ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』編集者に訊く、世代を超えて「教養の快楽」を届ける新書の可能性

「最近気が付いたのですが、元々新書の役割を今、ビジネス書が担っているのだと思います。いわゆるバリバリ働くぞ、という人は新書じゃなくてビジネス書を読む。一方である程度仕事が落ち着き、本を読む習慣のある50代以上が新書を読む、という形でメインターゲットが変わっていった」と、吉田さんは分析する。

話を聞いていくうちに、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のヒットの背景に、新書を取り巻く状況との関連性が見えてきた。本書は、本屋のビジネス書棚の隣に置かれ、ビジネス本に関心がある人の目についたことで、一気に売れたという。普段はビジネス書を手に取り、購買力も本を読む習慣もあるサラリーマンを、読者層に取り込むことに成功したのだ。

「そもそもビジネス書があれだけ売れるのであれば、50代以上をターゲットにするのではなく、ビジネス書を普段読む人をターゲットにした新書を作ったほうがいいのでは?とずっと思っていました。実際今年1月に発売された『世界は経営でできている』(岩尾俊兵著、講談社現代新書)は、ビジネスパーソンを中心に支持され10万部を突破しました。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』とともに、新書を読む世代以外の読者を獲得していますが、どちらもビジネス書と一緒に書店に並べられたことで人気に火がついたんです。」

一般に単行本はテーマや用途が明確であるため、そのジャンル内での新規性や面白さをいかにアピールするのかが重要になるが、新書はどんなジャンル本でも一様に新書として扱われるのが大きな特徴だ。

「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は読み方によっては歴史の本でもあるし、社会学でもあるし、評論本でもあるし、ビジネス書でも自己啓発書でもあるから、ジャンル分けしづらい。これが単行本だったら、書店員さんはどこの棚に置いていいかわからないと思います。でも新書であれば、かならず新書棚に置かれる。ジャンルが雑多になっていても許されるのが、新書の強みだと思います。だからこそ、働き盛りのビジネスパーソンも、50代、60代以上の人も、買って読んだら満足できるものを作ろうと思っています」

「教養」を繋げなおす新書の役割

吉田さんはこれまで、前述の『ファスト教養』、『教養の鍛錬』(石井洋二郎著)やウェブ連載を行っていた『メタ教養』(永田希著)といった、「教養」をテーマにした企画をいくつも世に送り出している。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にも、戦前の「修養」と「教養」の関係性から日本人の読書観を紐解く章があり、「教養」が一つのテーマとして核をなしていると言えるだろう。さらに最近ではPodcastで新番組『これって教養ですか?』を立ち上げ、その裾野を広げている。

こうした「教養」にまつわる意識は、どのように生まれたのだろうか。

社会人になるまで、教養について特に意識的だったわけではないという。編集者として、一般に向けた知識を大衆に向けて発信する中で、教養についての感覚が世代的に共有されていないと感じるようになった。

身近に教養主義的な先輩がいたことも、教養に対するテーマ意識を持つきっかけになったという。

「その先輩は働きながら政治学の博士号を取ったり、自分でも本を書いたりとすごい人なのですが、あれを読め、これを読め、というのをよく薦めてくるタイプ。今になっては自分の知らない戦前の思想家を知れたので感謝はしているのですが、それよりも『なんでそんな高圧的なんだ!』という反発のほうが勝りましたね(笑)」

その先輩と接するうちに、新書が若い世代にあまり読まれなくなったのは、そういった権威的なスタンスを変えなかったからなのではないか、と疑問に思うようになる。

「これ読め、あれ読め、それは素晴らしいから。以上!」という、一方的な態度は反発を生み、参入障壁の高さにも繋がる。その反動で生まれたのが、歴史や文脈を簡略化し、おもしろさやわかりやすさを重視した「ファスト教養」的なコンテンツだった。

「映画や音楽もそうですが、学問はその歴史や体系そのものも面白い。ただその体系を、権威化したり軽視したりすることで本来の楽しさが伝わらなくなっている。両極端になりがちなんですよね。そこの間を繋げないと、本来ある豊かさがなくなってしまうので、いろんな分野の歴史や文脈を知ることの快楽を伝えていきたいと思っています」

 
次ページ「文脈を知ることの快楽とはなにか」に続く

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