当初は会員制クラブの名称だった「くうねるあそぶ。」他、糸井重里さんに聞く名作コピーが生まれた現場(後編)

「くうねるあそぶ。」、当初はクルマの会員制クラブの名称だった

くうねるあそぶ。

(日産自動車/日産セフィーロ/1989年)

出典:コピラ

谷山:続いては、日産自動車の「くうねるあそぶ。」です。このコピーは、井上陽水さんの「みなさんお元気ですか?」というセリフとともに大きな話題になりましたね。

糸井:この仕事は、本当に大変でした。日産の初代「セフィーロ」のための広告で、予算の大きなプロジェクトでしたから。電通と一緒に取り組んだ仕事で、優秀な営業の人たちがいろいろと資料などを用意してくれたり。僕はランナーがいる場面で確実にヒットを打たなければならない、打点をあげなくてはいけない役割でした。クリエイティブディレクターを担当していたのは、電通のCD 古川英昭さんです。

古川さんはいつも寿司折りを手土産に、「糸井さん、できた?」ってしょっちゅう会社を訪ねてきました。僕は営業の人たちとも仲良くなって、一緒に徹夜をしたり。クリエイティブの人たちと話すよりも、打ち合わせがとても楽しかったのを覚えています。この時、古川さんからは「おいしい生活。」みたいなコピーを求められていました。

谷山:そういったリクエストは大変ですよね。

糸井:全然違うものなんですけどね。そして最初に「33歳のセダン」というコピーができて、それがコンセプトの枠づけとなりました。そしてコンセプトが決まったことで上が自由になってしまったがゆえに、その後、もっと苦しむことになってしまいました。

それでよいのかと悩んでいたときに思いついたのが、クルマは遊びだな、ということ。クルマはもう遊ぶためのものだから、「33歳のセダン」に遊びの要素をいれようと。それで考えたのが、「セフィーロ倶楽部」でした。セフィーロを新車で購入した人が自動的に入会できる会員制クラブをつくるというアイデア。その倶楽部に入るとプレゼントをもらえたり、何か楽しいものと交換できたり、情報のやりとりができるという。インターネットがない時代だったんですけどね。そういうことができたらいいなと思い、まずはコピーをつくっちゃおうと思って書いたのが、「くうねるあそぶ倶楽部」でした。

谷山:そういう流れがあったんですね。

写真 人物 複数スナップ 谷山雅計さん、糸井重里さん

糸井:「くうねるあそぶ倶楽部」という言葉には、「ぶ」と「部(ブ)」というオナラみたいな響きが2つあるでしょう。これで、できたかもって思えたんです。だから、もともとはコピーではないんです。古川さんにも、新しい広告の形をつくったんだと説明したら、「いいねー」って言われました。

その翌日、古川さんが「倶楽部の部分を取ったらどうかな」と提案してきたんです。自分としてはコピーよりも倶楽部をセッティングしたつもりだったのですが、「それでコピーが成立すると思う?」って聞いたら、彼は「自信を持って、そう思う」と言ったんですよ。

谷山:倶楽部を取ってもクルマの広告として成立すると見極めたのは、大胆な判断でしたね。さらに言えば、普通ならクルマのコピーには少し「走る」というニュアンスを入れたくなりますよね。

糸井:彼を信頼していたので、自分なりに考えてみました。僕は「くうねるあそぶ倶楽部」の生みの親なので、「倶楽部」を取るなんて考えられなかった。でも、古川さんはクリエイティブな才能がある人でしたから、彼の判断を信じてみました。あ、できるかもと思って、修正をしたんです。

谷山:クルマの広告で言えば、糸井さんは三菱ミラージュの「ベイビー!逃げるんだ。」(1984年)というコピーを書いて、エリマキトカゲが走るCMが話題になりました。これは「逃げる」という言葉をクルマの「走る」にかけていたので、「走る」という言葉がなくても成立する。でも「くうねるあそぶ。」は「走る」という要素が全くなくて、よくこれで行けたなと思いました。

糸井:制作における上司がそう言うなら考えますとしかいいようがなかったですが、自分ではへその緒がとれなかったんですよ。まさにコピーライターとCDの関係があったから、できたことですね。

ちなみに、古川さんは撮影現場でのディレクションも見事でした。海外ロケでは、青空のもとで撮影する予定だったんですが、雨が2日続いていました。どうなるかなと思いながら、各自時間をつぶしていたら、急に古川さんが「撤収!」と言うんです。ロケを中止するのかと思ったら、晴れている別の場所をすでにセットを手配していたんですね。今日動くから、と。そんな決断と行動ができる人が、クリエイティブディレクターなんだと思いました。

谷山:コピーの背後には、そんなダイナミックなクリエイティブディレクションの存在があったんですね。

ちなみに僕が東京ガスの仕事をしたとき、CDの澤本嘉光さんから言われたのは「『くうねるあそぶ。』みたいなコピーを書いてください」でした。たまにそういう無茶なディレクションがありますよね(笑)。「くうねるあそぶ。」みたいなコピーって何だろうと思いながら考えて、それと似ているとは思わないけれど、できたのが「ガス・パッ・チョ!」。結果として、言葉の並びの呪文的なところが似ていたかなと。意図してそうなったわけではないのですが。

糸井:「倶楽部を取ってしまおうか」というのと同じようなことが、JR東日本の「TRAiNG」(トレイング)でもありました。汽車に乗って旅に出るという意味なので、本当は「TRAIN-ING」。でも、CDの大島征夫さんが「TRAiNGでいい」とおっしゃったんです。いいと言うけれど、それだと違わない?と聞いてみたら、十分だと思うと。大島さんは鉄道オタクだから、その人がいいと言うならと思って、最終的に「TRAiNG」になりました。

谷山:そうだったんですね。

糸井:今日は仕事の現場の話をたくさんしているでしょう?それとコピーは、実は全部深く関係があるんですよ。

谷山:実際、こんなに現場の話をなさるとは思っておらず、でした。

糸井:それ以外だと、コピーオタクの話になっちゃうので。

谷山:それはまさに僕のことですね…(笑)。あと、コピーオタク的には、「くうねるあそぶ。」には読点がないのが印象的です。一気に続くことで、呪文的な印象も醸し出しています。

糸井:アイデアのヒントは、古典落語の「寿限無」です。「食う寝るところに住むところ」というフレーズが「寿限無」にあって、意味がある言葉なんだけど、意味のないような落語になっている。そしてなんだか知らないけど覚えている、それと同じようにしました。

ひらがなで句読点をなくすのは、いまでもやっていますが、少しゆっくり読んでほしいときに使う手法です。そうじゃないと、読んだつもりになってサーっと行ってしまうので。読みにくいのは文体であって、何でも読みやすいのがいいとは限らない。読みやすくて引っかかりがないので、流れてしまうことがありますから。意図的に読みにくいように言葉をデザインするのは、今のほうがむしろよくやっています。

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