当初は会員制クラブの名称だった「くうねるあそぶ。」他、糸井重里さんに聞く名作コピーが生まれた現場(後編)

「本を読む人が偉い」という考え方を取り払いたかった

拳骨で読め。乳房で読め。

(新潮社/新潮文庫/1987年)

出典:コピラ

谷山:「新潮文庫の100冊」は「インテリげんちゃんの、夏やすみ。」で俳優 小林薫さんを起用してブレイクし、その次の年に出演したのが緒形拳さんでしたね。

そして続いて選んだコピーは、同じく新潮文庫の「拳骨で読め。乳房で読め。」です。このコピーは、拳骨や乳房といった肉体的な表現を使って、読書の楽しさや重要性を伝えようとしている点が新鮮でした。

糸井:新潮社の仕事は「さすがだね」と、みんなにほめられるものでないといけないんです。それを「肉体で読みましょうよ」と提案したのが、このコピーです。

「新潮文庫の100冊」の広告は、読書感想文など夏の宿題のために普段本を読まない人に読んでもらうことが目的としてあります。当時、僕が意識していたテーマの一つは「本を読む人が偉い」という考え方を取り払うことでした。

僕は、読書量が多いことを自慢するような社会が嫌いなんです。それは単に、その人がたまたまそういう人生を歩んだだけのこと。たとえば、本を読む時間がなかった人だっているし、大学にも行かない人もいるし、高校にも行かない人もいる、中学しか通っていなかった人でも、たくさん本を読んでいる人もいる。中には、人生でたった1冊しか本を読んでいない人もいるでしょう。それでも、どんな人にとっても「僕の君は世界一。」であり、すべての人に「幸あれ」と言いたいんです。

谷山:このコピーは肉体的な表現を持ち込んでいる一方で、これを見た人にはインテリジェンスな印象も同時に残りますね。

糸井:そうですね。新潮文庫の仕事は先ほどもお話したとおり「ほめられなければいけない」タイプのものなので。実際、乳房という言葉をコピーに使うのは非常に難しく、逆にゆるい表現では使えません。まずセーフと言わせるくらいのデザインができていないとだめ。そして「拳骨」と対応させることで言葉のデザインとしても成立し、全体がセーフになると考えました。アートディレクターは、石岡怜子さんです。

そもそも、本を読むという行為は、ある意味で運のようなものだと思うんです。「この本、面白いよ」と薦めてくれる友だちが二人くらいいたら、読むかもしれない。大切なのは、そういうムードをつくること。このコピーで導けるのは、やはり本を読むインテリ層。だから、これはインテリにほめられたいと思って書いたコピーでもあるんです。

谷山:ほめられるような仕事をしなくてはいけないとおっしゃっていましたが、僕は新潮文庫を担当することになったとき、とてもうれしかったんです。ただ、僕の場合は、大貫さんがコピーを変えてくれなかったので、担当した16年の間、メインコピーは「Yonda?」だけでした(笑)。

写真 人物 個人 糸井重里さん

前のページ 次のページ
1 2 3 4 5 6
この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ