後に30万部になる涙
その日、僕は目黒のカフェである方と企画の打ち合わせをしていました。しかし、わざわざ遠方から出向いていただいたのにも関わらず、お話を聴きながら「これは難しいかな……」と感じていました。というのも、お仕事の実績は十分で、知識やノウハウも素晴らしいものをお持ちなのですが、「なぜその仕事をしているのか」という彼の「核」が見えなかったからです。
その方は漢方薬剤師として、不妊に悩むたくさんの女性を救ってこられた方です。しかし、「なぜその仕事をしているのか」という核の部分が、よく見えてこなかったのです。
僕は本のプロデュースをする時に、その著者のパーソナリティをとても大切にします。特に「なぜその仕事をしているのか」は本にとって重要な意味を持つことが多いです。
「ここが見えないまま本づくりはできないな」と思った僕は、正直にそのことを伝えました。「そうですか」と残念そうにおっしゃった後、「ちょっとトイレに」と一度席を外されました。そして戻ってきた彼は、意を決した表情でこう告げました。
「実は、僕は、ゲイなんです。ゲイだから、子供が欲しくても、できない方の気持ちが、良く分かります。結婚したら子供を産んで当たり前、1人産んだら2人目を産むのが当たり前、そういった世間の『当たり前という偏見』に苦しむ方の気持ちに寄り添うことができます。僕も、男に生まれたら、女性を好きになって当たり前、という偏見の中で苦しんできたからよく分かるんです。だから僕はこの仕事をしています」
腹をくくった人間特有の、静かで、それでいて力強い話し方でした。
「でもゲイであることは、家族と一部の友人を除き、誰にも話していません。初対面の方に話すのもこれが初めてです。西浦さんがおっしゃった『この仕事をしている理由が見えない』というのは当然で、なぜならその核の部分には触れずにお話していたからです。その理由がすごく大事だという西浦さんのお考えもすごく分かります。本当にその通りだろうなと思います。でも僕は、自分がゲイであるということを、本というパブリックなものの中に書くことはできません。だから、僕には出版は無理です」
そうおっしゃった後、僕はなぜか泣いていました。自分でもなぜ泣いているのか不思議でしたが、いろんな感情が混ざった複雑な涙でした。
「彼がこの仕事をする理由」が、スッキリわかった気持ち良さ。
「きっといい本になる!」という期待感。
でも、このことを本には書けない、という著者の意向と「そりゃそうだ」という納得感。
そして何より、この人はどれだけの思いで、不妊に悩む人ひとりひとりと向き合ってきたんだろうか?といったことが本当に一瞬で同時に浮かんできて、僕の感情は大混線してしまいました。その結果の涙なんじゃないかと考えています。
まさか著者とのMTGで涙するなんて思わず、ハンカチも持ってなかったものですから、カフェの紙ナプキンで目元を押さえ「よくわかりました、それは確かに仕方ないですよね。話してくれてありがとうございました」と言ってその場は別れました。
しかし、帰宅してからも、ずっとそのことが頭の中をぐるぐる回っていました。「あの人だからこそ書ける本がある」「あの人の言葉だからこそ、救われる読者がいる」という確信と「だからといって本のために、ゲイであることを公表しろというのは、人としてお願いしていいことじゃない」という倫理観の間でいったりきたり。
さんざん悩んだ末、「今を逃したら、彼は二度と本を書かないかもしれない。彼の本が世に出ないのは、出版業界の、いや、日本の損失に違いない。それを止められるのは、今、この世で自分しかいないのではないか?」と使命感に駆られ、メールを送りました。
「あなたにしか書けない本がある、あなたの言葉だから救われる人がいる。そう思います。あなたのような人こそ本を書くべきです」
僕の中の、素直な思いでした。
その後、「このタイミングで西浦さんと逢ったのも、何かのきっかけかもしれないと感じました」とおっしゃっていただき「一緒に本を作ろう」ということになりました。
これが後に単行本で約30万部、シリーズ45万部を超えた『血流がすべて解決する』という本が生まれた瞬間です。
出版プロデューサーはただ、出版したい人の企画を立てて、本にする仕事ではないと考えています。その人が人生をかけて磨いてきたもの、大事にしてきたことを預かって、自分でなければ生まれなかった本にする仕事です。そういった本が読者と著者の人生をほんの少しだけ良いものにしてくれるのだと思います。
最後までご覧いただき誠にありがとうございました。
次回は「プロの編集者と、一緒に本づくりをしていくうえで大切なこと」について書いていきます。
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