「宣伝会議のこの本、どんな本」では、当社が刊行した書籍の内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」や識者による本の解説を掲載しています。今回は、12月13日に発売した新刊『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』(宮前政志、松岡康、関智一 編著)の「はじめに」を紹介します。
2001年に電通に入社して以来、イノベーションのジレンマを抱える数多くの企業のマーケティング活動を支援してきた。VOD(動画配信サービス)により客足が遠のいたレンタルビデオチェーン。スマートフォンによって存在意義が見いだせなくなったデジタルカメラ。フリマアプリの登場で仕入れすらままならなくなった古書販売店。フィンテックの革新で店舗業務が重荷に変わった金融業態。数をあげればきりがない。イノベーションをもたらしてきたのは、デジタル化という変化の大波だ。
それは大波すぎるがゆえに、真剣に取り組んできたその道のプロであるほど、何が起きているのか気がつかない。経験依存バイアス、専門知識の罠、固定観念の呪縛。私も広告業界でTV広告からデジタルマーケティングへの変化を経験してきた。そして真剣に取り組んできたからこそ、私自身、その変化の本質をずっと見抜くことができずにいたのである。そのことに気がついた時、目から鱗が落ちるどころか、全身から鱗が落ちるほどの衝撃を受けた。この衝撃をちゃんと言語化して伝えなければならないという強い使命感が、本書を書く強い動機となった。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
マーケティングの方法論が時代によって変わっても、企業のマーケティング目標はいつも同じだ。それは企業や事業を大きくしたいということだ。TVCMでマスプロダクトの商品が飛ぶように売れた時代、ヒットをつくる確率を高めるための「マスマーケティング」の考え方があった。その後、レスポンス広告で新規顧客を獲得し、リピーター化して顧客を増やしていく「ダイレクトマーケティング」の考え方が登場した。そして大波すぎて実体が見えない「デジタルマーケティング」に飲み込まれた。
ビッグデータ、パーソナライゼーション、コンテンツマーケティング、インフルエンサー、バイラル、ファンマーケティング、ソーシャルリスニング…次々に登場するトレンドの波。SNS上の発話量を増やしたい。コミュニケーションの DX(デ ジタルトランスフォーメーション)を進めたい。自社のファンと長い関係を築くべく、囲い込みたい。こうした依頼を1つ1つ真剣に受け止めようとするほど、その本質に辿りつくことが難しくなってしまうのだ。
スマートフォンやSNSの普及で新しい買われ方が確実に起きている、そのことは誰でも実感できるだろう。例えば、インフルエンサーの一度の投稿で瞬時に商品が完売したり、SNS上で思わぬ取り上げられ方をしてトレンド入りした商品の生産が間に合わなくなったり。こうした消費行動メカニズムを説明する新しいマーケティング理論は数多の著書で語られてきた。しかしそれらはデジタルマーケティングで起きている一部の現象を説明しているものばかりで、俯瞰して理論的に説明したものがなく、ずっとモヤモヤしていた。
顧客によって消費行動パターンが異なり複雑化しすぎたために、全体を捉えて体系化することが極めて難しくなったのだとどこかで諦めてしまってきた。しかしこの複雑すぎる主題は、とてもシンプルに本質を考えることで解決する。こうしたデジタル上で起こる事象を成功させる鍵は、たったひとつのことに集約される。すべては「偶発起点」から生まれているということだ。
近所を散歩中、グルメの知人が美味しいというイタリアンを偶然発見、家族で行くことが決まった。確かにおいしいと実感し、別の友人に推奨した。
たったこれだけの購買プロセスが「偶発起点」で起こる衝動買いの正体だ。この本の主題である偶発起点の購買づくりの概念を「SEAMS®モデル」として提唱して以来、多くのクライアントから共感・感謝の声をいただいてきた。今では「SNSで衝動買い」は設計できる、そう確信している。
本書は5章から構成され、各章で新しい概念を提唱している。
第1章では「情報検索から情報回遊へ」の潮流を説明している。「偶発購買」に気づくことで、対立する「計画購買」への理解がさらに深まる。
第2章では「パブリック情報からプライベート情報へ」の潮流を扱う。SNS上で発信される個人価値観ベースの「プライベート情報」の影響が強まる時代に、ユーザー自身が生み出すブランドイメージ「ユーザーブランド」の重要性を意識できるようになるはずだ。
第3章では「ソーシャルステータス」の台頭について触れた。インフルエンサーよりも、コミュニティ内にトレンドを発信する「ハイセンサー」が重要であり、コミュニティ単位で起こる消費メカニズムに基づいたプランニングのポイントがわかるようになっている。
第4章では、衝動買い時代の顧客育成の変化を説明した。一部の耐久消費財でも購買が繰り返されるとわかり、偶発起点のコミュニティ消費で顧客育成を図る「偶発起点マーケティング」と重視すべき5つのKPI指標「IDEAS」を提示した。
第5章では、第2章で説明した「プライベート情報」を起点とした情報価値設計について説明した。プロダクトやサービスの外見で惹きつけた後に「文脈萌え」で広がる偶発購買設計フレームワーク「CRISP」によって、偶発購買起点のヒット商品の確率は高まるだろう。
さらに各章末のコラムでは、広告販促領域以外でも起きている偶発起点の事象を、各領域の専門家が解説している。
本書はマーケティング経験の長い人からこれからマーケティングに携わる人まで幅広く役に立つ基本的な理論をまとめており、以下のような方のために書いた。
✓ | マーケティングに真剣に取り組んできたけれども、近年の複雑化にどう対応すればいいか自信が持てない人 |
✓ | マーケティング経験が浅く、何から手をつけていいかわからない人 |
✓ | 実務でデジタルマーケティングを経験する機会が多い人 |
✓ | 副業などでデジタル上で商品を売り始め、これからヒット商品を生み出したい人 |
✓ | SNSで自分の活動や考えを情報発信して共感を集めたい人 |
✓ | デジタル化により激しく変化する世の中の本質を掴みたい人 |
固定観念の呪縛から解放されて全身の鱗が落ちる感覚を、私こそ最強のドラゴンマーケターと自認している人にこそ是非体感していただき、これからのマーケティングを一緒に共創してほしいと願う次第だ。
最後に、本書で重視したことは、新しいマーケティング概念の解説や成功事例の紹介ではない。マーケティングの現場で責任を背負う読者の皆さんと、ヒット商品を生み出すための新大陸発見の喜びを共有するとともに、それが実践できる、いつでも使える教本にすることだ。そのために、読者特典に本書で紹介したフレームワークを活用できるパワーポイントシートも用意している。本書が日々の実践に生かされ、ビジネスの実践知が磨かれることで、ヒット商品が生まれ、ビジネスの成長に貢献できることを切に願う。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』
宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
電通内でデータマーケティングを専門とする戦略プランナーチームの研究成果をまとめた一冊。Search(検索)ではなくSurf(情報回遊)から始まる、情報回遊時代の購買行動モデルを「SEAMS®」として提唱。その背景やプランニングのポイント、顧客育成の方法論、偶発購買設計のためのフレームワークなどを紹介する。読者限定ダウンロード特典つき。