そこでP&G、資生堂出身の田上氏は事業会社、嶋氏はエージェンシー、山口氏は日本パブリックリレーションズ協会理事長という異なる立場から、カンヌライオンズの受賞作品の潮流を読み解くとともに、これからのPRの在り方やアワード受賞のポイントを語ってもらいました。
日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)が主催する「PRアワードグランプリ」の募集締め切りが10月15日に迫っている。PRSJは応募者へのヒントを探るべく、カンヌライオンズの潮流を読み解くパネルディスカッションを実施した。
今回、2024年度カンヌライオンズPR部門において日本代表の審査員を務めた田上智子氏(シナジア 代表)、今年度のカンヌライオンズに参加した嶋浩一郎氏(博報堂 執行役員)、山口恭正氏(日本パブリックリレーションズ協会 理事長)によるパネルディスカッションが実現した。
昨年まではAIを活用した企画に注目が集まっていたが、今年は人間的なあたたかみを感じるユーモアの活用が評価される傾向にあった。難しい課題に対しても、ポジティブなクリエイティブアイデアで解決する企画が評価された。
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登壇者プロフィール
大胆なPR施策がビジネスの発展に
田上:
企業を取り巻くステークホルダーは消費者だけではなく、投資家や株主、従業員などの方が、ある種、深いエンゲージメントが必要な部分もあります。地域住民や取引先、金融機関や行政も含めて、色々なステークホルダーとの関係性の構築が必要だと思っています。そういった社会発想でのステークホルダーとのエンゲージメントを企業としてどう成立させて、さらに中長期的なビジネスの発展にもつなげていくのかということを、非常に考えさせられる事例がいくつかありました。その中から私がご紹介したいのは、Heineken の「BAR EXPERIENCE」です。
Heinekenにとって、B to Bビジネスとしては最も大切な取引先の一つであるバー業界の仕事に若い人が就きたがらず、働き手不足という課題がありました。そこでHeinekenはヨーロッパなどで働きたい会社ナンバーワンという自社のアセットを活用して、求人プラットフォームで、バーで働いた経験を仕事の実績として示せるバッジをつくり、それがあると、Heinekenの採用試験の中でプラスになると訴求したり、Heinekenのマネジメント層も「僕もBAR EXPERIENCEがあるよ」と発信したりしたんですね。採用基準という、経営の根幹にこういった施策を含めていったという意味では、コミュニケーションのプログラムというより、会社として目線を変えていった事例だったのかなと感じました。
Heinekenはバー業界からすごく感謝されたでしょうし、今後、他社のビールサーバーに入れ替えるバーはもうないんじゃないかなと思うんですね。そういった意味で、中長期的なビジネスの構築にもつながっていて、PRが経営方針そのものに触れている素晴らしいケースなので、私としては非常に感銘を受けました。
嶋:
いい仕事ですよね。Heinekenだけでなく、色々な会社が「バーで働いたことをサービス業のエクスペリエンス(経験)として評価する」ということで、バーで働いた経験者を積極的に採用して、就職の採用基準を変えたのは、バーで働く人たちにとっても 嬉しかったのではと思いますよね。
田上:
バー業界自体の価値のリフトが起こったのは、本当に素晴らしいことだなと。
嶋:
バー業界に対しても、これから就職する学生に対しても、新しい合意形成、関係性をつくりましたよね。
田上:
「BAR EXPERIENCE」は、社員のエンゲージメントにもかなり効いたでしょうし、三方良しどころか、五方良しぐらいのプログラムだったんじゃないかなと思います。
山口:
ホスピタリティ産業の地位の低下という社会背景と「BAR EXPERIENCE」という企画のコントラストが秀逸だなと思いますね。
田上:
「BAR EXPERIENCE」という、ネーミングもうまいですよね。Heinekenはカンヌの常連というのもあると思いますが、ネーミングセンスやエントリービデオのつくり方も非常に秀逸で。
山口:
応募時のエントリービデオのつくり方も相当、用意周到にやらないと、この世界では勝てないなという感じでしたね。
日本企業の取り組みについては、どう思われますか?
田上:
日本では、社会発想で会社やブランドを定義するパーパス(社会的意義)をフレーズ化して掲げることは何年か前から進んだと思うんですが、企業として事業をちょっとシフトさせたり、経営の方針まで踏み込んだりというプログラムは、それほど多くないいのかなという印象ですね。
嶋:
「市場の中でこんな競争優位性を持っている商品です」というよりは、「社会の中でこういう役割を果たしている企業です」と説明するような、自分たちの事業の捉え方がすごく上手になっているブランドが多くなってきたとは思うんですよね。
山口:
最近創業している企業は、社会背景というキャンバスと描いている絵(ビジョン)がうまくマッチしているから効果的だなと、すごく思いますね。
田上:
今回、他の部門で受賞したRenaultの「CARS TO WORK」は、失業しているとローンが組めなくて、車を買えない。でも、車がないと職場に行けないから、ローンが組めないというループを断ち切るために、就職してまだ試用期間の間は無料で車を貸すというサービスなんですが、これは本当に自社の事業のど真ん中になりますし、ローンが組めない人が増えれば、車が売れていかないという本業のマイナスにもなる問題を解決していく施策です。 新しい商品やサービスがなくても、それぐらい大胆な施策が生まれることを学んだ事例なので、日本の老舗企業も非常に参考にしやすいものなのかなと感じました。
山口:
やはり、企業は直接の取引相手のことばかり考えがちですが、大企業であっても、その産業が成り立っている基盤からもう1回定義し直すのは、いいきっかけになるかもしれませんね。