皆さんこんにちは。萩原幸也です。
前回のコラムでは、「広告をアップデートするアート思考」というこのコラムの主題に対する私の考え、「企業も『自己』を打ち出し、議論を起こしながらでも生活者やステークホルダーと共に価値を『共創』していくような活動やメッセージが必要なのでは無いか」といったことを、ヨーゼフ・ボイスを事例に出しご紹介しました。
今回はさらに、世界最大のクリエイティビティの祭典「カンヌライオンズ」の近年受賞事例から、そうした実例をいくつかご紹介します。
それぞれ、伝説的な受賞作ですのでご存じの方も多いかと思いますが、今回のピックアップのポイントは、これまでのコラムでお伝えしてきた「アート思考」を実践していること——たとえば「美学がある」「企業として“自己”を打ち出し、社会に対して問題提起をしている」「多様なステークホルダーとの共創を試みている」——などです。アートには社会に対して問いを立てる力があります。こうしたポイントに着目してご覧いただければと思います。
コカ・コーラ「Thanks For Coke-Creating」
カンヌライオンズ2024のクリエイティブB2B部門、インダストリークラフト部門、プリント&パブリッシング部門などでゴールドを受賞。
まずはカンヌライオンズ2024の受賞作から、コカ・コーラの「Thanks For Coke-Creating」をご紹介します。
本来企業やブランドにおけるCIやBIといったものは、ガイドラインが非常に厳格決められています。もちろんコカ・コーラも同様ですが、世界中の個人商店やミニマーケットでは、コカ・コーラのロゴがブランドガイドラインに反して自由に描かれていました。それらは本来であれば、ルールにより規制されるべき対象でしょう。しかし本施策で行ったのは、規制するどころか、多様なロゴを積極的に認め、さらに広告などのコミュニケーションに活用すること。多様性や地域性を尊重する意味も込められています。
これは企業が一方的なルールや価値提供だけでブランドをつくるということへの問いであり、それを小売店との「共創」という形で提案をした事例だと思います。
バーガーキング「The Moldy Whopper」
2021年の受賞作です。ワッパーとは、バーガーキングのハンバーガーの名称ですが、この施策はタイトルそのままに、「カビているワッパー」を撮影し、CMや交通広告として展開しました。
本作はカンヌライオンズ2021のアウトドア部門でグランプリを受賞。
メッセージは「THE BEAUTY OF NO ARTIFICIAL PRESERVATIVES(合成保存料無添加の美しさ)」。ワッパーは競合他社と比べて防腐剤を使わないことが売りであるため、時間が経てばカビが発生します。28日目、32日目、36日目と日数を提示しながら、カビていく経過のありのままを見せたのです。本来なら、カビが生えている自社の食品など見たくも、見せたくも無いでしょう。それを企業の姿勢を示すために、ここまで大胆にそして、美しく提示したのです。
私はここに企業の美学を感じます。こんなものを交通広告で見たく無いという意見もあったでしょう。こうした議論が起きることは想定した上で、それでも企業が、商品に対して新たな切り口で「美」や「課題」を提示している点に着目したいです。
Dove「Real Beauty Sketches」
2013年のカンヌライオンズでチタニウムを受賞した作品。「美しさ」についての問題提起を行ったブランドムービーです。
Dove「Real Beauty Sketches」。
動画では、FBIの似顔絵捜査官であるジル・ザモラ氏が、とある女性の似顔絵を、口頭での説明のみにもとづいて2枚描きます。まず1枚目は、女性に自身の容姿を口頭で描写してもらい、それにもとづいて似顔絵を描きました。次に、第三者が女性の容姿を説明し、それにもとづいてザモラ氏が似顔絵を描きました。
その結果できた2枚を比べると、全く異なる似顔絵だったと言います。第三者の描写に基づく似顔絵のほうが、美しく、幸せそうで、事実に近い姿を表現していました。
雑誌やテレビ、SNSなどで目にする、美しさの基準。人々はそんな“一般的”な価値観によって、自分自身の美しさを低く評価することがある、とダヴは課題を提示しました。その後も継続して、ダヴは「真の美」とは何かを主軸としたキャンペーンを続けています。
Transport Accident Commission「MEET GRAHAM」
2017年の受賞作。「MEET GRAHAM」は、オーストラリア・ビクトリア州の交通安全協会が安全意識向上のために、事故が起きても絶対に死ぬことのないよう進化した人類を、科学的な知見も踏まえて実体化した施策です。
PR部門などでグランプリを受賞。
交通安全キャンペーンや啓蒙活動は、事故を起こすとこんな悲惨なことに……という恐怖訴求に向かいがちですが、逆転の発想で全くダメージを負わない人間を創造することで、事故の衝撃の強さを可視化し安全への啓蒙を行ったのです。
SFプロトタイピングという手法があります。SFストーリーを創造するように想像力を活用し現実的に起こりうるような未来予測を行い、その未来予測からバックキャスティングして企業における事業企画や研究開発戦略を思考・創造するという手法です。グラハムは人類のSFプロトタイピング。そして、この表現により新たな問いを社会に立てたアートでもあったと言えます。
フォルクスワーゲン「The Fun Theory」
2010年のサイバー部門でのグランプリ受賞作です。当時、フォルクスワーゲンは「ブルー・モーション・テクノロジー」という技術を開発していました。それは、走る喜びを満足させながら、環境への影響を削減するという技術。これを広めるために「The Fun Theory」というキャンペーンを展開します。これは、「人の行動をよくするための一番簡単な方法は、それを楽しいことにすること」をコンセプトにしたもので、この考えに従い、楽しく社会を良くしようというキャンペーンです。
たとえば、人々に健康のためにエスカレーターではなく階段を使ってもらうため、踏むと音が鳴る鍵盤のような階段を設置したり。
階段を、一段ごとに音が鳴る仕組みに。多くの人が積極的に階段を選択するようになった様子が映されている。
そのほかゴミを捨てると意外な音が鳴るという仕掛けもつくったりしました。日常のなんてことない動作に「楽しさ」が加わることで、人はそれを前向きに選択することを実証して見せました。
ここで着目すべきは、フォルクスワーゲンといういち企業が「The FunTheory」という指針を立てて社会に対して問いを立てた、ということです。このような、課題解決のプロトタイピングを複数の企業で共創していくというプロジェクトを今では目にすることが増えましたが、このキャンペーンの影響が大きかったのではないかと思います。
以上、5つの施策を紹介しました。前回触れた「社会彫刻」や、アート思考的エッセンスを感じやすい作品を挙げましたが、広告アワードの受賞事例の多くが、大なり小なりこうした要素を持ち得ているのだと思いますし、持つべきだと考えます。
そして、広告やマーケティングに限らず、ビジネス全般のヒントになる要素もあるはずですので、事業会社の皆さまにもカンヌライオンズなどの海外アワードから、アートやクリエイティビティの源泉、そしてビジネスへどう繋げていけるかを掴んでいただきたいです。
さて、口で言うのは簡単です。次回は「じゃあ、実際にどうやったらそんなことが実現できるの?」を、事業会社にいる私なりの視点でお答えしたいなと思っております(できるかな……)。