ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』編集者に訊く、世代を超えて「教養の快楽」を届ける新書の可能性

新書の歴史

そもそも「新書」という媒体は、単行本や雑誌とはなにが違うのか。ここで歴史を遡ってみよう。

新書という名前は、それまでに刊行されていた雑誌や文庫本や全集とは異なる「一番新しい判型」という意味に由来する。日本での最初の出版は、『君たちはどう生きるか』の作者としても知られる吉野源三郎が、イギリスのペーパーバック「ペリカン・ブックス」を参考にして主導した、1938年の「岩波新書」創刊に遡る。

全国流通を前提として、専門性の高い内容を一般市民でも読めることを目指した新書は、戦前にすでに鉄道網が張り巡らされ、遠距離の移動中に読書ができる環境だった日本において、大いに流行した。

「海外では、新書や文庫はあまり売っていないですね。特に車移動がメインのアメリカにおいては、本は家で読むものなので、もっと大きくて重い。小さいサイズの本は、鉄道が発達した国ならではの刊行形態だと思います」

日中戦争中に創刊された岩波新書は、国の検閲がありつつも、戦争を一歩引いて考えることを意図し、中国研究をテーマにした新書を多く出版した。

「そういった成り立ちのジャンルなので、今ある状況を俯瞰して考えよう、というのは新書のコンセプトとして根本にあると思います。最近は『新書が雑誌化している』と言われたりもしているんですが、雑誌のように時代の潮流を汲み取りながら、一冊の本として一つのテーマを掘り下げるというのが、そもそもの新書のルーツだったりします」

戦後になると、新書サイズの本は安価で流通がしやすいと出版社がこぞって手掛け、爆発的に刊行数が増えたものの、当時のレーベルは今ではほとんど残っていないという。

60年代になると、岩波新書と並んで「新書御三家」と言われる中公新書と講談社現代新書が生まれる。

1994年にちくま新書が誕生。現代史や社会学をはじめ、さまざまな分野の学者による入門書が多く、『ちくまプリマー新書』をはじめとして今も初学者に向けた内容が多い。

さらには90年代後半から2000年初頭にかけて文春新書、集英社新書、光文社新書、新潮新書と、新興レーベルが相次いで誕生。これまでの硬派な内容とは一味違う、雑誌のテーマになりそうな内容を新書も扱う流れとなった。

2000年代に入ると、養老孟司著『バカの壁』(2003年、新潮新書)や山田真哉著『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(2005年、光文社新書)、藤原正彦著『国家の品格』(2005年、新潮新書)、姜尚中著『悩む力』(2008年、集英社新書)など、カジュアルで読み物としての面白さを強調した、サラリーマン向けの新書が増え、ミリオンセラーの大ヒットを記録する。

そうして、30代、40代のビジネスパーソンが電車の中で読むのに適した新書が続々と生まれピークを迎えた後、新書市場はやがて縮小していくこととなる。勝間和代の自己啓発書がブームになり、のちにダイヤモンド社は岩崎夏海著「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(通称『もしドラ』)や岸見一郎、古賀史健著『嫌われる勇気』を出版し、ビジネスパーソンの支持を得る。その頃から、新書の主要な読者層は、50代、60代に移り変わっていった。

 
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