エンターテイメント、ユーモアという意味も含めて、非常に秀逸なケースだったなと思いました。
嶋:
相当大きいテーマでアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み、偏見)を暴いているところは、かなりPR的ですよね。
ところで、日本のPR会社の現場でAIを活用するとしたら、PR調査や記事分析などの領域からはじめるといいかもしれませんね。
田上:
今日ご紹介する事例ではありませんが、レバノンの新聞社・An Nahar の「THE AI PRESIDENT」という企画がありました。宗教的・政治的対立を背景に 2022年以降、 大統領が空席になっているレバノンで、過去90年分の 新聞報道をAIに読み込ませて、AI大統領が議会をコーディネートしていくという議論まで進んでいて、まさにデータの積み重ねから新しいものが生まれた事例ですよね。こういうものは嶋さんがおっしゃったような調査の延長で、日本でも使いやすいと思いますし、AIをポジティブに活用していく道があるんだなと思いました。
嶋:
AIに記事を読み込ませて、人間が気づかなかったことに気づいてもらうという使い方が面白いと思いました。「THE AI PRESIDENT」は新聞社ならではのブランディングにもなっていますし。