資生堂ジャパンの北原規稚子氏と、スポティファイジャパンの村上正大氏に、消費財マーケティングにおける音声活用の可能性や、音声メディアとリテールメディアを掛け合わせた新たな広告施策への期待について聞いた。
朝、メイク中の「耳の空き時間」に狙いを定める
――Spotifyの音声広告活用に至った背景について教えてください。
北原:「ファンデ美容液」と題したキャンペーンを2024年4月から実施しました。資生堂の市場創造マーケティングの第一弾と位置づけているもので、テレビCMやデジタル広告、屋外広告など様々なアプローチで展開しました。そのひとつにSpotifyによる音声広告がありました。
資生堂ジャパン 新価値創造マーケティング本部 本部長 北原規稚子 氏
「ファンデ美容液」とは、美容液でファンデーション成分を閉じ込めるという、資生堂の独自技術による新発想のベースメイクカテゴリーです。商品は、この技術を取り入れた「SHISEIDO エッセンス スキングロウ ファンデーション」(2023年9月発売)と「マキアージュ ドラマティックエッセンスリキッド」(2022年2月発売)。キャンペーンの効果もあって両商品を合わせた累計出荷総数は300万個を超え、過去最大の売上とシェアを誇っています 。
この新カテゴリーを、特に20代、30代のデジタルネイティブ世代に認知してもらい、購買につなげたいと考えていたときに、音声広告市場の急成長ぶりについて聞きました。
若年層は特に、24時間スマホを手離せない生活を送っています。そこで、化粧品とSpotifyが聴かれるモーメントとの相性の良さに着目しました。例えば、朝のメイク時間。目と手は忙しいけれど、「耳は空いている」というモーメントなので、音楽を聴きながら身支度をするという方は多いと思います。動画広告で視覚のシェアを奪い合うよりも、音声広告で耳のシェアを獲得する方が、競合が少なく効率的なのではと考えたのです。
また、デジタルの施策においてはCVやCPAなどの指標を追い求めがちになるなど、短期指標ばかりを重要視するからか、顧客とのエモーショナルなつながりを生むようなコミュニケーションが減少傾向にあるように感じます。データドリブンであることはもちろん重要ですが、いちマーケターとして、人々の心を動かす、人生や社会をより良くするようなマーケティングをしていきたい。そう考えたときに、人の心を動かす力がある“音楽”を通じてメッセージを届けることができる音声広告とSpotifyに大きな可能性を感じ、活用に至りました。
音楽だからこそのポジティブかつエモーショナルな広告体験
――キャンペーンを展開後、どのような成果がありましたか。
北原:楽曲タイプの音声広告を制作し、2024年6月末からSpotify上で配信しました。調査対象期間中1週間の配信期間にもかかわらず、2カ月間の調査期間における効果(媒体別のリーチ×購入意向で算出)は、テレビCMや動画広告を上回る結果となりました。テレビCMと比較すると、その効果は約2倍にも達しています。
Spotifyで配信した音声広告はこちらから聴くことができます。
高い成果につながった要因の一つは、歌詞に商品ベネフィットを明確に盛り込んだことで、リスナーの購買意欲を効果的に高められたことです。特に音楽を通じて得られる情報は、感情と強く結びつき、記憶に残りやすいという特性があります。ドライブ中によく聴いていた曲を耳にすると、海辺の情景や感情も鮮やかに蘇ってきますよね。今回の音声広告も同様に、「この商品いいな」という好意的な感情が音楽によって喚起され、購買意欲を長時間持続させる効果があったと考えています。
もう一つの要因は、ユーザーとの相性の良さです。動画広告は「早く次の動画が見たい」という気持ちで視聴されがちですが、音楽ストリーミングサービスではお気に入りの楽曲を聴いて気持ちが高まっている状態で楽曲間に広告が流れてくるので、トンマナを意識した音声広告に関しては自然と耳に入ってくるために好意的に受け入れられやすい土壌があるのだと考えています。
加えて、今回のキャンペーンでは「話題化」も意識しました。活動的な朝の時間に合わせたアップテンポな楽曲と、耳に残る歌詞が功を奏し、X上では「資生堂の音楽、一度聞いたら忘れられない」「おしゃれ」といった好意的なコメントが多数寄せられました。
――Spotifyの村上さんはオーディオ広告の強みをどう捉えていますか。
村上:特に若い世代は、動画プラットフォームの視覚情報過多な状況にストレスを感じているといわれています。直近発表したCulture NextというSpotifyのZ世代に関する年次調査では、74%の日本のZ世代が「Spotifyはドゥームスクローリング(インターネットでネガティブな情報を延々と追ってしまう行為)に対する究極の解毒剤だ」と回答しています。
Spotifyのような音楽中心のプラットフォームは、ユーザーにとってポジティブな感情や思い出と結びついた、心を安らげるために利用する場になっています。また、Spotifyユーザーは広告に対してもポジティブな印象を持っているというデータもあります。今回のキャンペーンでも、音楽の持つポジティブな力とSpotifyの強みをうまく活用いただけた事例だったと感じています。
スポティファイジャパン クライアントパートナー 村上正大 氏
――クリエイティブ面でこだわった点は?
北原:化粧品は薬機法の制約があり、映像やグラフィックならば注釈をつければ可能な表現が、音声ではできません。企画から楽曲完成までタイトなスケジュールだったため、提案を待つのではなく自ら作詞に挑戦しました。30秒という限られた時間の中でコンセプトを想起してもらえるように、同じフレーズを繰り返し入れるよう意識しました。
楽曲は制作会社に依頼したのですが、「彩る美容液、メイクする一瞬一瞬が未来の美しさを育む」というコンセプトを表現するため、「MISIAさんが歌うラブソングのような世界観で表現したい」と楽曲の方向性を伝えました。その意向に沿うようジャズ調のコード進行を取り入れるなど、音楽的な遊び心も加えています。
朝のメイク時間というモーメントを意識し、テンポにもこだわりました。資生堂らしさを意識したわけではありませんが、「洗練されたメロディーが資生堂らしい」といった反響をいただいたことは、嬉しい驚きでした。
村上:クライアントがここまで深く制作に関わられるケースは珍しいと思います。楽曲のメロディーラインやリズム感など、細部までこだわって制作されたことが、高い広告効果につながったのではないかと考えています。
特に印象的だったのが、「音楽は理詰めで感情を動かせる」と北原さんがおっしゃっていたことです。音楽への造詣が深い北原さんならではのアプローチではあると思いますが、Spotifyのクリエイティブチームも、音声広告制作の際、使用する楽曲、メロディー、効果音など、音がもたらす効果とその影響を強く意識しながらCMを制作しています。
聴き手に情景を想像させることでメッセージを届ける音声広告だからこそ、より感情を動かすための音の設計を考えることは非常に重要です。
デジタル音声×リテールメディアの相性は抜群
――10月には、Spotifyに加えて、ドラッグストアチェーンの店頭でも音声広告を展開していますね。
北原:Spotifyなどの音声広告でリーチした方に対し、店頭でリマインドすることで、OMO戦略を実現したいと考えました。店頭においても、お客様は商品を手に取ったり、他の情報に気を取られたりと、目と手が忙しい状態。そこに音声広告を流すことで、効果的なリマインドになると考えました。
音声メディアとリテールメディアの相性は抜群だと考えています。現状、店頭ではBGMとして歌詞のない音楽や販促アナウンスが流れていることが多いですが、そこに印象的な音声広告を挟むことで、顧客の注意を惹きつけ、ブランド想起につなげられる。実際に店頭に足を運んでこの広告を聞くと「何だろう?」と耳を傾けたくなりましたし、一度Spotifyで聴いたことのある人なら「あの広告だ!」とすぐに気づくはず。売り上げも好調に推移しており、一定の効果があったと実感しています。
村上:店頭では、限られたスペースの中で各社がPOPなどで工夫を凝らしていますが、視覚的な情報だけでは伝えきれないブランドパーソナリティを、音ならば表現できます。購買意欲を高めるだけでなく、ブランドの世界観を伝えられるという意味でも、リテールメディアと音声広告を組み合わせたアプローチの可能性を我々も感じていますし、北原さんをはじめ、さまざまな広告主様からもご期待をいただいています。すでに技術的に連携ができているリテールメディアもあるので、実際のキャンペーンにてご活用いただき、成果につなげていければと考えています。
――今後の展望についてお聞かせください。
北原:音声広告はもっと評価されていいと思います。今回の成功事例を社内にも共有し、他のブランドでもそれぞれの個性に合った楽曲型音声広告 の活用を検討していきたいです。
村上:Spotify広告は、単なる音声広告ではなく、日中のスクリーンを見ない時間を含めたユーザーの生活モーメントを捉え、その聴取態度から、オーディエンスとのポジティブなつながりを築くための手段です。
単体での効果はもちろん、昨年あるキャンペーンで実施したYouTube動画広告とのクロスメディア調査では、好意・利用意向・推奨意向においてYouTube広告とSpotify音声広告の重複認知者のアップリフトが20ポイント以上高い結果となり、キャンペーン全体の広告効果促進につながることもわかっています。この強みを活かし、様々な企業様のマーケティング活動を支援していきたいと考えています。