言葉や感情のベクトルを決めることから始める
三島:同じくearth music&ecologyで言えば、「共感と反感は、仲間である。」も、どうしたらこういうのが書けるんだろうというコピーの一つです。書けるものなら、これは自分が書きたかったコピーです。
共感と反感は、
仲間である。
共感されすぎて、反感かったり。
反感かいすぎて、共感されたり。
全員共感という奇跡という嘘。
みんないいって言ってるよ。
そのみんなって誰?
みんなダメって言ってるよ。
そのみんなって誰?
きみのこと、
百パーセント共感できないから好き。
共感をかぞえるな。
反感をかぞえるな。
やばい。共感あつめすぎ?
共感があるとこには、反感もある。
反感があるとこには、共感もある。
どっちもないとこには、なんにもないよ。
ぼくらは単純じゃない。
けど複雑でもない。
あした、なに着て生きていく?
(ストライプインターナショナル/earth music&ecology/2021年)
児島:ブランドのシーズンごとのコピーは、いつも一つテーマを決めて、複数の展開コピーを書いています。そのテーマは「共感」「愛」「欲望」という単なる言葉だけでなく、その言葉や感情のベクトルを決めていました。ベクトルとは自分なりの視点です。オリジナルな発想で、たとえば「愛を語る」「欲望を語る」ということを意識していました。このときのシーズンコピーのベクトルは共感と反感で、この時代ならではの視点で語ることにしました。
このコピーで言いたかったことは、「共感と反感は表裏一体」ということ。それは、今の社会を見ていて思うことでもあるんです。たとえばSNSでみんなが「いいよね」って盛り上がっている話題に、どこかの天邪鬼が「でもさ」と途中から叩き始めることがあるじゃないですか。まさに共感と反感というのは表裏一体にあるもので、ある意味、仲間でもある。
世の中にはそうやって炎上した結果、ものすごく傷ついた子がたくさんいます。この広告を出稿した頃は自殺問題も深刻化していたし、そういう人たちに向けて「共感と反感は表裏だよ。割といい加減だよ。そこに一喜一憂しないで」と言いたかった。表立って、そのようには言わないけれど、裏側ではそっとそういう気持ちで書いていました。
三島:そういう時代感覚の捉え方が、児島さんならではですね。そのときのテーマと気持ちがしっかりと結びついている。ご自分の中に、そういうストックがあるんですか。
児島:いや、ないですね。あえてストックしているわけではないけれど、毎日の生活の中でSNSなどを見てそうだよなと思ったことが、自分の中にあるからだと思います。
三島:シーズンコピーでは「愛さないと、愛は、減る。」というものもあります。
愛さないと、
愛は、減る。
もしも愛犬への、愛が減ったらどうしよう。
もしも猫ちゃんへの、愛が減ったらどうしよう。
もしも仕事への、愛が減ったらどうしよう。
もしも親友への、愛が減ったらどうしよう。
もしも弱いものへの、愛が減ったらどうしよう。
もしも自分への、愛が減ったらどうしよう。
もしもニッポンへの、愛が減ったらどうしよう。
もしも世界への、愛が減ったらどうしよう。
愛そう。
愛はもともと、
無かったものだから。
あした、なに着て生きていく?
(ストライプインターナショナル/earth music&ecology/2016年)
児島:私自身が「愛は希薄」なものと思っているんです。こちらから能動的に愛さないと、自分の愛はどんどん減っていく。そういう寂しい感覚は、友人や家族など、さらには世界に対しても自分が持っているものです。
でも、能動的に「会おう」「ご飯食べに行こう」と言っていくと、またそこで楽しい時間ができて、絆が深まったりする。そういうことを伝えたかったんですね、このコピーは。
三島:最後にある「愛はもともと、無かったものだから。」というコピーも、すごい発見だと思いました。
児島:みんな「愛は日常にある」という幻想を持っているから、傷ついたら自分を否定したりしちゃうんです。「そこに、愛はあるんか。」じゃないけど、愛というものは能動的に関わりを持つことで生まれてくるものでしょう。私は「何もやらなかったら誰にも愛されないよ」という切り口でしか、自分に嘘をつかずに書けないから、こういうコピーになっているんです。おそらくもっと愛にあふれた人だったら、全然違うコピーを書いているでしょうね。
シーズンコピーでは「欲望」をテーマにしたこともあって、「小さな欲望を、たいせつに。」というコピーを書きました。欲望という言葉はギトギトしているからコピーで使うにはしんどいのですが、欲望ってすごく大事なものだと思うんです。欲望があるから前向きに行動的になる。だから、たとえ小さな欲望でもいいから、それを大事に生きていったら自分も前進する、みたいなことでベクトルをつくってコピーを考えました。ギトギトしている感じがする「欲望」という言葉に「小さな」とつけることで、肯定しているコピーですね。
小さな欲望を、
たいせつに。
大きな欲望でなくていい。
小さな欲望で生きていく。
去年よりは、可愛くなりたい。
誰かに5ミリ、嫉妬されたい。
2、3の件を、認められたい。
欲望は、言葉に支えられている。
なりたいを、言葉にしよう目覚めよう。
欲望は、女の子の生きるエンジン。
欲望がなければ、努力もないのだし。
風に揺れるコスモスみたいな
けなげな欲望に、そっと火をつけろ
それは前向き、それはポジ。
あした、なに着て生きていく?
(ストライプインターナショナル/earth music&ecology/2013年)
エシカルやSDGsを自分の言葉で考え直す
三島:earth music&ecologyでは「服という商品は。」というコピーもありますね。
服という商品は。
服という商品は、あなたを幸せにしているか?
服という商品は、誰かを不幸せにしていないか?
服という商品は、人の権利を大切にしているか?
服という商品は、動物の生を大切にしているか?
服という商品は、資源をムダにしていないか?
服という商品は、人々の多様性を見ているか?
服という商品は、働きがいを生み出しているか?
服という商品は、地域を元気にしているか?
服という商品は、世界の貧困とどう関わるか?
服という商品は、テクノロジーとどう組むか?
服という商品は、どこへ向かっていけるのか?
服という商品は、世界をよりよくできるのか?
20年目のearthは、できると信じて動きます。
(ストライプインターナショナル/earth music&ecology/2019年)
児島:5、6年前、エシカルやSDGsといった言葉が広がりつつありました。それを見たとき、コピーライターとして、これは要注意だと思ったんです。そういう言葉を使うと、自分の言葉じゃなくて、きれいごとや優等生的な言葉になってしまうから。だからこそ、エシカルやSDGsを自分の言葉で考え直して書きたいと思っていました。もちろんブランドとしてもそういうアクションを起こしていたけれど、自動車メーカーみたいに大きな声で言うほどのものではない。でも、世の中には言いたい。どうすればいいかなと思って発明したのが、「服という商品は。」でした。
「服という商品は。」はキャッチコピーだけど、これ自体がもうメッセージになっています。
子供時代、遠足の前夜にお母さんが買ってきた生地でワンピースを縫ってくれた思い出があるんです。同じ洋服でも、そういう手作りの服だったら何も問題にならないけれど、大量生産で商品になることでいろんな問題が生まれてくる。それは服だけじゃなくて、「なんでもかんでも商品になることで問題が生まれてくる部分ってあるよね」ということから生まれたコピーです。
三島:この「商品」という単語そのものに強さがありますね。ファッションの広告で、「商品」という言葉がコピーに用いられたことはほとんどなかったように思います。
児島:そうなんです。「服という商品は。」は主語だけのキャッチですが、実はここにメッセージを入れました。服が商品になることで生まれる問題の提示です。だから、このコピーは「服という商品は。」で始まる最初の2行でもう完成されているとも言えます。「服という商品は、あなたを幸せにしているか? 服という商品は、誰かを不幸せにしていないか?」までが言いたいこと。その下に続くコピーでは、幸せと不幸せの可能性を書いています。
三島:イメージではなく商品と向き合うというブランドの覚悟がありますよね。「服はやっぱり商品であり、 だからこそやらなきゃいけないことがあるんだ」という潔さを感じます。
児島:そういうのを発見、発明するのも、コピーの楽しさですね。「〇〇は何とかである」とコピーっぽく書くのではなく、消費者にパンッと主語だけを投げ出すことで十分にキャッチコピーの役目を果たすという実験。そういうのはやはり面白い。実際にはなかなかうまくいかないことも多いけれど、もっと開発したいなと思いますね。
ただ、こういうリフレインコピーは、取り扱い注意です。言葉を繰り返すコピーはつくりやすいし、見栄えもいい。読む人も読みやすいけれど、つまらなくなりやすい。内容がどんどん深まっていくものでなければ、リフレインを使ってはいけないなと思っています。
(第2回に続く)
『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』
三島邦彦著
定価:2200円(税込み)