いま、ビジネスパーソンに求められる「クリエイティブ・エシックス」とは?

「宣伝会議のこの本、どんな本」では、当社が刊行した書籍の内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」や識者による本の解説を掲載しています。今回は、2月26日に発売した新刊『クリエイティブ・エシックスの時代』(橋口幸生著)の「はじめに」を紹介します。

「面倒な時代になった…」

ビジネスの現場で、そんな風にボヤく人を多く見かけるようになりました。確かに、広告炎上や経営者の失言、芸能人のスキャンダルが連日ニュースで伝えられています。広告やコンテンツをつくるクリエイターや、情報発信をするビジネスパーソンが怖気づいてしまうのは、無理もありません。

もしあなたが、そんなビジネスパーソンのひとりだったら、どうか安心してください。現代のビジネス・シーンで、炎上を回避しつつヒット広告やコンテンツをつくれるようになるために、この本は書かれました。

結論から書きましょう。今、ビジネスパーソンに求められているのは、「倫理観(エシックス)」を持つことです。現代社会において、利益や話題性、炎上する/しないといった自分の外にある軸で判断してはいけません。変化のスピードが激しい時代にあっては、「軸」そのものが変わってしまうからです。必要なのは、「世界を今より良い場所にできるかどうか?」という内面化された倫理観で判断することです。こうしたマインドセットを、本書ではクリエイティブ・エシックスと呼びます。クリエイティブ・エシックスを持つことで、炎上などのリスクが減るだけではなく、内容的にも優れたものを生みだすことができるようになります。

「倫理なんて言っていたら、当たり障りのない、退屈なものしかつくれなくなる」…と思われたなら、それは誤解です。確かに、トラブルを防ぐために「やってはいけないこと」を意識する必要はあります。たとえば「性差別的な表現はしない」といった、具体的なリストを作らなくてはいけない場合もあるでしょう。こうした取り組みは一般的にコンプライアンスと呼ばれていると思います。

本書で定義するクリエイティブ・エシックスは、もっと前向きなものです。「性差別的な表現はしない」がコンプライアンスだとすると、「女性も男性も生きやすい世界をつくるための表現をうみだそう」と考えるのがクリエイティブ・エシックスです。そして、世界的にヒットした映画やドラマ、熱狂的に支持されるブランド、急成長している企業など、近年のビジネスの成功事例を見てみると、ほぼ例外なくクリエイティブ・エシックスの下でつくられています。コンプライアンスは守りであり、クリエイティブ・エシックスは攻めであるという言い方もできるでしょう。

イメージ 図 書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より

書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より

今、ビジネスパーソンに求められるスキルは多様化しています。企画術やアイデア発想法などのクリエイティブ・スキル。AIやコーディングなどのITスキル。リーダーシップ、交渉術といった人的スキルなど…何から手を付けていいか迷う人も多いでしょう。本書ではまず「クリエイティブ・エシックス」について学ぶことをオススメします。なぜなら、あらゆるスキルの土台になるものだからです。どんなに高いスキルを持っていてもクリエイティブ・エシックスが無かったら、今の時代に成功することは決してできないでしょう。それどころか、スタートラインに立つことすら難しいと思います

私は普段、広告会社のクリエイティブ・ディレクターとして働いています。あらゆるクリエイティブな仕事の中で、もっとも「炎上」を恐れているのが広告クリエイターです。広告を見てもらうためには「おもしろさ」が必要。しかし「おもしろさ」が行き過ぎると、人の気持ちを傷つける。すると、傷つけられた人々がソーシャルメディアで抗議して、炎上する。炎上を防ぐために「これはNG」「これも止めておこう」というコンプライアンス発想で「おもしろさ」を減らしていく。結果、無難な広告ばかりになってしまう…そんなジレンマに現在、多くの広告クリエイターが、悩まされていると思います。私自身、企画会議なのに企画ではなく、「炎上するかしないか」ばかりを心配している場面に数多く立ち会ってきました。このような状態では、広告クリエイターは萎縮してしまい能力を発揮できません。しかも、それで炎上を防げるかというと、そうでもありません。私自身、無力感にとらわれながら、目の前の仕事に取り組んでいました。

そんな私の転機になったのは、ある海外広告賞の審査をつとめた経験でした。そこには全世界から、選りすぐりの広告が応募されます。「おもしろさ」については、折り紙付きのものばかりです。それなのに、炎上しそうなものが一つも無かったのです。むしろ、ただおもしろいだけではなく、世界にポジティブな変化をもたらし、ビジネスとしても結果を出している広告ばかりでした。

審査会の様子も、日本での企画会議とは全く異なるものでした。審査員の誰ひとりとして、「炎上するかしないか」という次元で広告を見ていませんでした。審査会の視点は、ただひとつ。

「世界を今より良い場所にできるかどうか?」

というクリエイティブ・エシックスだったのです。

「おもしろさ」と「炎上」の二律背反でモヤモヤしていた私にとって、これは大きな気づきでした。世界の広告クリエイターは、誰もそのような小さなものの見方にとらわれていなかったのです。「ジェンダー、人種差別、気候変動など、世界にはさまざまな課題がある。広告クリエイティブはそれらの解決に貢献し、素晴らしい世界をつくることができる」というクリエイティブ・エシックスが、審査員全員の共通認識でした。

世界を今より良い場所にする…と聞くと、綺麗事・理想論だと思われるかもしれません。しかしよく考えると、これはビジネスの世界では、すでに当たり前になっている考え方です。今日、パーパス経営やDEI、SDGsが注目され、利益だけではなくソーシャルな存在価値を追求する企業が評価されるようになりました。消費者も企業に多様性や環境問題への貢献を求めています。時代が変化する中、広告に求められる役割も変化しています。こうした広告の置かれた環境の変化と、いまだに前時代的な「おもしろさ」を追い求めがちな広告クリエイターの意識のズレが「炎上」を生んでいるのです

著名で実績のある人が「コンプライアンスを気にしすぎていては、おもしろいことはできない」といった発言をすることもあります。しかし、真に受けてはいけません。こうした人は過去の成功に縛られるあまり、自らの価値観をアップデートできていないのです。時代が変われば、何をおもしろいと感じるかも変わります。今の生活者はビジネスパーソンよりはるかに時代の変化に敏感です。そして「おかしい」と思ったことには沈黙せず、声を上げます。

広告以上に「おもしろさ」が求められる映画やドラマの世界でも、それだけでは成功できなくなっています。この事は、アカデミー賞の受賞作を見ると、よくわかります。近年の主要部門の受賞作は、ほとんど例外なく、ジェンダーや人種、移民問題など、社会的なテーマを扱った作品になっています。かつて高齢白人男性の賞と批判されたアカデミー賞が、今や「世界を今より良い場所にできるかどうか?」という視点の映画賞になっているのです。

こうした状況を「行き過ぎたポリコレ」と揶揄する声もあります。作品性以上に、ポリティカル・コレクトネス=政治的に正しい、人種や性別、年齢などによる差別を無くすことを重視している、というわけです。しかし、芸術性を評価するアカデミー賞だけではなく、商業的なエンターテインメント映画であっても状況は同じです。一番の具体例は『ワイルド・スピード』シリーズでしょう。レースカーと大爆発にまみれて気づきにくいのですが、『ワイルド・スピード』の主要キャストは非白人で、男性以上に女性が活躍し、監督はアジア人です。いわばポリコレの塊のような映画ですが、日本を含む世界中で大ヒットしていることは、皆さんご存じの通りです。

私自身、今では広告クリエイターとして「世界を今より良い場所にできるかどうか?」というクリエイティブ・エシックスで仕事に取り組むようになりました。幸いなことに、いくつかのヒット作にも恵まれました。現在も国内外の大企業と、複数のプロジェクトを進めています。「炎上するかしないか」という小さな悩みにとらわれることは無くなりました。

繰り返します。ビジネスにおける判断を「世界を今より良い場所にできるかどうか?」という視点で行うマインドセットを、本書では「クリエイティブ・エシックス」と呼んでいます。しかし、ただ漠然と「世界を良くするぞ!」と意気込んでいるだけでは、世界を良くすることはできません。必要なのは、具体的な知識です。人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動など…カバーしておくべきテーマは無数にあり、かつ、日々アップデートされています。キャッチアップするのは簡単ではありません。しかし、心配することはありません。

イメージ 図 書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より

書籍『クリエイティブ・エシックスの時代』より

クリエイティブ・エシックスで変わるのは、ビジネスだけではありません。どんな人も程度の差こそあれ、世界に対する無意識の偏見=アンコンシャス・バイアスがあります。クリエイティブ・エシックスを持つことは、そうした偏見を自覚し、捨てることでもあります。ビジネスでもプライベートでも、いつもの風景が全く違って見えるようになり、新鮮な驚きにあふれた毎日を送れるようになるのです

面倒な時代になった?

いいえ。

クリエイティブ・エシックスを持つ人にとって、今ほどエキサイティングな時代はないのです

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橋口幸生(はしぐち・ゆきお)

電通 クリエイティブ・ディレクター、コピーライター

代表作は伊藤忠商事「キミのなりたいものっ展?with Barbie」、世界えん罪の日新聞広告「真実は、曲げられる。」、 Netflixシリーズ『三体』「YOU ARE BUGS お前たちは、⾍けらだ」、ニデック「世界を動かす。未来を変える。」など。DEI専門クリエイティブ・チームBORDERLESS CREATIVE主催。国内外の広告賞受賞多数。『言葉ダイエットメール、企画書、就職活動が変わる最強の文章術』(宣伝会議)、『100案思考「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる』(マガジンハウス)著者。Xフォロワー2万4千人超。趣味は映画鑑賞。

『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』

橋口幸生著/定価2,200円+税

現代のビジネスパーソンがいま知っておくべき、倫理(エシックス)とその事例を解説。「炎上するのが嫌だから守る倫理(コンプライアンス)」ではない、「ブランドをより魅力的に成長させるための倫理」を紐解く、はじめての書籍です。人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動などのテーマ別に、世界の広告や映画、ドラマなどのヒット事例も引きながら解説。この一冊で、押さえておくべき必須教養が身につきます。


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