編集者・ライターにとって重要なスキルの1つが文章力です。しかし、Webメディアが増加し、生成AIで容易に文章を作れるようになった今、継続して仕事を依頼される編集・ライターであり続けるためには、文章力に留まらない独自のスキルが必要になってきます。
多くのベストセラー本をプロデュースし、「編集・ライター養成講座 上級コース」の講師も務める出版プロデューサーの西浦孝次さんに、これからの時代を生き抜く編集者・ライターの条件についてお伺いしました。
今、生き残っている人たちの企画力
企画力がないと、厳しい時代になってきた。
あらためてそう感じたのは、先日、月刊『散歩の達人』編集部にお邪魔したとき。
編集長の久保拓英さんとWebマガジン『さんたつ』編集長渡邉恵さんが温かく出迎えてくださったのだが、同行していた若手のライター二人と一緒に「企画のレベル、高すぎー!」と内心焦ってしまった。
もちろん僕は編集者をなめたことなんて一度もないし、ましてや相手は「街深掘り」マガジンの編集者たちだ。企画も深掘りされていて当然。
だが、彼らの見ている「街」の解像度が高すぎて、僕には同じ景色が見えていないと痛感した。
この出版不況で「生き残っている」数少ない月刊タウン誌──その秘密はやはり企画力の高さ、企画のコンセプトにあった。
『散歩の達人』が絶対に使わない言葉
「街をどう紹介するかという切り口、コンセプトを大事にしています。企画に切り口が欲しいですね」と久保さんは語る。
企画で一番大切なのはコンセプト──これは僕が編集・ライター養成講座でいつも伝えていることでもある。だけど「考え方が一緒ですね!」と共感して終わりにはできない。
相手は96年の創刊以来、出版不況の中で約30年生き延びてきた雑誌・メディアの編集者たちだ。そんな彼らから「企画の考え方」を学ぶ機会を逃すわけにはいかないだろう。初歩的な質問で恐縮なのですが、と聞いてみた。
「例えば書籍だと『話し方』の本が人気です。でも、人気ゆえに類書も多いので、他の『話し方本』といかに差別化するかがポイントになります。久保さんのおっしゃるコンセプトは、そういう他誌との差別化をするために必要な切り口ということでしょうか」
僕の質問を受けて少し考えた後、久保さんが言葉を選びながら丁寧に答えてくれた。
「実は、『散歩の達人』では、使わないと決めている言葉があります。それは『古き良き』という言葉です。この言葉は暗に新しいことを否定しているんですね。でも新しいものがダメなわけじゃない。もちろん古いから良いというわけでもありません。『散歩の達人』で紹介するからには古いから、新しいからじゃなくて『今、面白い理由』があるはずなんです」
まず「古き良き」という、言葉への嗅覚に驚いた。すごいクリエイターはとにかく、言葉の感度が高い。芸人さんが「おもしろい」という言葉を軽々しく使わないように、『散歩の達人』では「古き良き」は使わない。
また「古いから」「新しいから」という理由は企画を成立させるには足りない。日頃から、考えている企画のレベルが高いからこその視点だ。正直、僕にそんな視点はなく、思考の死角を突かれた心地だった。
「なるほど──『なぜ、今、ココを取り上げるのか』を明確にできないと、ただ人気だから、ただ古いから(新しいから)、良い。という話しかできなくなる。だから大切なのは今、面白い理由。それが切り口・コンセプトということですね」
「そうです。じゃあ、今、何が面白いのか。それは街を歩くことで見えてくるはずなんです」
それがつまり「散歩」なのだ。『散歩の達人』の言う「散歩」は僕らとは解像度が違う。彼らにとっての散歩は「古い」と「新しい」の双方の良さをつなぐ行為であり、古いVS新しいというシンプルな二項対立を超えるあらたな「切り口」の発見だ。
僕のような、ただ健康志向で街をウォーキングしている人間とは「散歩」という言葉に対する理解度が全く違う。何層にも深く「散歩」という言葉にレイヤーを重ねている。
なんて白旗を上げ、ただの感想を口にしたら、「そんな西浦さんみたいな人にも読んで欲しいんですよ」と渡邉さんに言われて、またハッとした。街に対する深い視点を、僕のような「その街で遊んで、住んで、愛している人に面白がってもらう」のがプロの仕事なのだ。
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