糸井重里さんに聞く、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などのコピーが生まれた現場(前編)

大事にしているのは、「初めて見るような気がするけど、ずっと前からあった気がする」という感覚

おいしい生活。

(西武百貨店/1981年)

出典:コピラ

谷山:三つ目に挙げたのは、同じく西武の「おいしい生活。」です。「不思議、大好き。」も「おいしい生活。」も、極めて優れた名コピーです。しかし、広告に詳しくない人にとっては、なぜこれらが名コピーと称されるのか、その理由がわかりにくいかもしれません。

糸井:「不思議、大好き。」が成功を収めたことで、その翌年のキャンペーンも自然と「糸井が担当するに決まっている」という状況が生まれました。「不思議、大好き。」を制作している段階から、すでにそのムードが漂っていて、正直プレッシャーを感じていました。だから「不思議、大好き。」の海外ロケに参加しても、なんだか楽しく感じられなくて、途中一人で飛行機に乗って帰国してしまった。今思うと、そんなことをしてはダメですよね…。

谷山:あまり勧められた行動ではないですね(笑)。

糸井:そうですよね(笑)。でも、このコピーが生まれたのは、そんな海外ロケから帰る飛行機の中でした。

あるロケの帰りの飛行機はJALで、そのとき出された和食の機内食が本当においしかったんです。というのも、ロケ先で毎日同じものばかり食べていた上においしくなかったので…。そのときに、「ああ、おいしいものを食べて暮らすことが一番幸せなんだ」と実感しました。海外ロケに参加できるなんて充実しているように見えるかもしれないけど、実際にはそんなに楽しいとは限らない。それに比べて、日常の中でおいしいものを食べて暮らすことこそ本当に楽しいし、それが自分のやりたいことなんだと思ったんです。そのときに紙ナプキンに書いたのが、「おいしい生活。」というコピーでした。

でも、実は前年の6月にすでにできあがっていたコピーがあるんです。それが「犬と星」。簡単な漢字が2つ並んだだけですが、幼稚園くらいの子どもが描いた星や花や犬の絵のように、見るととても心がなごむ。それから、ずっと「犬と星」でやるにはどうしたらいいいかと考え、これがダメだった時はそれよりいいコピーができた時だ、と思いながら暮らしていました。具体的なキャンペーンの企画が決まるまで、このコピーをずっと頭の中に貼り付けていましたね。

その後、具体的に広告の企画を考えたのですが。当時、フランスの哲学者で批評家のロラン・バルトが、皇居を「東京には最大の空虚がある」と表現していました。海外の人の視点で日本を捉えると、こんな風に見えるのかという新たな発見がある。それをヒントにした「おいしい生活。」というキーワードのもと、映画監督で俳優でもあるウッディ・アレンが旅しながら日本を見直していく、という企画を考えました。

ウッディ・アレンが日本の何をどう見るのか、それを切り取るだけでキャンペーンが成立すると考えたのですが、この企画は当然のことながら彼が来日してくれることが前提。もし来られなかったらどうするか。それを川崎さんに相談したら、「ないよ、何も。言葉だよ。『おいしい生活。』という言葉で年間キャンペーンをやろう」と言われたんです。つまり、ウッディ・アレンと「おいしい生活。」という言葉さえあれば、キャンペーンは成立すると。そこから、ウッディ・アレンが「おいしい生活」と書初めをしたり、「おいしい生活相談員」として登場する企画が生まれました。

これはウッディ・アレンの顔と言葉があればいいという川崎さん流の調整をから生まれたキャンペーンであり、「おいしい生活。」は1年を通して使われたとしても耐えうる言葉だったということです。

谷山:プレゼンはどんな感じでしたか。

糸井:プレゼンを聞いて、堤さんは「やりたいですね」とおっしゃってくださいました。あえて解説すると、このキャンペーンは、価値観を「高い・安い」「大きい・小さい」「良い・悪い」といった基準から、「おいしい」という主観的な視点に戻すことで、世界がもっと楽しくなるという話でもあるんです。デパートという場所は安価な食品を売っているし、高価な宝石も売っている。価格が全然違うものを一緒に売っているから、梅干しを買いに来た人が宝石も買う、ということも起こりうる。全部を買える場所である、そういうホールデパートを僕らは提供しますからよろしく、という。

そして「おいしい生活。」という言葉自体は、映画『甘い生活』(1960年・フェデリコ・フェリーニ監督)のタイトルがヒントになっています。生活という言葉は少しダサくて野暮ったい印象があるのですが、「おいしい」と組み合わせることでニュアンスや情緒的なイメージを与えることができます。ただ、その「野暮ったい」ことこそが、実は魅力(味わい)なんです。

谷山:それは、どういうことでしょうか。

糸井:例えば、YMOが中国の人民服を着て演奏したり、ビートルズが襟のないカルダンジャケットを着てマッシュルームカットをしていたりと、なんだかちょっとダサく見えるけれど、それが逆にカッコよかったりするでしょう。僕がやりたかったのは、それに近い感覚。そして「初めて見るような気がするけど、ずっと前からあった気がする」という感覚を持たせることは、自分がいつもやりたいと思っていたことでもあるんです。言葉のデザインにおいて、そのことはぜひ覚えておくといいと思います。

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