この本を読んで、とある言葉を思い出した。
「物買ってくる自分買ってくる」という陶芸家・河井寛次郎の言葉だ。
自分というものを作り上げる行為である買い物。貨幣の誕生以来人類が果てしなく繰り返すこの行為。その変化はつまり人間の変化、時代の変化を示す。この本には、買い物という行為の現在地を明らかにしようとする意欲が詰まっている。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』
宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
広告を打てば打つほどものが売れる時代があった(らしい)。今、広告を打つだけではものは売れないという(考えてみれば当たり前の)時代を私たちは生きている。広告代理店の使命は、クライアントと成長をともにすること。メディアが変わり、広告が変わろうとも、クライアントの成長に最も寄与するのはそのクライアントの商品が売れることであることは変わらない。ものを売るという永遠の命題。この命題に真剣に向き合う人たちが書いた本であることがわかる。今、顧客との幸福な関係をつくるためにできることは何か。険しい道を切り拓こうとするその最前線からのレポートなのだと思う。
自分の日々の買い物を振り返ると、書店を歩き回りながら気になる本を買っている。飲食店も街を歩きながら気になる店に入っている。自分は常にフィジカル偶発購買をしているのかと納得した。本の題名や装丁、店の名前や雰囲気、買う理由はさまざまだけれど、常に思いがけないものを買う。自分が何を求めているのかを知りたくて街に出るという感覚さえある。
ブランドはCB(企業ブランド)とUB(ユーザーブランド)に分けられるということ。スマートフォンで消費される情報は「パブリック情報」と「プライベート情報」に分けられるということ。この本に散りばめられたキーワードはどれも、世の中を見る解像度を高めてくれる。コピーライターにはない視点を得ることができる。広告は一つのパブリック情報であり、制作者はパブリック情報を作っていることの責任を含めて考えなければいけないと感じた。
こうした仕組みを考える人たちとコピーライターの幸福な協業を夢想する。メディアの価値を高め、企業の価値を高める人たち。偶然の出会いを緻密に設計する人たち。コピーは元々、一瞬で勝負をするという宿命を持っている。偶然目にした言葉を、忘れられない言葉にする。その野望を持っている。偶発購買デザインによって、言葉の目的がはっきりしたその時、コピーはもっと研ぎ澄まされるのではないか。
日々の何気ない買い物の裏側に、こんなにも真摯に考え続けている人がいる。そのことを感じるだけでも読む価値がある。買い物を考えることは人間を考えることでもある。この本を読みながら、自分について考えていた。人間について考えていた。今も考え続けている。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』
宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
電通内でデータマーケティングを専門とする戦略プランナーチームの研究成果をまとめた一冊。Search(検索)ではなくSurf(情報回遊)から始まる、情報回遊時代の購買行動モデルを「SEAMS®」として提唱。その背景やプランニングのポイント、顧客育成の方法論、偶発購買設計のためのフレームワークなどを紹介する。読者限定ダウンロード特典つき。