※本記事は『ブレーン』2025年2月号特集「広告再考2025 クリエイターと考える『効く』表現と手法」への掲載内容から抜粋してお届けします。
(左から)古川裕也(ふるかわ・ゆうや)
古川裕也事務所代表/クリエイティブ・ディレクター。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、カンヌライオンズ45回、広告電通賞、ACCグランプリ、ギャラクシー賞グランプリ、メディア芸術祭など内外の広告賞を400以上受賞。2020年D&AD-President’s Awardをアジア人で初めて受賞。ACC審査委員長、カンヌライオンズ4回、クリオ審査委員長など国内外の審査員多数。著書に『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』(宣伝会議)。電通から独立後はクリエイティブコンサルタントとしても活躍。
福部明浩(ふくべ・あきひろ)
catchクリエイティブディレクター/コピーライター。1976年兵庫県生まれ。京都大学工学部卒業後、98年に博報堂に入社。コピーライターとして活躍し、数々の広告賞を受賞する。2013年に「catch」を設立。2009年に初の絵本『いちにちおもちゃ』(PHP研究所)を出版。
「フィルムは生理的なものである」
福部:2024年のACC賞のフィルム部門では、僕が審査委員長を務めまして、古川さんに久しぶりに審査をお願いしました。まずAカテゴリーの審査はいかがでしたか。
古川:グランプリは、CMの歴史をちゃんと裏切っていることが条件だと思います。今までにないものが含まれているか。ま、優れたクリエイティブの仕事は、審査とは関係なくそういうものなんですけれど。それで言うと、(グランプリを獲った)福部さんが手がけられた「カロリーメイト」のCM「光も影も」は、自分で創った歴史を自分で裏切らなくてはいけないという一番高いゴールが設定されている。このゴールは一部の人だけに与えられる特別なものです。別格だと思いました。
今回は意外にも15秒にいいものがありました。南陽(福岡市)の「ジャンケン」や赤城乳業ですね。それも同様の理由です。日本の15秒CMは基本的にコトバの芸で発展してきましたが、南陽も赤城乳業も、そういう15秒CMの歴史に対する裏切りがありました。
福部:そういったコンテクストで応募作を見られていたんですね。古川さんはよく「フィルムは生理的なものだ」ともおっしゃっていますが、こうした評価をするときに、まず生理的に反応して、あとから理由を考えているんですか。
古川:それは、今回の審査方針の「なんかクル!」と全く同じです。説明ビデオで審査する他のカテゴリーと違って、フィルムだけは創ったものまんまで評価する今や珍しいカテゴリーです。フィルムの本質は身体性なんです。こういう課題があって、こういうソリューションにしましたとはファンクションがまるで違う。フィルムが強いのは、まずカラダに打ち込む力があるところです。
そもそも人間は身体で受容して身体で考えるものです。アタマでもココロでもない。メルロ=ポンティが「身体こそすべての基礎。アタマもココロも身体から形成される」と言っている通りです。そこにリクツもなければ、あえて言えば理由もない。意味を超えたところ、無意識領域に瞬時に届かせるのがフィルム固有の能力だと思います。
福部:なるほど。それでいうと、意識を通してしまっているという意味で、セリフ劇というのはそもそもちょっと弱いんでしょうね。
古川:そうですね。見る人に多少の頭脳労働をしてもらわないといけないですから。ただ芸のレベルが高いと瞬時にカラダに届くと思います。
身体性というと思い出すのが、readableという概念で、ふつう「読みやすい」と訳されますが、「読み進めることができる」、さらには「読むという行為自体に快感がある」という文章の力についての概念です。村上春樹などまさにそうですよね。意味内容より文章自体の力ということですが、フィルムも同じです。意味を超えて、見るという行為自体が快感であるというのは、実はフィルムの一番高度な到達点ではないかと思います。最近伏線をやたら張り巡らせて最後に回収するストーリーが映画だと思ってる人も多い。それも映画だけれどそれだけが映画ではない。ヴィム・ヴェンダースと高崎卓馬の『Perfect Days』は、見る行為の快感を創っている。そこが素晴らしかった。何かが起こることやストーリーを見るのではないんです。
一連のカロリーメイトも、いちばんの魅力はそこにあると思います。もちろん、インサイトの発見から導き出されたテーゼからプロットが創られているんですけれど、意味を超えて見る快感にまで到達している貴重なシリーズです。文体があるんです。しかも前作までの歴史を必ず裏切っている。
福部:歴史を裏切るという観点は、アーカイブとしての側面を持つアワードにおいては重要ですね。
古川:そうですね。その裏切り方がアイデアでありブランドに鮮度を与えるんです。
「品質保証」と「反応保証」
福部:続いてBカテゴリー(オンラインフィルム部門)について。古川さんはACC賞に2015年にBカテゴリーを設立した張本人ですが。
古川:Bカテゴリーの設立を提案したのは、オンライン動画に傑作が増えていたのに褒める場所がなかったからです。CMは秒数に制限がある。オンラインフィルムにはそこの自由がある。今思えば表面的な理由ですね。初回は、Hondaの「OK Go」と、大日本除虫菊/サンポールの「ベンキー・シロイシ」という真逆なもので決戦投票。1票差で「OK Go」が選ばれました。
福部:全く違うのが面白いですね(笑)。それから約10年経ち、今回久しぶりに審査に入っていただきましたがどうでした?
古川:ずいぶん景色が変わっていました。審査でいちばん楽しくて勉強になるのは、最初の自分の意見が他の方の話を聞いて覆されるところです。Aは最初から最後まで変わりませんでしたが、Bはガラッと変わりました。その表現が成り立っている力学とか受けとめ方とかがだんだんわかってきて。オンラインでムービーを届ける技術や知見が相当溜まってきています。電通の花田(礼)さんやCHOCOLATEの栗林(和明)さんが象徴的でした。こういう仕草をすればこんな反応があるとか、この人のアニメーションでなければ離脱されてしまうとかを緻密に計算して表現に落とし込んでいるのがとても勉強になりましたね。初期のNetflixを思い出しました。10年くらい前、ファウンダーのリード・ヘイスティングスの講演をCESで聴いたんです。最初のヒット作『House of Cards』の製作・監督はデータによればデヴィッド・フィンチャーでなければならなくて、ああいうハードな大統領ものの主役はデータによればケヴィン・スペイシーでなくてはならない。全てデータで決めていったそうです。
福部:そうですよね。作品として完成しているもの、つまり見た人の反応に左右されないものは、従来のAカテゴリー(テレビCM部門)では評価されやすかった。でもここ数年のBカテゴリーの上位受賞作は、これまでテレビCMをメインでやってきた人からすると、一瞬ぽかんとしてしまうんですよ。
古川:そうそう。
福部:でもその反応を想定できる人からすると、すごさがわかるわけですよ。そのリアクションがあるであろう場所や角度を予想できる人がこれからのBカテゴリーのチャンピオンになっていくんだと思います。
古川:それはもはや「設計」ですよね。映像の中に反応要因を重層的にデザインしていく。数フレーム単位で非常に緻密につくっている。
福部:この間、花田礼くんにそのあたりのことを質問攻めにしたんですよ。どうなってるの?と思って(笑)。それで彼がすごいなと思ったのは、あれだけ解像度高く緻密にアニメを使ったCMをつくっているのに、アニメが大好きというわけでもないところ。どっぷりそのカルチャーの人かと思っていたら、ある程度データとして見ているらしくて。この入力をすれば、この程度の出力があるんじゃないかというのが、日々スマホを見ている経験から蓄積されていると。これは菅野薫さんとは別のベクトルの、全く異なるデジタル時代のクリエイターが生まれたぞ、という感覚でしたね。
古川:たしかに菅野さんはデータを用いていますが、それは表現を追求するためのマテリアルで、これだと何秒目に離脱してしまうとか反応を予測するためではないと思います。振り返れば僕らの仕事は、表現の「質」を担保することだったんですよね。それによって、多くの人が反応してくれることの確率を高くする。それを「品質保証」とすれば、花田さんたちがやっていることは「反応保証」。データからある程度見込める反応とそれとのアイデアの連結の仕方が違う。受け手側の反応予測から表現が始まる感じですね。
福部:「反応保証」、まさに。24年10月に公開されたマクドナルドの「いまだけダブチ食べ美」というSNSプロモーションが象徴的でしたね。女の子のアニメキャラクターが歌って踊る縦型動画なんですが、僕は一見しても正直そこまでピンとこなかったんですよ。でもあれよあれよと話題になり、たくさんのファンアートが投稿されていて、明らかに効いていたんです。今後の広告クリエイティブは、どんどんそうした反応を担保する方向に向かっていくんでしょうね。
そうした状況の中、これまでのキャンペーンにおける力のかけ方が、たとえばテレビCMが8割、デジタルが2割ほどだったとすると、それは今後どんなバランスになっていくんでしょう。・・・この続きは、『ブレーン』本誌、もしくはデジタル版(ご購読が必要です)にてご覧いただけます。
▼このあとのトピックス
・「反応芸術」と「品質芸術」
・AカテとBカテは同じでちがう
・広告の距離の取り方
・クリエイティブはミケランジェロ?
・社会性と他者性
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広告再考2025
クリエイターと考える「効く」表現と手法
●フィルムとはなにか
その普遍的価値と新しいつくりかた
古川裕也、福部明浩
●いま、「よいCM」を
真正面から考える
明るいCM プランナーの会 2024→2025
福里真一(ワンスカイ)、大石タケシ(電通)、神田祐介(神田商事)、栗田雅俊(電通)
鈴木智也(博報堂)、山本友和(電通)、吉兼啓介(HAKUHODO CABIN)
ゲスト:有元沙矢香(電通)
●広告・制作会社22社のトップに聞く
2025年の方針と戦略
●向き合うべきは「自分とスマホ」
縦型動画の潮流を紐解く
明石ガクト、眞鍋海里