業界・会社規模・ビジネスモデル・働き方の掛け合わせを考えながら、理想のキャリアパスを模索していきたい(谷口愛美さん)

広報、マーケティングなどコミュニケーションビジネスの世界には多様な「専門の仕事」があります。人事異動も多い日本企業の場合、専門職としてのキャリアを積もうとした場合、自分なりのキャリアプランも必要とされます。現在、企業のなかで広報職として活躍する人たちは、どのように自分のキャリアプランを考えていたのでしょうか。横のつながりも多い広報の世界。本コラムではリレー形式で、「広報の仕事とキャリア」をテーマにバトンをつないでいただきます。アスエネの伊集 理予さんからの紹介で今回登場するのは、AIメディカルサービスの谷口愛美さんです。

avatar

谷口愛美氏

AIメディカルサービス
経営戦略部門 パブリックリレーションズグループ マネージャー

新卒でビジネス法務分野を専門とする法律事務所に入社。弁護士秘書を経験後、FinTechスタートアップのOrigamiで役員秘書を経験。2020年4月から、総合ECサイト運営会社で広報を担当。2022年4月からAIメディカルサービスに入社、現職。

AI医療機器業界の未来を拓く広報を目指して

Q1:現在の仕事の内容とは?

私は、内視鏡画像診断支援AIを研究開発する株式会社AIメディカルサービスで広報を担当しています。当社は、「世界の患者を救う」というミッションを掲げる医療AIスタートアップです。ディープラーニング技術を活用して早期胃がんや胃炎、胃の正常粘膜など大量の症例を学習させたAIが、内視鏡検査(胃カメラ)中に医師の診断をサポートするという技術を研究開発しています。

当社が解決しようとしている社会課題は胃・大腸・食道などの消化管関連のがんです。世界的にみて消化管関連のがんで亡くなってしまう人は全がんの中でも最も多く、特に日本人は胃がんや大腸がんの死亡者数が非常に多いです。その一因となっているのが早期におけるがんの見逃しであり、例えば早期の胃がんは約2割程度が見逃されてしまっているという報告があります。

早期胃がんを見つけることは経験のある医師にとっても難しく、人の目で診る検査のためその質も医師の経験に依ってしまいます。また、地域によっては内視鏡専門医の数が不足しているという課題もあります。これらの社会課題を解決するために、大量の症例を学習させたAIと医師がともに内視鏡検査を行うことでがんの見逃しを減らし、内視鏡検査の質を均一にしたい、そんな思いで日々広報業務に取り組んでいます。

AI医療機器の社会実装はまだ始まったばかりで、多くの医療機関では導入が進んでいないのが現状です。そのため広報活動では、自社の技術・製品の発信にとどまらず、他社事例も含めた幅広い診療科における医療AIの活用事例や、業界全体の社会実装に向けた課題についても発信するよう意識しています。

また、AI医療機器を開発するスタートアップ企業で構成する業界団体「AI医療機器協議会」の事務局兼広報も務めており、政策提言や社会啓発にも取り組んでいます。

Q2:これまでの職歴は?

新卒でビジネス法分野を中心に扱う法律事務所の秘書を経験した後、「Origami Pay」という決済サービスを展開していたFinTechスタートアップのOrigamiで役員秘書を務めました。もともと人前に立つよりも、身近な人の役に立つことでやりがいを感じるタイプだったため、秘書業務は自分に合っていると感じていました。

法律事務所からスタートアップ企業への転職は、会社の雰囲気・働き方・スピード感など何もかもが全く異なる環境で毎日が新鮮な驚きにあふれていました。Origamiに在籍していた期間は短かったですが、あまりに濃い日々で、スタートアップ業界に強い興味を持つきっかけとなりました。私の人生にとっては間違いなく大きな分岐点になったと言えます。

一方で、世の中が加速度的に変革していく中、自分のキャリアを見つめ直してジョブチェンジを決意しました。このときはオープンポジションや未経験でも応募可能な会社を探し、2020年4月から総合ECサイト運営会社に広報として入社し、2年間基礎を学ばせていただきました。ただ、Origamiが買収されたときに、胸に残った不完全燃焼な情熱と、より社会貢献性の高い事業に携わりたいという気持ちから再度転職を決意しました。

Q3:転職や社内異動などに際して、強く意識したこととは?

転職活動では、①社会貢献度の高い事業か②自身の成長につながる環境かの2点を重視しました。

②については、一人目の広報担当として採用してくださる会社を探しました。ジョブチェンジをした身として広報の先輩方と比べて、キャリア形成で大きく遅れをとっていたので、広報の経験が浅い分、チャレンジングな環境で成長を加速させる必要があると考えました。

そして出会ったのがAIメディカルサービスでした。一人目の広報担当ポジションで、「世界の患者を救う」という大きなミッションにも共感し、すぐに応募を決めました。人生100年時代において「がん」は切り離せない重要な課題であり、事業としての成長可能性も感じました。

実際に入社してみて、「AI×医療機器」という事業は自分が想像していたよりもはるかに難しい分野だと気づくのに時間はかかりませんでした。医療・ヘルスケア業界は規制産業であり、薬機法や広告規制の範囲内での正しい情報発信が求められます。専門的な知識やスキルを身につけるため、入社後は必死で勉強し、入社3年目になる今でもインプットの時間は意識的に取るようにしています。

医療においては専門用語も多く、一般の方向けにわかりやすい表現を使いたいという目線と、一方で薬機法・広告規制上、使用できる表現の範囲との板挟みもあり、言いたいことが言えないジレンマは業界特有かもしれません。情報発信の際には、社内の薬事担当やセールス・マーケティング担当との綿密なコミュニケーションが医療広報においては最も重要なことのひとつだと思います。慎重さは忘れず、スタートアップの強みであるスピード感も出せるように、日々試行錯誤しています。

Q4:国内において広報としてのキャリア形成で悩みとなることは何?

広報を2社で経験してみて感じたことは、「広報」と一言で言っても、所属する会社によって仕事の内容も大きく変わるということです。基礎となる考え方は同じでも、やることがあまりに違うのでキャリアの純粋な積み上げが難しいです。

情報があふれる現代では、広報活動の手段も多様化しています。私のようにジョブチェンジや社内異動で広報職に就く方も比較的多い職種だと思いますが、手法が多様だからこそ、過去の経験がなにかと役に立つことも多いです。特にひとり広報担当が多いスタートアップ業界では、スキルの掛け算で自身の市場価値を高めることもできると思います。

私の場合、多様なステークホルダーと向き合うための調整力は秘書時代に基礎を身につけていたこと、法律事務所での経験から、薬機法や広告規制のガイドラインを読むこと自体がそこまでストレスにならなかったことなど、振り返ってみると無駄な経験はひとつもなかったなと思えるようになりました。

ただ、「もっと勉強しないと」「こんなスキルも身につけないと」という焦りが常に頭にあり、スキルや知識の勉強を続けても終わりがないと感じること、移り変わりの激しい世の中の動きやトレンドのキャッチアップを続けることの忙しなさと果てしなさには時に頭を抱えることもあります。AIや医療分野は日々進化しており、新しい研究や規制の変更も頻繁にあります。海外の動向も押さえる必要があるため、英語論文を読んだり、海外のニュースをチェックすることも重要です。そのため「勉強し続けなければ」というプレッシャーを常に感じています。

そんな中、広報職に就いてから5年ほど経ち、やっと少しずつこの先のキャリアの方向性を考え始めました。しかし、他の業種に比べて広報の人材は多いとは言えないので、自分にとってキャリア形成のロールモデルとなる理想の働き方を見つけることに苦戦しています。とはいえ、広報という仕事の幅広さは、選択肢が多いことの裏返しでもあります。業界・会社規模・ビジネスモデル・働き方の掛け合わせを考えながら、理想のキャリアパスを模索していきたいと思います。

Q5:広報職の経験を活かして、今後チャレンジしたいことは?

今後も企業の枠を超えて、同じ領域で社会貢献を目指す仲間たちと協力しながら社会に発信をしていく活動を強化していきたいです。

AIはすでに私たちの生活に欠かせない存在です。AIのない時代にはもう戻れません。
ただ規制産業におけるAIの利活用は少しタイムラグがあるものです。AIは医師の仕事を奪うものではなく、医師とAIが協力することで、医療はより良いものになっていくと確信しています。AI医療機器は医療安全の向上・医療の質の均一化・医療費の削減等への貢献が期待されているということを、医療関係者以外の人にも広く知ってもらい、受け入れてもらうため、ときにメディアの影響力を借りながら、焦らず正しい情報を丁寧に発信し、社会に浸透させていきたいと考えています。
 
 
【次回のコラムの担当は?】

次回はLAPRASの大西栄樹さんをご紹介いたします。LAPRASは「すべての人に最善の選択肢をマッチングする」をミッションに、ITエンジニアの転職・採用プラットフォームを提供しているスタートアップです。

大手企業の広報からスタートアップ広報へ転職され、今では広報にとどまらず経営企画含む幅広い領域をご担当されています。また、忙しい中で経営大学院にも通いながら、ご自身のスキルアップにも取り組まれており、ビジネスパーソンとして心から尊敬しています。
日本広報学会が『広報は経営機能である』と発表した際、まさにその考えを体現しているのが大西さんだと感じました。幅広いご経験と深いご知見をお持ちの憧れの広報の方です。ご活躍の幅を広げられている大西さんのお話を楽しみにしています!

advertimes_endmark

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ