糸井重里さんに聞く、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などのコピーが生まれた現場(前編)

複雑で読みにくいけれど誰もが読める漢字を使う

不思議、大好き。

(西武百貨店/1981年)

出典:コピラ

谷山:次は、西武百貨店の「不思議、大好き。」です。1980年代のコピーライターブームの中心にあったのが、このコピーだと思います。

糸井:このコピーの前に、西武の広告では「じぶん、新発見。」(1980年)というコピーを書きました。赤ちゃんが水泳しているビジュアルの広告です。

西武の仕事はアートディレクター 浅葉克己さんと一緒に手がけていました。浅葉さんは当時、業界のスターで、8つ年下の僕はいわば新人のような立場でしたね。

その頃、西武の社長である堤清二さんがデザインや広告の相談をしていたのは、グラフィックデザイナー 田中一光さん。田中さんは堤さんにとって‟千利休”のような存在で、その田中さんに選ばれた一人が浅葉さんでした。そこにちょこちょこっと出てきたコピーライターが僕です。

当時の僕は無名で、かつて短期間勤めた会社の社長には「お前は地方競馬出身のたたき上げだからな」と言われていたくらい。つまり僕には後ろ盾が何もなく、自分でつくったもので勝負するしかなかった。そのため、ある意味、どんな依頼に対しても野心的に取り組んでいました。

「じぶん、新発見。」のときは、赤ちゃんが水泳しているシーンをまず考え、そこからイメージを膨らませてコピーをつくりました。これ以前に担当した松下電器の仕事で、コピーライターでも企画してもいいんだということに気づき、それからはプランナー的な役割も担うようになったんです。この頃は、いつもたくさんの資料を集めてもらっていて、それを見ているうちにアイデアが固まって、そこにどんなコピーがあるといいかという順番でつくっていきました。

一方、「不思議、大好き。」は、珍しくコピーが先にできた広告です。このとき依頼されたのは、年間キャンペーン。当時の西武の広告を見た僕は自分が若かったこともあり、これはどうも違う、自分だったらどうするかと思いながら、年間キャンペーンにふさわしいものは何かと考えていました。

その年、西武では「エジプト展」の開催が決まっていました。それで、エジプト展に合わせて「世界の七不思議」を取り上げるというアイデアが生まれました。ピラミッドやアブシンベル神殿、ストーンヘンジなどの不思議の成分を散りばめたビジュアルと「不思議大好き。」というコピーで、西武の年間広告を展開することを提案し、クライアントに了承されたわけです。今思えば、30歳くらいの若造が提案したことをクライアントが年間キャンペーンとして認めてくれたけですから、すごいことですよね。

谷山:当時、僕は大学生で年間キャンペーンであるとか、単発の広告であるといった背景は理解していませんでしたが、この広告を見たときに何だか腰を据えた新しいメッセージであることは伝わってきました。デパートで「そういうのもありなんだ」と思った覚えがあります。

この広告が世に出た80年代は漫画やお笑いのようなサブカルチャーがメインカルチャーになり、広告もそれらと同期して変わっていく時代で、西武の広告はその先頭に立っていたと思います。特に糸井さんは、忌野清志郎さんやYMOと一緒に雑誌『宝島』などメディアに登場していましたよね。素直にかっこいいと思っていました。

糸井:そういう時だったというのもあるし、そういう環境がないと仕事にはならない。この仕事は余計にがんばらないと突破できなかったんですね。僕が大尊敬していたコピーライターの土屋耕一さんがかつて伊勢丹の広告を手がけていて、数々の素晴らしいコピーに感動していました。そして同じ百貨店の広告、それゆえに土屋さんと同じ土俵で勝負してはいけないとも思っていました。

谷山:そんなふうに考えられていたんですか。

糸井:勝負していたわけではないけれど、同じ土俵に立ったら、あちらのほうが勝ってしまうんですよ。

谷山:僕は土屋さんの手がけた伊勢丹の広告をリアルタイムで見たわけではないので、そこはちょっとわかりかねるところがあるのですが…。ちなみに土屋さんは1975年に、「なぜ、年齢を聞くの?」というコピーを書いていらっしゃる。これは当時の百貨店の広告としては、かなり先進的でしたよね。

糸井:そうですね。僕は「ことし生まれた赤ちゃんが、 お嫁にいくのは21世紀です。」(1977年)というポスターを新宿の地下鉄で見て、ジンとしていました。見る人の心をジンとさせる土屋さんの広告は、いい意味で素敵なノンフィクションなんですよ。一方、僕は地方競馬出身で先輩から教わることもなく、自分で道を切り開くしかなかった。だから、フィクションに近い広告をつくるしかなかったのです。日本のデパートの広告をつくるのに、エジプトに行くなんて、フィクションそのものですよね。

谷山:「不思議、大好き。」というコピーが生まれる前は、不思議を「好き嫌い」で判断することはそれほどなかったと聞きました。

糸井:「不思議」という言葉は、字が複雑で読みにくいけれど誰もが読める。この違和感が、ロゴとしてもいいぞって思ったんです。「大好き」という言葉は世の中にいくらでもあったので、そこからいただいた。さきほども話したとおり、コピーライターは言葉をデザインしているデザイナーでもありますからね。

谷山:漢字の複雑さ…確かに「薔薇」は読めるけれど書くことができない。あらためて見ると、糸井さんのコピーには漢字が多くて、そういう違和感が散見されるかもしれませんね。

糸井:それは、僕がコピーを言葉のデザインとしてとらえているからにほかならないんです。デザイナーがデザインするのとは違うデザインが、コピーライターにはあるんです。コピーというのは、最後はデザインなんですよ。

谷山:コピーは、ビジュアルであるということを忘れてはいけない。それはとても大事なことなので、僕もコピーライティングについて講義をする際に必ず話すようにしています。

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