佐藤カズーさんに聞く、大学院でサステナビリティを学んだ理由

カンヌライオンズはじめ数々の広告賞を受賞し審査員も務めてきたTBWA HAKUHODOのクリエイティブディレクター、佐藤カズーさん。2022年に大学院に入学し、2年間の研究生活を経て今春復職した。その半年後の10月に新子会社「地球中心デザイン研究所」を設立。学び直しを決意した経緯から大学院での研究、そしてクリエイターとサステナビリティのこれからの関係性について話を聞いた。
写真 人物 個人 佐藤カズ―

10月に「地球中心デザイン研究所」を立ち上げた佐藤カズーさん。

学び直しの理由は「ここ数年自分で大きな成長を感じていなかったから」

——現役クリエイターの大学院での学び直し、今でこそ聞くようになりましたが、2022年当時は先駆けだったと思います。大学院入学を決意したきっかけは何だったのでしょうか。

実は数年前から、会社には相談していました。例えばベルリン・スクール・オブ・クリエイティブリーダーシップ(ベルリンにあるクリエイティブリーダ向けビジネススクール)のような海外留学を考えていたんです。広告クリエイティブの仕事を長くしてきましたが、ここ数年自分で大きな成長を感じてない、という課題意識があって。その突破口として、何らかの形で学び直しは有効なのではと考えていました。

やがて幸運にも、娘を授かることになり、自分の培ってきたクリエイティブの力を使って、何かしら子供たちの未来に貢献できないかと考えるようになりました。サステナビリティに限らず、戦争やヘイトやグローバルサウスと先進国の格差問題など、たくさんの問題がある中で、クリエイティビティは何ができるのか。経営についてはMBAで学ぶというロールモデルがありますが、地球環境やサステナビリティについては、手本になるような学び方がなかった。だから最初は本を読んで勉強することから始めました。でも、あまりに複雑で、専門性が高かったため、いよいよ本腰を入れて学ばなければいけない、と考えるようになりました。

ちょうど子育てが始まることも考えると、子育て・仕事・学業をトリプルで成立させるのは現実的でない。そう考えて、子育てと学業を両立する2年間を選択したんです。朝8時に娘を保育園に送り、それから大学院に行く生活を送っていました。仕事も完全に休業していたわけではなく、サステナビリティ視点が生かせる仕事には携わるようにしていました。

——仕事に戻った後に学んだことをどう生かすのか、どんなイメージを持っていましたか。

自社(TBWA HAKUHODO)のクリエイティブ/サステナビリティ部門をブーストする役割を担おうという考えはありました。サステナビリティに関して「守り」と「攻め」の姿勢があるとしたら、自分は「攻め」として使っていきたい。環境負荷を計測して必要な責任を果たすことが「守り」なら、「攻め」は新しいビジネスの機会を生み出していくこと。

昔、インターネットの黎明期に「デジタル」という言葉はビジネスの世界の言葉と思われていなかったですよね。その頃のように、「サステナビリティ」も今はまだビジネスの言葉に見えていません。だから何もない世界に小舟で漕ぎ出すような感じですが、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)をビジネスに対してインパクトのある言葉にしていこう、そんなイメージを持っていました。

写真 人物 個人 佐藤カズ―

大学院での研究テーマは「クリエイティブ産業はどう地球環境の課題に貢献できるか」

——どこで学ぶか、何を学ぶかは、どのように決めていったのでしょうか。

地球環境やサステナビリティについて特化しており、かつ文理融合して包括的に学べることの2つを条件に探しました。そして、子育て中なので家から通えるところ、夜泣きがまだ多かったので、深夜に学ぶ海外の大学院は難しい…と絞り込んでいくと、上智大学にある「地球環境学研究科」の一択だったんです。

上智大学大学院「地球環境学研究科」ウェブサイト

上智大学大学院「地球環境学研究科」ウェブサイト

——大学院では、具体的にどのような研究をしていたのですか?

広告産業、もしくはクリエイティブ産業は、他の産業と比較するとサステナビリティに関しては後手にまわっているのではないか。そんな問題意識を入り口に、「クリエイティブ産業がどのように地球環境の課題に貢献できるか」を大きなテーマに設定しました。具体的には「脱炭素(カーボンニュートラル)」「循環経済」「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の3領域で、サステナビリティ化に伴う「チャンスとジレンマ」のケース分析を中心にしていました。

少し噛み砕くと、“一見環境に良さそうだけど、実はあまり良くなかった”事例が結構あるんです。例えばデンマークの廃棄物発電所の「コペンヒル」。ゴミを焼却して発電する廃棄物発電所の屋上にスキー場を併設した、焼却炉と地域のウェルビーング施設を兼ねた画期的な施設として話題になりました。しかもイギリスのビャルケインゲルの素晴らしい建築設計です。焼却で発生するCO2は最新のCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)技術で回収されることになっていて、政府も肝入りの案件でした。

しかし、実際に運用してみたら、まずCCSに莫大な金額がかかることから、予算不足でCO2回収の構想が立ち消え。さらに、ゴミも足らなく熱供給がままならず、ゴミを外から買う事態になってしまった。思い描いた画は実現できず、コペンハーゲン市は2025年カーボンニュートラル達成目標を断念、撤回に至った…という事例です。

逆に、環境に課題が残るプラスチックでも、それが現時点での最良の選択という例もあります。身近なパッケージデザインの話で言うと、アメリカにビルの中で垂直農法で野菜を育てる「ゴッサムグリーンズ(Gotham Greens)」というスタートアップがあります。都市で農業をするアーバンファーミングを実践している会社です。その野菜のパッケージは、実はプラスチックなんです。社長に直接インタビューすると、一番環境にいいのは未包装だが、それだと野菜が痛んで食品ロスが生まれてしまう。次にいいのは生分解性のファイバー製プラスチック容器だが、その容器を作る原料になるトウモロコシは遺伝子組み換えで、しかもその大半が製造過程で廃棄されていたことがわかったそうです。こうしたさまざまなジレンマを検討した結果、現時点ではプラスチックが一番という結論になった。その選択をした後も、より環境負荷が低いプラスチックを自社で研究開発していると語っていました。

こういうサステナビリティ化に伴う「チャンスとジレンマ」の事例を多数分析し、インタビューしながら方法論として体系化していく、というのが僕がしていた研究です。実際サステナビリティの現場でも、多くのジレンマに直面していると思います。例えば、「廃棄物を無くすのか、廃棄物から作るのか」「物理的耐久性があればいいのか、情緒的耐久性はなくてもいいのか」「サーキュラー(資源循環)していれば、CO2排出は目をつぶってもいいのか、あるいはその逆か」、などあるかと思います。サステナビリティを推進したい担当者は100点を取りたいかもしれませんが、おそらく今は大きなシステムのトランジッションの真っ只中なので、システムの曖昧さを受け入れながら、その都度最適解を探して選択していくことが重要だと考えています。

在学中に出会った言葉「関係性の再構築」が大きなヒントに

——研究室で共に学んだのは、どんな方々だったのですか?

環境省から来ている人、経営者、メーカーの部長職、コンサルタント…それはもういろんな職種や立場の方がいました。唯一いなかったのがクリエイターで、僕だけでした。クリエイティブの仕事をしていると、どうしても制作の人と話すことが多いので、本当に面白かったですね。例えば木材を扱う商社の社長と話すと、木材の産業が抱える課題や日本の木の価格が今どうなっているかなど、全然知らなかった話が出てくる。自分が普段知らないところに課題はこんなにあるのかと目を開かせられました。

半分くらいは学部生だったので、若い人の意識の高さも垣間見れました。この領域でビジネスをしていくぞ、というゼブラ企業的なマインドを持った若者も多くて、熱いなあ!と刺激をもらったり。海外国籍の人も半数くらいいました。彼らと話すことで、あらためて欧米はサステナビリティを新しい成長機会の領域として捉えており、産学連携や社会実装がどんどん進んでいることもわかりました。昔の東インド会社的発想ではないですが、EUがこの領域のルールを自ら作り、ビジネスをリードしようとしていることも察することができました。一方で、東南アジアやアフリカは極めて遅れていることも実感しました。まさに今年のCOP29(国連気候変動枠組条約第29 回締約国会議。今年11月アゼルバイジャンで開催)のテーマですね。

——職種も世代も国籍も、多様性に満ちた場所だったのですね。在学中に出会った人や考え方で特に印象に残っているエピソードや、影響を受けた考え方はありますか?

たくさんありますが、2つ挙げたいと思います。1つは「ESD(環境教育)とは何か?」を学ぶ授業で出会った東京学芸大学名誉教授の小澤紀美子先生の言葉で、環境教育というのは「エコな活動を実践すること」や「問題を教えること」ではなく、「関係性の再構築」だとおっしゃっていました。つまり環境教育とは、「人と人、人と自然、人と地域、人と文化・歴史、人と地球の関係性を再構築すること」であると。膝を打った瞬間でした。

2つめは、勉強会で知り合った、「IDEAS FOR GOOD」創刊者のハーチ代表の加藤佑さんの言葉。加藤さんは、「世界に今足りないのは資源ではない、アイデアなんです」と話してくれて。2007年のカンヌライオンズに元アメリカ副大統領のアル・ゴアが来た時、「広告クリエイターはその技術を、そのクリエイティビティを、地球環境の解決にもっと使ってほしい」とスピーチをしましたが、今まさにそのタイミングなのだなと感じました。

——広告クリエイターは、以前から「消費者」と「企業(商品)」の新しい関係性をつくるためにアイデアを考えてきた方々だと思います。「関係性の再構築」は、実はクリエイターが得意とする仕事なのではないでしょうか。

おっしゃる通りだと思います。ブランディングは関係構築ですよね。そのスキルを通じて、人が関係するあらゆる関係性を再構築するプロでありたいと思います。そこにクリエイティブ産業の役割、チャンスがあると思っています。

「地球中心デザイン研究所」から、新たな関係性を生み出していく

——新しく立ち上げた「地球中心デザイン研究所」では、どのような活動をしていくのでしょうか。「地球中心」という言葉が面白いですね。

ロゴ 地球中心デザイン研究所(ECD)

「地球中心デザイン研究所(ECD)」ロゴ

「地球中心」は先ほどの「関係性の再構築」という話とつながっています。これまでの議論は、「人間対環境」「人間対自然」の二項対立で捉えて人と自然を切り離してきました。そうではなく、人間も地球も同じステークホルダーだと僕は考えています。最近は「三方よし」から「八方よし」と捉える企業も増えていますが、人間、自然(生態系)、地域、社会、未来…それらを全方位で取り込んで考えるなら、それは「地球中心」と言えるのではないかと。

在学中に出会ったハーバード大学のティナ・グロッツァー教授の言葉もヒントになりました。彼女の論文「EarthXDesign for a Sustainable World: Moving from Human-Centered to Earth-Centered Design(持続可能な世界のためのEarthXデザイン:人間中心から地球中心デザインへ)」を見て、興味を持って連絡したところ、ディスカッションすることができました。そこでこの考えは、単なる概念にとどまらず、コミュニケーションやマーケティングにも応用できるのでは?と盛り上がりました。例えば、マーケティングの3C(Customer, Company, Community)に「E(Earth)」をプラスして「3C+E」とすることで、新しい関係性を生めるのではないか。例えばキリン「晴れ風」の事例は、まさにそれを実践している素晴らしい事例だと考えます。

——研究所の3つの柱に「ブランディング」「ワークショップ」「ラボ」を挙げていました。

「ブランディング」は、いままでのブランディングに地球中心デザイン研究所ならではの視点を入れていくということです。例えばパーパスの制定をする時も、フューチャーデザイン(未来からの視点)のアプローチで行う。すべてを理想の未来からのバックキャストで考えていきます。

また、クリエイティブのプロセスにおいても、制作物のクオリティーを下げずに、CO2排出量を可視化したり、資源や移動を極力削減することを目指していきます。LEDスタジオを使った撮影、グリーンエネルギーをエネルギー源にするスタジオを選ぶ、AIを使ってプロセスの効率化を図るなど。「PRI(責任ある投資原則)」ならぬ「PRC(責任あるクリエイティブ)」と呼んでいますが、カーボンニュートラルなCM制作を目指すパッケージも開発できています。これらの制作アプローチがいかに負荷を下げているかということを可視化するために、事例をもとにプロダクション過程の細かいCO2排出量を定量的に数値化して、比較できるように準備しています。

「ワークショップ」は、フューチャーデザイン、サーキュラーエコノミーUX、ネイチャーポジティブのワークショップがあります。サーキュラーエコノミーUXのワークショップでは、サプライサイド(企業側)のデザインではなく、デマンドサイド(生活者)の購買行動にサーキュラーアクションを取り入れることでサーキュラーエコノミーを実現していく、その手法を学びます。例えば、生活者が商品を購入する際に、選択できる購買手法の中にサブスクやリースなど、よりサーキュラーな選択肢を提供していくなどがあります。ネイチャーポジティブのワークショップでは、事業の成長が結果として自然を増やすことにつながるシステムをどのようにデザインするか?などを学べる内容になっています。

「ラボ」はアカデミアとの連携も含めて、その他の活動が全てここに入ります。

——研究所には、どんなメンバーが集まっているのでしょうか。

これまで一緒に仕事をしてきたメンバーの中から、想いを持ったメンバーが集まってくれています。例えばアートディレクターの伊藤裕平は、ここがデザインの新しいフィールドであり、デザイナーが取り組むべき領域拡張の最先端だと考えています。ストラテジックプランナーの松尾和幸は、経済への貢献と環境への貢献のダブルインパクトをどう出していくか、そのフレーム開発にチャレンジしたいと言っています。

このメンバーで、クリエイティブのサステナビリティへのアプローチを体系化することにチャレンジします。それが色んな会社に真似されて、社会に商習慣のように根づいていったらいいと思っています。

写真 人物 集合 研究所のメンバーたち

研究所のメンバーたち。TBWA HAKUHODOにも籍を置きながら活動する。

変わり続ける世界で、クリエイターとして活躍し続けるために

——最後に、学び直しに関心があるクリエイターや広告界の方々に、一言お願いします。

僕はこれまで20代、30代、40代、50代と10年単位で何かしらの目標を作って、それをクリアすることで成長しようとしてきました。冒頭でも言いましたが、去年の自分と今の自分がどれだけ進化したかを、一度立ち止まって冷静に見つめ直すと、自身のキャリアに対する新たな想像力も生まれてくるんじゃないかと思います。僕の場合、大学院に行くことは、その想像力を生むための新しいエンジンみたいなものでした。

世界に課題はあふれていますが、アイデアは圧倒的に足りていません。課題解決のプロであるクリエイターが活躍できる場所はたくさんあります。でも、その可能性を実現するには、テーマによっては学び直すことが必要になるということだと思います。

イタリアのルキーノ・ヴィスコンティの映画『山猫』の台詞に、「変わらないために、変わりつづける」という言葉があります。僕たちが憧れたクリエイティブの仕事は、時代が変われば姿を変えていく。その中で止まっていると“過去”になってしまうから、ずっとクールでいたいなら、変わり続けていかないといけないんだと思います。そのきっかけが、本かもしれないし、映画かもしれないし、学校かもしれない。たくさんの手段がある中で、大学での学び直しはひとつの選択肢なのではないでしょうか。

写真 人物 個人 佐藤カズー

佐藤カズー

地球中心デザイン研究所 代表取締役

TBWA HAKUHODO チーフ・クリエイティブ・サステナビリティ・オフィサー。1973年生まれ。ソニー・ミュージックエンタテインメント、ビーコンを経て2010年9月にTBWA HAKUHODO入社。チーフ・クリエイティブ・オフィサーとしてメディアの枠を超えた作品で国内外の受賞多数。2012年カンヌフィルム部門審査員、2017年カンヌプロダクトデザイン部門審査員をはじめ、デザイン、デジタル、プロモーションといった多領域にわたる国際賞の審査員を務める。地球環境学修士、慶應義塾大学大学院 SDM准助教授。

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