文脈を知ることの快楽とはなにか。アメリカで大ヒットを記録した映画『チャレンジャーズ』を例に挙げ、吉田さんは語る。
「この映画はゼンデイヤ演じる主人公と、彼女を愛する2人の男性の13年間にもわたる三角関係を、テニスの世界を舞台に描いた作品なのですが、序盤に3人でのキスシーンが出てくる。しかも、男性同士のキスが尺長めに取られていて、友情や性愛の境目や、1対1のパートナーシップのあり方に疑問を投げかけるようなラディカルな演出を同時にやっていたんです。この映画がセクシーさと政治性を同時に備えているように、新書でも読んでいて快楽を感じるような面白さの裏に骨太なテーマを仕込めないかな、と模索中です。新書でハリウッド映画の面白さに勝ちたいと本気で思っていますし、それくらいのものじゃないと多くの人に手に取ってもらえないと感じています」
誰もが同じ船に乗っていた「大きな物語」はとうに失われ、大衆の興味の対象は細分化し、効率良く知識やコンテンツを「摂取」することが是とされてきている現代。
教養に対する、権威化と軽視という相反する人びとの姿勢を繋ぎ、異なるジャンルとジャンルを繋ぎ、豊かな知を提供することを目指す吉田さんの言葉は、知識を得ること本来の楽しさと、新書の可能性を私たちに示している。
▼受賞コメント
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を取り巻く、ムーブメントとも言えるような熱の伝播を目にする中で、「どのような経緯で企画ができたのだろう」「内容の面白さはさることながら、ここまでの盛り上がりを見せているのはなぜだろう」と、その背景にだんだんと興味を惹かれていきました。
この卒業制作は吉田さんという取材対象者が身近にいた幸運に恵まれ、編集者目線でヒットを紐解く話からはじまり、書籍ジャンルとしての新書の可能性まで触れた、広がりのある内容に仕上げることができました。
半年間の講座を通じてもっとも印象に残った学びは、「読者にとっての価値を考える」「熱量を持って企画を届ける」ということです。
振り返ると企画段階から吉田さんのお話は、卒業制作の第一読者であり編集やライターを志す講座同期の仲間にとって、きっと刺激的で興味深い内容になるだろう、とある種の確信があったように思います。
結果としてありがたいことに最優秀賞をいただくことができ驚くとともに、こうして多くの方々に読んでいただく機会があることを大変嬉しく感じています。
この記事を通じ、「新書の面白さを伝えたい」と語る吉田さんのメッセージが届けられることを願っております。
卒業制作は編集とライターの両領域を一人二役で行う、まさに講座の集大成として難しくもとても楽しい貴重な経験でした。今回の受賞を励みとして、価値あるコンテンツを発信する届け手になれるよう、今後より一層精進したいと思います。
最後になりますが、取材を快諾いただいた吉田さん、充実のカリキュラムを惜しみなく用意してくださった講師の先生方、運営事務局の方々、そして記事をお読みいただいた皆さまに心よりお礼を申し上げます。