SIGNING代表取締役CEOの牧貴洋氏と博報堂ケトルのクリエイティブディレクター・南俊輔氏に、それぞれがまとめた「SBNR」「オシノミクス」レポートと、企業経営やビジネス展開に研究成果をどう生かしているかについて聞いた。
現場発のメンバーならではの視点を重視
――まずは、「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」についてご紹介ください。
牧:「Human + economics = Humanomics (ヒューマノミクス)」をコンセプトにした取り組みで、博報堂の強みである「生活者発想」の発信をより強化・拡張することを目的としています。現場発のメンバーならではの視点や切り口をベースに、これまでに4つのテーマについてレポートを作成してきました。各テーマを「一生活者視点」で語れるよう、それぞれのテーマに精通したメンバーでチームを編成していることも特徴です。
研究により深みを持たせる上で心がけているのが、リベラルアーツ的な学術視点を取り入れること。生活者を「ヒューマン」として捉え、より広い地点や高い視座からそのあり方を模索しています。またコンサルティング会社のように特定の業界に特化するのではなく、産業横断の横串のテーマにすることで、複数の業界で活用できる知見を生み出していきたいという思いがあります。
SIGNING 代表取締役CEO 牧 貴洋 氏
――牧さんが代表を務めるSIGNINGについても教えてください。
牧:「兆し(=SIGN)」を意味する社名の通り、社会とビジネスの兆しを捉え、社会性と経済性の両立を追求するソリューションを提供していくことを目指し、2020年に設立されました。数多く存在する兆しの中からどれを選択するのか、またどうすればビジネスへ発展できるのかを、社会の変化を体系的に整理したり、「脱合理」的な視点で視野を広げたりしながら考え、サポートしています。
主な注力領域は、「街づくり・地域創生」「ウェルビーイング」「アート」の3つで、現在40人ほどの体制です。これらのテーマに基づき創出したプロトタイプを基に、クライアントと共同でコンセプトの構築や具体的な体験の設計、コミュニケーション戦略を進めています。実際に官公庁や自治体、デベロッパー、大学との共同研究やプロジェクトなども手掛けています。
日本は世界有数の「SBNR資源大国」
――「HAKUHODO HUMANOMICS STUDIO」ではこれまでに4つのレポートを出していますが、その第一弾となった「SBNR」とはどういったものなのでしょうか。
牧:SBNRは「Spiritual But Not Religious(宗教的でないがスピリチュアル)」の略で、特定の宗教を信仰しているわけではないものの、精神的な豊かさを求める人を指します。例えば、ヘルシーで健康的な食事や自然との触れ合い、マインドセットの習慣など。近年、欧米を中心に増加しているSBNR層ですが、今回は国内に関する調査を実施しました。
SBNRの概念は欧米から
その結果、国内の43%もの人々が「SBNR層」に何らか当てはまることがわかったのです。特に若い世代にその傾向が顕著であるほか、SBNR層に共通する価値観や、日本独自の歴史的文化や価値観との関連性も明らかになりました。これらの分析を基に、私たちはSBNR層を「Soul・Body・Nature・Relationshipを大切にしている人」と再定義しました。禅や八百万(やおよろず)の神々の考え方を持つなど日本は世界有数の「SBNR資源大国」とも言え、世界のSBNR層からも注目されています。
SBNRという言葉の認知度は高くはないですが、商品開発や企業経営においても応用範囲が広いと考えています。
――SBNRをどのようにビジネスや経営面に応用できるのでしょうか。
牧:まず、このレポートを発表後に経営者層にあたる方々からの反響があったことはとても印象的でした。重役クラスの方から「まさに我が意を得たり」と連絡をいただくこともあり、組織運営や人材育成に長期的視点で取り組む経営者の方々がレポートの内容に共感してくださったようです。
調査で明らかになった「SBNRな人たち」の特徴
ビジネス面での相性の良さを感じるのは、メンタルケア関連の消費財を扱うような企業です。実際のケースでは、「リラックス」から「メディテーション」へと商品の価値をシフトさせることで、ポジショニングの見直しや新しい広告アプローチができるのでは、といった議論を交わしました。また、茶道や花道といった伝統文化から着想を得て、商品のデザインや容器を無意識的な行動習慣に近いものや居心地の良いものにすることで、顧客との永続的な絆の構築を狙うような提案も行っています。
自治体との相性の良さも感じています。先ほどの「Soul・Body・Nature・Relationship」のフレームを活用しながら地域の観光資源を整理することで、祭りや神社といった文化資源を現代のライフスタイルに合わせて再構築をすることが可能となり、結果的に、地域の魅力発信にも寄与できると感じています。
企業経営への応用という点では、従業員満足度と顧客満足度を同時に高めることも可能だと考えています。そしてこの好循環は、企業の競争力を向上させる新たなキーになるでしょう。
「推す」側と「推される」側のギャップを埋める
――第2弾のレポートは、推し活と経済を掛け合わせた「オシノミクス」をテーマにしていました。
南:「推し活」経済に着目し、「人が能動的に熱中する」心理と行動を、一つの概念として提唱したのが「オシノミクス」です。推し活をしている生活者とそれを提供する企業との間に理解のズレがあるという課題意識から、ファン心理や推し活が生む経済活動の構造を定量・定性的に分析しました。
博報堂ケトル クリエイティブディレクター 南 俊輔 氏
まずこだわったのは、実際に推し活をしているメンバーのみでチームを構成すること。推し活実践者だからこそ微細な線引きに気づき、推し活心理を丁寧に位置づけることができたと思っています。
また推し活の経済行動には非常に興味深い特徴があることがわかりました。推し活では自己投資をした上で、さらに「感謝の念」を抱くという独特の性質が見られました。こうした推し活の持つ独特な経済効果や社会的影響力を、企業経営やマーケティングに応用する提案をしています。
――レポート公開後の反応や、ビジネス面での活用事例についても教えてください。
南:まず、マスメディアからの反応はかなり良いですね。最近でも11月4日の「いい推しの日」にちなみ、各所で調査結果を取り上げていただきました。また「推し活価値観」の図は、SNSで大きな反響がありました。
推し活価値観を基に6つのクラスターに分類
問い合わせでもっとも多いのは、推し活をしている人をターゲットにしたマーケティング活動を考えている企業や、推し活に関する事業の立ち上げを目指す人たち。こうした方々の事業パートナーのようなポジションで関わる機会が増えています。レポートはそうしたビジネス現場でも、議論をスムーズに進めるための有用なツールになっていますね。
6つの心理から「推しの構造」を明らかに
一方で、僕たちとしても想定外だったのはエンタメ業界の事務所など「推される側」の方々も、このレポートを熱心に読んでくださっていること。中には、国の垣根を越えて参考にしていただいている企業もあるようです。そのため現状では、多方面にわたってコンサルティングやアドバイザーとしての活動ができています。
またプロジェクトの立ち上げ当初から、推し活をしているストラテジックプラナーのメンバーを、「推し活のプロフェッショナルにしたい」という思いがあったため、それが少しずつ実現できているのも嬉しいですね。
――最後に、これからの展望についてお聞かせください。
牧:「SBNR」「オシノミクス」のほかに、「オクリレーション」「シン密圏」と4つのレポートをリリースしました。これらを起点に新たなご相談の機会をいただくなど関心をお寄せいただいた方との新たな取り組みにもつながっています。また、新規のテーマも考えているので、より一層プロフェッショナルの領域を広げ、様々なクライアントの支援につなげていきたいですね。
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