『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。今回は、名城大学 経営学部教授の山岡隆志氏が『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』を紹介します。
「セレンディピティ」は顧客満足を高める
これまで、「AIDMA」や「AISAS」などの計画購買をモデル化したフレームワークは、認知から購買に至るプロセスを説明するものだったので、広告会社や企業の宣伝部門にとって都合のよいツールであった。TVCMを起点としたマスマーケティング全盛期には、これらのモデルは効果を発揮していた。インターネットの普及に伴い、「AISAS」と呼ばれるモデルが登場したが、認知手段がTVCMからインターネット広告へ移行したに過ぎず、計画購買モデルは有効であった。
しかし、ソーシャルメディアが深く浸透した現代では状況が一変している。本書は、この新しい時代に対応する偶発購買モデル「SEAMS」を提唱している。このモデルは、回遊(Surf)から始まり、遭遇(Encounter)、受容(Accept)へと進む購買プロセスを描いている。例えば、特に目的もなくSNSを回遊している際に、偶然目にした製品が信頼できる人の推しであると知れば、比較検討せずに購買に至る流れだ。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』
宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
こうした偶発的な出会いがもたらす「セレンディピティ」の感情が顧客満足を高めることが、最近の研究で明らかになっている (Kim et al., 2021)。これまでは、製品の魅力を訴求するコミュニケーションが主流だったが、今後は消費者に偶然の出会いやワクワク感を提供するようなキャンペーンが重要になるだろう。
消費者を中心に据えたアプローチへ
さらに、本書は情報環境の変化についても詳述している。計画購買が中心だった時代には、安心感を提供する「パブリック情報」が主流だったが、偶発購買が増える現在では、偏りや中毒性の強い「プライベート情報」が消費者の意思決定に大きく影響している。特に10代・20代の女性の間では「オタク化」が進んでおり、半数以上がオタクを自認しているという。
この現象から、Siebert et al. (2020) が示した「スティッキー・ジャーニー・モデル」が有効と感じた。全ての消費者を「オタク的視点」で捉え、顧客に予測不可能で刺激的な体験を提供し、「関与スパイラル」を形成することで顧客を引き込むマーケティング戦略が考えられる。本書を読むと、現代に即したマーケティング発想のヒントが得られる。
また、コミュニティ内の世論形成メカニズムも興味深い分析が展開されている。作為的に好ましい情報だけ受信し、刺激的な意見に流される現象などが挙げられ、正しい情報を届ける難しさや、それに伴う社会問題も浮き彫りにしている。このような偏った情報環境にある消費者に対し、正確な情報を提供し、ブランド価値を高めるには工夫が求められる。しかし、この環境を前向きに捉えると、企業や製品を中心とする発想ではなく、消費者を中心に据えたアプローチを採用することで、以前より消費者に伝わりやすい環境が整っているとも考えられる。自社の製品に固執せず、消費者にとっての最良を志向するマーケティングがさらに効果を発揮する時代になってきたことを改めて認識する機会となった。
Kim, A., Affonso, F. M., Laran, J., & Durante, K. M. (2021). Serendipity: Chance Encounters in the Marketplace Enhance Consumer Satisfaction. Journal of Marketing, 85(4), 141-157.
Siebert, A., Gopaldas, A., Lindridge, A., & Simões, C. (2020). Customer Experience Journeys: Loyalty Loops Versus Involvement Spirals. Journal of Marketing, 84(4), 45-66.
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』
宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
電通内でデータマーケティングを専門とする戦略プランナーチームの研究成果をまとめた一冊。Search(検索)ではなくSurf(情報回遊)から始まる、情報回遊時代の購買行動モデルを「SEAMS®」として提唱。その背景やプランニングのポイント、顧客育成の方法論、偶発購買設計のためのフレームワークなどを紹介する。読者限定ダウンロード特典つき。