好きになったのは「この世にいない人」
イケメンキャラの群像劇を描いたあるスマホゲームのファンだったモモコ(20代女性・仮)は、運営への不信感を機に徐々に推し活に苦しむようになった。
モモコはキャラクターのひとり「タクト(仮)」を中学生の頃から推していた。
高身長で鍛えられた肉体。がっしりとした肩幅。それでいてどこかあどけない顔立ちと大きな瞳。クラスの男子とは全然違う、理想のヒーローだった。
モモコは課金で得られるタクトの限定画像ほしさに、放課後の遊びも何もかも我慢して、手元のお小遣いを全額つぎ込んだ。しかし何百万と課金する『廃課金』には遠く及ばなかった。
けれどモモコには、そんな大人たちとは違う特別な思いがあった。
「ゲームの中での彼はいつも壮大な夢を本気で語っては、仲間に笑われるんです。それでいて着実に夢に向かって努力できる。だから好きだったんです」
当時のモモコは地に足の着いた将来を描けなかった。思いつく夢といえば『よく寝たい』『早く帰りたい』。それは幼い頃から遊びを我慢して祖父母の介護に明け暮れ、自分の人生を生きている実感がなかったのもあるかもしれない。だからまっすぐに夢を追うタクトがまぶしかった。
「彼は私なんかとは違う。夢を形にするチカラがある」
タクトを見ているうちに、モモコは次第に自分の人生を彼に託すようになっていった。そしてタクトがどこかで本当に生きているような感覚さえ抱き始めた。
しかしタクトはある頃から物語の世界で他のライバルと対立、容赦ない嫌がらせを受けるようになっていく。
このとき一番モモコを苦しめたのは、タクトを救ってあげられないという現実だった。
「これまでタクトくんにたくさん元気をもらってきた。なのに私は何もしてあげられない」
身近な人ならば、私が守ると寄り添えていたかもしれない。現実のアイドルなら、インスタライブで愛を伝えられたかもしれない。でも彼はあくまでゲームの世界の人。
イベントでタクトの名前を書いたうちわを振っても、彼の目には映らない。どんなにペンライトを振っても、光の軌跡はタクトには届かない。無数の光を眺めて喜ぶのは、タクトが苦しむ世界を創った運営会社。
そんな日々が数年続き、モモコはゲームを、長年見守ってきたタクトのいる世界をアンインストールした。手元には何も残らなかった。わかってはいたつもりだけど、タクトの人生など最初からなかったのだと痛感した。
「今でもこのゲームは変わりなく続いています。私ひとりがやめたところで何の影響もないんです。たまにCMなどで見ると、いろいろ考えてしまう。そのたび『もうやめたから気にしない』って、何度も自分に言い聞かせます」
行き場をなくした愛の終着地
しかし推し活の苦境を救うのもまた、推しだったりもする。ゲームを降りたモモコは今、ある競走馬が気になっている。
中山競馬場、2022年1月撮影(写真は本文とは関係ありません)
出会いは親の影響で見ていた競馬中継。その馬は世代最強と呼ばれ、競馬の最高峰のレースを制したこともある。けれどある頃からぱたりと勝てなくなった。それでも走り続けた。数年が経ち、多くの人が諦めたであろう頃、その馬はようやく復活の勝利を遂げた。それから数戦を経て引退した。
その姿がどこかタクトに重なった。けれどタクトと違って、その馬は今を生きている。
モモコは無性に、その馬のために何かしたいと思った。勇気を出して、その馬のいる牧場に問い合わせた。「ニンジンを贈ってもいいですか」。牧場主は喜んで贈り先を教えてくれた。
「タクトくんにできなかった分も含めて、何かをしてあげたいと思ったんです。馬の寿命は25年ちょっとで、今彼は10歳。きっと私より先に逝ってしまうんだと思います。だからこそ、今生きているうちに何でもしてあげたい。無事に長生きしてほしくて、お守りも贈りました。彼は食いしん坊ですから、ニンジンもきっと食べてくれていると思います。自己満足かもしれないけれど、少しでも役に立てたら嬉しいなって」
苦しみを経てモモコは、理想の愛の届け方に辿り着いたようにみえた。そしてここに至るまでには、誰かの幸せを一途に願った年月が確かにそこにあったのだ。たとえその人がこの世に存在しなかったとしても。
馬に送ったお守りと手紙。種牡馬として余生を送る馬の良縁を願うもの。ニンジンは農協を通じておいしいものを送っているという(本人提供)
モモコのように、運営会社や事務所に対する不満を上げる声もあるが、推し活のしんどさで目立つのが「界隈(推し活のコミュニティ)」の煩わしさだ。
チハル(30代女性・仮)もまた、長年推してきたあるビジュアル系バンドから“上がって”いる。上がるとは、ビジュアル界隈での「ファンをやめる」という意味だ。
「地下から上がってくるイメージだろうね」
とチハル。原因は界隈内のいざこざだ。