片岡義男という作家の熱量で生まれた広告
秋山:次は、パイオニアのカーステレオのコピー「ロンサム・カーボーイ」をお願いします。これは、”元ネタ”と言ったらなんですが、片岡義男さんの小説『ロンサム・カウボーイ』(1975年/晶文社刊)からきているわけですよね。
荒野にいたときより
シカゴにいたときの方が寂しかった。
ウインディ・シティは、その名のとおり風の街だった。
緑の匂いのない風に吹かれ、僕の心は大陸が年齢を重ね
グレート・プレーンズになったように死んでいった。
真上から見ると、巨大な四つ葉のクローバーのように見える
インタチェンジをすぎると、定規で引いたように
インタステートは地平に向かう。風の荒野。ロンサム・カーボーイ。
(パイオニア/1980年)
秋山:そうなんです。パイオニアがコンポーネントのカーステレオをつくったので広告をお願いします、という依頼でした。コンセプトは「音楽は、孤独をなぐさめる」。これでカーステレオが売れると思います、と宣伝部長さんに言われました。
もう一つに、僕は片岡義男さんの作品が好きだった。当時はニッポン放送で「きまぐれ飛行船」というアメリカンポップスをかけるラジオ番組のDJもされていて、その声がとっても良かったんです。話し方もうまくて引き込まれるし、アメリカ製のファッションに身を包んでルックスもよかった。
小説も何度も読み返していたので、どうしても片岡さんに頼みたくて、コピーを「ロンサム・カーボーイ」にしました。「車で走るところはすべて荒野である。都市も原野も…」ということを企画書の最初に書いて、「これはエルビス・プレスリーではなく、片岡義男の『ロンサム・カウボーイ』である」と。それで片岡さんにお話をしたら、意外にも「あ、それいいですね!」と快諾いただけた。
山根:それが初対面ですか。
秋山:初対面でした。ただ、タレントとしては弱いので、サム・ペキンパー作品で知られる俳優のウォーレン・オーツを起用しました。荒野をさすらうなら、音楽はライ・クーダーだろうと。非常にラッキーだったのは、パイオニアはワーナーと提携してワーナーパイオニアという音楽会社を持っていたので、音楽をお願いしやすかったんです。それで「アクロス・ザ・ボーダーライン」という曲をつくってもらいました。この曲はアメリカでも相当ヒットしました。その曲を使ってCMを撮りました。
ナレーターは、片岡義男さんです。あの憧れの片岡義男さんが、僕が書いたコピーを読んでくれた。面白いことに片岡さんがある日、「秋山さん、これ、いいコピーですね。ずいぶん考えたんでしょうね」と言うんですよ。でも、あのボディコピーは片岡さんのいろんな文章をコラージュしてつくったものなんですよね(笑)。
山根:それは片岡さんのシャレですよね?
秋山:いや、シャレじゃなくて本当に良いと思ったみたいで…。
山根:それはすごい。
秋山:そういうバックグラウンドがあるから、僕が自分の全コピーの中で一番好きなのがこの「ロンサム・カーボーイ」ですね。
山根:ウォーレン・オーツの後に、出演者はライ・クーダーに変わりましたね。
秋山:ウォーレン・オーツが亡くなってしまったので。それでライ・クーダーに合うのはアロハだろう。アロハだったら何色がいいか、やはり黄色だろうと考え、彼に着てもらいました。
これまでアメリカの音楽の系列で来たシリーズだったので、その言葉以上に周辺のあるコピーを書こうと思ったんです。そういう周辺の中の1行として、この広告のコピーがある。「陽が落ちる前に、ワイフが生まれた街を通った。人口800人にも満たない、小さな町だった」。人口800人にも満たない、小さな町というのはメキシコ国境の街。そこで生まれた奥さんはメキシカンかもしれない。そういう言葉の周辺に、この「ロンサム・カーボーイ」というコピーがある、ということですね。
山根:パイオニアのコピーは、キユーピーとは作り方が違いますね。
秋山:全然違いますね。まず片岡義男という作家が太陽としてあり、その熱量でこのコピーをつくった、というわけです。