もうひとつの郡上を「聞く」旅へ 郡上藩宝暦騒動ゆかりの地を訪ねる【岐阜】

義民のリーダーのふるさとへ

長良川鉄道の終点・北濃駅に降り立つと、生い茂る木々が青く香り、いくつもの鳥の声が聞こえる。

岐阜県郡上市白鳥町(しろとりちょう)。国道を行き交う車の流れが途切れると、ザーッと水の流れる音が途端に大きくなる。日本三大清流の一つ、長良川だ。その向こうは山が連なり、振り返ると駅舎の後ろも山。空は山の間にある。

イメージ 長良川鉄道 北濃駅

長良川鉄道 北濃駅

北へ20分ほど歩くと、前谷(まえだに)という集落に着く。傾斜地に段々と広がる田んぼと住居、その間を流れる前谷川は長良川に注ぐ。集落にある前谷白山神社の境内に、「前谷村定次郎(さだじろう)顕彰碑」と刻まれた石碑が見えた。

イメージ 前谷村定次郎顕彰碑(前谷白山神社内)昭和62(1987)年建立。

前谷村定次郎顕彰碑(前谷白山神社内)昭和62(1987)年建立。

前谷村定次郎は獄門となった4人の内の1人。リーダー的存在の若者で、幕府への訴えにも参加した。享年31。顕彰碑の近くに住んだというが、彼もこの辺りの田んぼを耕していたのだろうか。そんなことを思いながら、顕彰碑に手を合わせた。

イメージ 現在の白鳥町前谷地区の様子

現在の白鳥町前谷地区の様子

宝暦騒動に特化した唯一の展示室

「郡上に住む小学6年生の児童の多くが、地域学習の一環でここに来て、宝暦騒動のことを学びます」

そう語るのは、白山文化博物館の鈴木雅士さん(54)。北濃駅から長良川を下るように10分ほど歩くと、山の形をした建物が見えてくる。展示の柱は三本。博物館のある地域がかつて白山信仰で栄えたことから、その歴史や文化を紹介する展示、白山ろくの山里の暮らしを伝える古民具などの展示、そして宝暦騒動の展示だ。市内で唯一、宝暦騒動に特化した展示室を設けている。

イメージ 白山文化博物館 鈴木雅士さんと『郡上郡村々傘連判状』

白山文化博物館 鈴木雅士さんと『郡上郡村々傘連判状』

イメージ 白山文化博物館

白山文化博物館

「郡上は土地が狭く、米の収穫量も少ない上に、イノシシやサルなどに作物を荒らされて困っていると、幕府への訴状に書かれています。前谷など、この白鳥町の北部はそれが顕著でしたから、リーダー格の農民がこの地域から出ているのでしょうか」

獄門となった4人の内、3人が白鳥町北部の村の農民。当時の手紙や訴状の写しなどの史料が残る。

「展示は古文書が中心。これだけでは一般の方には難しいので、時系列に並べ、どんな内容が書いてあるかをパネルで説明しています。他にも駕籠訴の人形、寄合をした神社や義民の墓の写真など、視覚に訴える資料も加え、小学生でも分かりやすい展示となるよう心がけています」

展示室で存在感を放つのが「駕籠訴」を再現した等身大の人形。宝暦5(1755)年、定次郎を含む農民6人が、幕府へ直接訴えるため江戸へ行き、文字通り、老中酒井忠寄(さかいただより)が登城する駕籠に飛び込み、訴状を差し出した。

老中の駕籠は、緊急事態が起きた際に気づかれないよう、常に走っているため「老中の飛び駕籠」と呼ばれる。走る駕籠を止めるのは容易ではなく、「『無礼な人非人』と何度も蹴散らかされた。大声をあげて泣いたら、駕籠の中から(話を聞くから)屋敷へ来るようにとの声が聞こえた」という記録が残る。展示室の武士も、眉間に皺を寄せて怒鳴っているようだ。

イメージ  宝暦騒動の資料を展示する「歴史民俗展示室」

宝暦騒動の資料を展示する「歴史民俗展示室」

次ページ「駕籠訴により、裁判は行われたが、……」に続く

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