本コラムでは、インドの都市プネーで開催された二つの広報・PR関連の国際イベント、「PRAXIS 2024(プラクシス2024)」と「IPRN AGM 2024」へ、筆者が現地参加した際に得た知見や抱いた所見を読者のみなさまにお届けします。一昨年、プエルトリコの首都サンファンで実施されたイベントを元にした同シリーズは、こちらです 。
筆者は、コミュニケーション・広報のコンサルティング会社Key Message International(KMI)の代表取締役をしています。これまで国内/外資のファームなどで積んだ、デジタル・グローバルな広報・PR経験をふまえながら、グローバルPR市場からの知見や課題を独自の視点からお伝えします。
連載6回目の今回は、グローバルな視野で広報・PRに関する現状や、今後の展望について占ってみます。
生成AI活用はまだまだ進む、ただし水面下で
受賞メンバーも含めたIPRN参加者一同(IPRN提供)
一昨年、プエルトリコで開催されたIPRN AGM 2023で発表された事例を報告した際は、2024年は「生成AIをアシスタントにした人間中心のPR活動がグローバルで活発化」すると予想しました。
しかしながら、インド開催のIPRN AGM 2024で発表された事例を見渡すかぎり、AI活用をうたった事例には出会いませんでした。これには意外で、授賞式の前にロドリゴ・ヴィアナ・デ・フレイタスIPRN代表へ、その驚きを伝えたほどです。彼も「確かに」と認め、来年からは「AI活用」部門をつくる必要がありそうなどと、ともに議論をしました。
ただ筆者は、発表では「明示的な」AI活用をうたっていないだけではないか、と思います。つまり、「水面下では」活用している部分(翻訳、要約、文書作成など)があると考える方が、市場動向に照らして妥当なのではないでしょうか?
たしかに生成AIの活用には利便性だけでなく、正確さや倫理面で問題もあることが知られています。日進月歩のアップデートが続いている特定の生成AIを大々的に活用するような業務の枠組み自体が、クライアントや社会の目には、必ずしも良くは映らないというのは、理解できるところではないでしょうか?ここは引き続き、取材を続けてみたいと思います。
ですから筆者は2025年も、生成AIをアシスタントにした人間中心のPR活動は普及していくと予想します。ただ、生成AIの能力がグローバル社会にとって望ましい基準を満たすと認知されるまでは、「水面下で」との条件付きです。IPRN AGM 2025では、生成AIをアシスタントに付けることがクライアント、エージェント、そして社会にとっても、絶妙な枠組みのプロジェクトに出会うことを期待しています。以前お伝えしたように、言語、文化、デジタルの融合が得意なインドは、そのようなプロジェクトを輩出していく第一候補だと思います。
不都合なナラティブを塗り替える、カウンターナラティブ戦略
IPRNアワード部門別トロフィー(IPRN提供)
今回は諸事情でご紹介できなかったものの、IPRN AGM 2024で発表されて、メディアリレーションズとキャンペーンの二部門でトロフィーを勝ち取った案件がありました。
とあるEコマース企業のプロモーション案件ですが、特徴は、その企業が受賞メンバーの国内では敵対的な外資にあたり、業界破壊的であったことです。当然、その企業を取り巻くナラティブはネガティブなものが多い状況下で、受賞メンバーらはそれらの不都合なナラティブを塗り替えるような、カウンターナラティブ戦略を展開しました。
カウンターナラティブとは、要は「言い換え」です。フレーズ単位ではなく、ナラティブ(語り手がはっきりしたストーリー)単位ですから、より正確に言えば「語り換え」です。
担当者へ取材したところ、カウンターナラティブ戦略には4つの方針があったとのことです。
1.すべてのネガティブなナラティブに対してポジティブなナラティブをつくること、
2.不正確なナラティブは訂正ないし排除すること、
3.外部者と感じられないように企業の人間味を強調する(英語ではhumanize)こと、
4.監視すべき企業では、人々がその企業の「正しい面」を監視するようにすること、
以上の4つです。
発表の際は、どのようなナラティブがあって、それに対してどのような「語り換え」をするのかをまとめたリストや、テキストだけでなく画像や動画での情報発信で人間味を醸す工夫をした例などが共有されました。
ナラティブが大事という意見は昨今、いろんな有識者が強調していることで、個人的にもユヴァル・ノア・ハラリ氏の著作に影響を受けて、注目している考え方です。ただ一方で、ナラティブ操作の危険性も語られているのが今日の状況ではないでしょうか?
人の記憶や印象がナラティブ単位で操作できる危険性を認識しつつ、社会的公正、公平性などを重んじる「正しい面」にフォーカスした語りをテコにしたPR活動は、2025年も大いに効果的だと思います。ここで生成AIの力を借りるのが、正攻法なのかもしれません。
広報は人を幸せにするのか?ウェルビーイングの向上がますます重要に
最後に、これは予想かつ期待なのですが、2025年に注目したいのは「広報は人を幸せにするのか?」との問いです。
広報・PRは、組織とそのステークホルダーとの信頼関係を築き、理解を深める役割を担っているわけですが、近年、広報・PRの役割が組織の評判や利益に限らず、個人やコミュニティのウェルビーイングにも影響を与えることが注目されています。ウェルビーイング(well-being)という状態は、個人の生活の質や幸福感、精神的および身体的健康を向上させることで実現します。
特にコロナ禍以降、ウェルビーイングへの注目はグローバルレベルで顕著です。2024年6月にスロベニアで実施された広報・PR関係者向けイベント、BledCom 2024のテーマは、「広報とウェルビーイング(Public Relations and Human Well-being)でした。
ウェルビーイングに関する理論にはさまざまなものがありますが、広報・PRの役割を考える上では、マーティン・セリグマンのPERMA理論が参考になります。セリグマン氏は、ウェルビーイングがポジティブ感情(Positive Emotion)、没頭(Engagement)、人間関係(Relationships)、意味(Meaning)、達成感(Accomplishment)の5つの要素から成り立つと提唱しています。これらの頭文字を足すとPERMAです。広報は、この中でも特に「人間関係」や「意味」を育む役割を担っており、組織とステークホルダーとの関係性を強化することで、ウェルビーイングを高めることが期待できます。
PERMA理論と広報活動との関連性(画像は筆者作成)
おわりに:インドの次はポルトガルへ
超大国による分断や脅しが世界を揺らし、新旧の武力紛争や戦争が緊迫する今日、大国インドもBRICsの一角として、国内外でのコミュニケーションのあり方を模索しています。SNSの主要なプラットフォーマーはその流れに抗うよりも、長いものに巻かれる姿勢が顕著な2025年その年頭に思うことは、広報・PR活動が、情報の発信者と受信者の双方にとって、ウェルビーイング向上につながるのかどうかです。
AIの活用やナラティブでの工夫だけでなく、広報・PRによってウェルビーイング向上を実現していくことが、2025年、本当の意味で広報・PR活動の価値向上につながるのではないでしょうか?
さて、インドからの報告は今回が最後ですが、IPRN AGM 2025はポルトガル第二の都市、ポルトで6月に開催されることが決まっています。IPRN代表の本拠地であるポルト開催のAGMでは、現在の欧州PR市場をうかがい得る事例が多く発表されることでしょう。ぜひ引き続き、次回のコラムにもご期待ください!
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ポルトの街並み(著作権フリー素材から引用)