【緊急公開】なぜ、広告では同じような炎上が繰り返されるのか?(書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より)

広告炎上の多くはジェンダーにまつわるものだ。それゆえ、制作時に注意している人も多いはず。しかし、今日もまた、ジェンダー表現をめぐる炎上問題が繰り返されている。炎上を繰り返さないために、何が必要なのか? 新刊書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』(橋口幸生著)より、「広告とジェンダーバイアス」についての記述を抜粋してお届けします(ウェブでの公開にあたり、見出しや注釈の一部に変更を加えています)。

広告表現に今もあふれる「ジェンダーバイアス」

ジェンダーとは、“生物上の雌雄を示すセックスに対し、歴史的・文化的・社会的に形成される男女の差異”*1のことを指します。これまで「男らしさ」や「女らしさ」は、「生物学的」に決まっているもの、と認識されてきました。しかし、これらの多くは「歴史的・文化的・社会的に形成されたもの」だとして、今では見直しの対象になっています(「生物学的」という言葉も、サイエンスとは無関係に既存のジェンダーバイアスを肯定するために使われがちなので、注意が必要です)。

たとえば「女性は自動車の運転が苦手」と言われることがあります。しかし、自動車の開発者の多くは男性です。自動車と関連が強い機械工学と電気・電子工学分野を学ぶ学生のうち女性は、それぞれ8~9%にとどまるというデータもあります。*2 男性中心の開発体制の下、男性が運転しやすい自動車が開発される社会構造を無視して、「女性は自動車の運転が苦手」というジェンダーバイアスが広まっているのです。

情報を整理し、短時間で伝えることが求められるのが広告です。CMなら15秒か30秒、長くても数分しかありません。新聞広告やポスター、バナーなどのグラフィックも、ほとんどの人はチラッと目にするだけです。記号的に、瞬時で情報を伝える構造上、ステレオタイプな表現が増えやすいのです。登場人物が「主婦」であることを伝えるために、「エプロンをつけた女性」として表現する、といった具合です。最近では、ここまであからさまなものを目にする機会は減りましたが、まだまだ広告表現にはジェンダーバイアスがあふれているのが現状です

たとえば、看護師募集の広告に登場するモデルが女性だけで、男性がいなかったことがありました。説明するまでもなく、看護師は性別に関係なく従事できる職業です。ケア=女性というジェンダーバイアスが見て取れます。男性タレントと女性タレントが登場する広告で、女性タレントだけが仕事と家庭の両立に苦労する姿が描かれたこともありました。これだけ女性活躍が叫ばれるようになっても、家庭=女性のものというジェンダーバイアスは払拭されていないのです。

ぜひ、ジェンダーバイアスを発見するという意識を持って、社会を観察してみてください。なぜ受付に座っているのは女性なのか?なぜ街の彫刻は裸婦像が多いのか?なぜ同じ競技でも、女性選手のコスチュームは体のラインが強調されているのか?など「女性らしさ」を決めているのが、「生物学」ではなく、現代社会のマジョリティである異性愛者の男性の目線であることに気がつくはずです。

そして、ジェンダーバイアスが生みだしたものの中で、もっとも女性の生きづらさにつながっているのが、セクシャル・オブジェクティフィケーション(Sexual Objectification)です。

*1 三省堂『スーパー大辞林3.0』

*2 旺文社教育情報センター「理系女子入学者数調査2016」より

「セクシャル・オブジェクティフィケーション」とは何か

セクシャル・オブジェクティフィケーションは、直訳すると「性的モノ化」という意味になります。女性を生身の人間ではなく、性的なモノとして扱うことを指します。少し前まで居酒屋によく貼られていた水着女性のポスターなどが、わかりやすい例です。現代の目線で見ると当惑させられますが、当時は誰も(おそらく女性であっても)、違和感を覚えていませんでした。ジェンダーバイアスはあまりに当たり前に存在しているため、バイアスと意識することが困難なのです。これを無意識のバイアス=アンコンシャス・バイアスと言います。

映画やドラマと違い、広告は自らの意思と関係なく目に飛び込んでくるものです。広告は企業の商業表現であるだけではなく、高い公共性を持っていると言えます。その広告がセクシャル・オブジェクティフィケーションであふれていることが社会に与える負の影響は計り知れません。

ここで問題を整理しましょう。ジェンダーバイアスには「構造」と「歴史」があります

イメージ ジェンダーバイアスの「構造」と「歴史」

書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より

今日、ジェンダーバイアスに向けられる目は厳しく、広告や著名人の失言などがしばしば炎上するようになりました。その際、炎上を起こした当事者の多くは「誤解を与えたなら申し訳ない」「傷ついた人がいるなら謝罪する」という、テンプレートのような謝罪コメントを出します。炎上を受けた議論も「私は傷ついた」「いや、気にならなかった」というものに終始しがちです。しかし、ジェンダーバイアスは「傷つく/傷つかない」という個人の「気持ち」ではなく、「構造」と「歴史」の問題です。この認識が社会的に共有されていないので、同じような炎上が繰り返されます。

こうした「構造」と「歴史」を踏まえた上で、現在、広告クリエイティブの世界では、ジェンダーバイアスの解体が行われるようになりました。

生理用品ブランド「Libresse」が描く、女性の身体と性のリアル

「性的なモノ」としてではなく、女性のリアルな身体と性を描く広告で、世界の最先端にいるブランドがLibresseです。英語版Wikipediaによると、1940年代にスウェーデンで誕生した生理用品ブランドで、国によってブランド名を変えながら世界中で販売されています。2017年の#BloodnormalというCMで一躍、注目されるようになりました。

これまで生理用品のCMでは、経血は青いインクで表現されてきました。しかし、「#Bloodnormal」は史上初めて、血液の色に近い赤いインクを使ったのです。CMには男性が生理用品を買うシーンや、シャワー中の女性の足を血液がつたうシーンも登場し、これまで広告が避けてきた生理のリアルを前面に押し出しました。

生理をタブー視することが女性の自己肯定感を低めているというのが、ブランドの問題提起です。実際に、生理をからかわれたことが原因で13歳の少女が自殺したという、痛ましい事件も起きています。*3生理はふつうのこと。だから、ふつうに描くべきだ(Periods are normal, Showing them should be too.)」というブランドの主張がCMのキャッチフレーズに明快に示されています。

「#Bloodnormal」は45億インプレッションというPR露出を記録する話題のキャンペーンとなりました。しかし、すべてがポジティブな反応だったわけではありません。「こいつらはマーケターじゃない。売春婦やポン引きだ」など、誹謗中傷も寄せられました。「炎上」と片付けられてもおかしくない結果です。しかし、Libresseの歩みは止まりません。続く2018年、さらに過激なウェブムービー「Viva la Vulva」を公開しました

Vulvaとは英語で女性器を意味します。タイトル通り、CMに登場するのは、貝や花、お菓子などに見立てられた女性器です。

CMソングの歌詞からも、タブー視されてきた女性器や女性の性を、ポジティブにとらえようというメッセージが感じられます。CMの最後には「他の人の女性器を見たことがない」「話題にできない」といった女性たちのコメントが紹介されます。「おちんちん」と書くことはできても、同じ言葉の女性版を書けば、この本は出版禁止になるでしょう。男性に比べて、女性の身体や性は大っぴらに語ってはいけない、スティグマ(汚名)のように扱われています。この問題に一石を投じたのが、「Viva la Vulva」です。

実はCMソングはオリジナルではなく、「Take Yo’ Praise」という既存曲です。歌うのはカミーユ・ヤーブロウ。ミュージシャンにとどまらず、俳優や詩人、活動家としても知られる多才な女性です。彼女は「Take Yo’ Praise」の歌詞についてこう語っています。*4

これは公民権運動に取り組んだ黒人のための曲です。真実と公平、正義のために立ち上がった人々のためのね。人類はもっと、おたがいを尊敬し讃えあわないといけません。

ここでは、もともとは黒人差別への抗議として書かれた曲が、ジェンダーバイアスの解体として再解釈されています。「歴史」の中の異なる差別に、共通する「構造」を見出したとも取れます。クリエイティブ・エシックスの時代においては、広告も刹那の商業表現を超えた、「歴史」と「構造」への視座を持つことが求められるのです

*3 カンヌライオンズ公式サイトより引用

*4 The Helard 1999年1月22日記事「Praise you, Camille(カミーユへの賞賛)」より

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橋口幸生(はしぐち・ゆきお)

電通 クリエイティブ・ディレクター、コピーライター

代表作は伊藤忠商事「キミのなりたいものっ展?with Barbie」、世界えん罪の日新聞広告「真実は、曲げられる。」、 Netflixシリーズ『三体』「YOU ARE BUGS お前たちは、⾍けらだ」、ニデック「世界を動かす。未来を変える。」など。DEI専門クリエイティブ・チームBORDERLESS CREATIVE主催。国内外の広告賞受賞多数。『言葉ダイエットメール、企画書、就職活動が変わる最強の文章術』(宣伝会議)、『100案思考「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる』(マガジンハウス)著者。Xフォロワー2万4千人超。趣味は映画鑑賞。

『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』

橋口幸生著/定価2,200円+税

現代のビジネスパーソンがいま知っておくべき、倫理(エシックス)とその事例を解説。「炎上するのが嫌だから守る倫理(コンプライアンス)」ではない、「ブランドをより魅力的に成長させるための倫理」を紐解く、はじめての書籍です。人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動などのテーマ別に、世界の広告や映画、ドラマなどのヒット事例も引きながら解説。この一冊で、押さえておくべき必須教養が身につきます。


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