糸井重里さんに聞く、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などのコピーが生まれた現場(前編)

近年、AIの登場により、広告コピーが新たな局面を迎えようとしています。広告会社では「コピーライター」という名刺を持つ人が減った、という声も聞きます。しかし、どんなに時代が変わろうと、コミュニケーションや表現の手法が変わろうと、広告コピーの基本は変わりません。だからこそ若い世代の皆さんに知っておいてほしいコピーがたくさんあります。

そこで本企画では、過去から現在にいたるまで、時代と共にあり、これからも「未来につないでいきたいコピー」について、制作者であるコピーライターの皆さんにお話を聞いていきます。

今回は、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」「くうねるあそぶ。」など、いまも語り継がれるコピーを数々生み出してきた糸井重里さんにインタビュー。それぞれのコピーが生まれた背景や企画について、クリエイティブディレクター/コピーライターの谷山雅計さんが聞きました。

ロゴをデザインするようにコピーを書く

僕の君は世界一。

(パルコ/1981年)

出典:コピラ

谷山:まず一つ目は「僕の君は世界一。」というパルコのコピーです。以前、糸井さんは『糸井重里全仕事』(マドラ出版)でこのコピーを気に入っていると書いていらしたので、その理由を伺いたいと思い選びました。

糸井:これは、みんなが持っているといいなと思える「おまじない」のような言葉。客観的にはありえないことを思い、思えるということのすばらしさを、このコピーそのもので語っています。

本当はこういうコピーは解説しなくてもいいと思っているのですが、これがどのようにできたかという当時の話をまずできたらと思います。というのも、このコピーを気に入っている理由は、コピーそのものよりも、コピーが生まれた状況の中にあったと思うんです。このコピーが出ざるを得なかった、ある場所にはまったときの状況を覚えているのは僕しかいないので、それを話した方が面白いだろうなと。

このコピーが生まれたきっかけは、CMディレクターの川崎徹さんからの依頼でした。川崎さんは当時、電通関西チームと一緒に金鳥や関西電気保安協会などのCMを手がけていました。それは一見、ナショナルブランドの広告とは思えない、アンダーグラウンドな仕事に見えるくらい個性的なものでしたが、僕はすごみを感じていたんです。

その頃、東京コピーライターズクラブ(TCC)の審査会で川崎さんの仕事をよく見かけるようになり、彼の才能は次第により多くの人に知られるようになっていきました。そして、アンダーグラウンドに見えた川崎さんの世界観がサントリーの生樽の仕事でも表現されるようになり、とにかく勢いがありましたね。

当時、CMのセリフはCMディレクターが考えていた時代。一緒になって仕事をすることもなかったし、そんなCMのパワーに当時のコピーライターはまだ対抗しきれていませんでした。僕は川崎さんと面識はなかったのですが、その仕事を横目で見ながら、いつか出会うだろうなと思っていたんです。

そんな中、川崎さんがパルコの仕事を手がけることになり、僕にコピーを依頼してくれました。ラブレターじゃないけど、直接お便りが届いたような気持ちになり、とても嬉しかった。

谷山:それはどの時代にも通じる話ですね。僕も尊敬するプランナーやアートディレクターから依頼されるのは、何よりも嬉しいです。

糸井:依頼されたそのパルコの広告、川崎さんはすでにアメリカで撮影していて、映像ができあがっていたんです。

谷山:そうだったんですね。

糸井:当時、それは珍しいことではなくて、考えようによってはポスターにコピーを入れる必要はないですからね。よく撮れている写真と商品名だけでも、ポスターは完成します。そこにコピーを入れるために、コピーライターが努力をして、肩からねじ込んでいたような時代です。

パルコのCMの舞台は、アメリカの片田舎。オーバーオールを着た16歳くらいの少年少女が、互いの名前を呼び合うというシンプルなストーリーでした。それまでパルコの広告には国内外の有名人がたくさん出演していましたが、彼らはオーディションで選ばれた普通の人々。映像は粗めで、意図的に素人っぽく撮られていました。

映像には二人しか登場しないのですが、川崎さんは登場人物の家系図まで用意していたんです。お父さんがどういう人で、どんなところに勤めているかなど、細かいメモがありました。登場人物の背景を考えている演出家は多いけれど、家系図まで書いている人はそんなにいないでしょう(笑)。それを見て感動しながらも、ここまで脚本ができあがっているものに対して僕は何をすればいいのかと考えました。

当時、パルコの広告は勢いがあったけれど、この仕事はそれとはちょっと違う。そもそもこの仕事を僕が担当すること自体が面白かったし、川崎さんから依頼されたことも、田舎の少年少女のシーンも面白い。そうした状況のすべてを、僕は気に入ったんです。しかも、その広告の半分くらいはすでに出来上がっていたわけで、それを見た僕は軽く感動もしていました。

一方で、前から気になっていた川崎さんに、「糸井さん、そういうの書くんだ」って言われたくないじゃないですか。そこまでできている状況に入っていくときに、僕はどうするべきか。それを考えることが、仕事として一番楽しいわけですよ。そういう苦しいときのほうが、意外と早くコピーができるものじゃない?

谷山:そうかもしれないですね。周りができあがっている状況だからこそ、これしかないというアイデアが生まれたりしますよね。書きあがるスピードも速い。

糸井:実際、コピーそのものは比較的早くできあがりました。そこからの僕の悩みは、このコピーの漢字や平仮名の表記についてでした。

谷山:確かに漢字が多いですね。

糸井:素人っぽく見せている映像なので平仮名は違う、あえて漢字を使おうと思いました。漢字といっても、見慣れた字を選んでいます。最後はロゴをデザインするように漢字と平仮名のバランスを考え、「僕の君は世界一。」という短いコピーが完成しました。川崎さんからなんて言われようと構わない、と思えるところに収まったので、これでいこうと決めました。

そして「おいしい生活」が映画『甘い生活』から来ていたように、かつてのアメリカの人気ドラマ『うちのママは世界一』『パパ大好き』から「世界一」というテーマをいただいています。

谷山:コピーライター視点で言うと、「僕」を漢字で表記したのはすごいことだなと思いました。僕は「シモベ/ゲボク」という意味もあるので、一般的に漢字では使いたくない。

糸井:「君」と対応しさえすれば、「僕」は生きるんですよ。

谷山:「僕の君」とパーソナルにとらえているけれど、そこが世界一につながる。それによって、このコピーは普遍へとつながっていますよね。

糸井:昔、電車の中で見つめあう高校生とかいたでしょう?僕はそういう人たちを見るとがんばれ!と応援したくなるんだけど、このコピーもそれに近くて。まだ何も見えていない二人の、名もない恋が世界へと一気につながるような、まるで何かを開けていくような感じがとても気に入っています。

谷山:このコピーにある背景は今日初めて知りましたが、あらためて考えてみると、このコピーで書いていること、「僕の君」と「世界一」という普遍的なものをつなげていくようなことは、糸井さんがいま「ほぼ日」でやっていることにつながっているような気がします。

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