広告・マーケティングにDeepSeekは使える?メリットやデメリット、リスクは?

イメージ ロゴ DeepSeek

前回は「なぜDeepSeekがこれほど話題になっているのか」という解説をしました。今回は広告・マーケティングの実務の現場でDeepSeekを使用するにあたってのメリット、デメリットについて考えていきたいと思います。

DeepSeekのような先進AIモデルを利用するにあたり、そのメリットとデメリット(リスク)の双方を正しく理解しておくことが重要です。

評価に当たっては、公式のチャットサービス及びAPIの利用と、オープンソースで公開されたモデルウェイトの利用について、分けて考える必要があります。

まず、公式のチャットサービス及びAPIを利用する場合です。公式のチャットサービスは、OpenAIにおけるChatGPTに対応します。基本的なチャット機能はもちろん、質問応答や文章生成など幅広い用途に利用でき、一通りの機能は揃っています。

イメージ DeepSeek画面

しかし、DeepSeek的にはチャットサービス自体はおまけのような扱いであり、APIからの利用こそが主眼であるように見受けられます。

公式APIの明確なメリットとしては、何と言っても性能とコスト面の優位性が挙げられます。前述の通りDeepSeek-R1は性能面でOpenAIのGPT-o1に匹敵する水準にありながら、10分の1~20分の1程度のコストで利用できます(※1)。

※1 現在の価格設定は逆ザヤではないかとの意見もあり、いつまでこの価格設定が維持されるかは不透明です。

ここまで低コストになってくると、サブスクリプションのチャットサービスを利用するよりも、従量課金のAPIの方が安く使える可能性すらあります。

国際的な広告キャンペーンなどで使用する際は注意

イメージ 人物とpc

一方で、リスクや懸念点も慎重に考慮する必要があります。まず指摘されているのが中国製であることに由来するデータ・セキュリティ上のリスクです。

公式のチャットサービスまたはAPIを利用した場合、やりとりするプロンプトや生成結果のデータは中国のサーバーに保存されるとみられており、それが中国当局に閲覧される可能性を指摘する声があります。

広告業界においても、自社のマーケティング戦略や顧客データが外部に漏洩するリスクは看過できません。とりわけ世界展開するブランド企業にとっては、中国当局による検閲や情報アクセスの可能性があるプラットフォームへの依存はコンプライアンス上の懸念材料となるでしょう。

次に、出力内容に関するリスクも挙げられます。DeepSeekの各モデルは中国政府の検閲ガイドラインに沿った調整がなされており、天安門事件や台湾問題、ウイグル族の人権問題といった政治的に敏感な話題には明確な回答を避ける傾向があると報告されています。

このため、国際的な企業キャンペーンで政治・社会問題に触れるようなケースでは、回答が偏っていたり、十分な情報を引き出せなかったりする可能性があります(※2)。

※2 もっとも通常の広告業務でこれらの話題を扱うことは稀ですが、知識のバイアスとして認識しておくべきでしょう。

また、DeepSeekを取り巻く知的財産権や倫理上の議論にも触れておく必要があります。先述の通り、米国側はDeepSeekがOpenAIのモデル出力を蒸留(※3)した可能性を指摘しています。もしこの主張が事実だとすれば、DeepSeekの成果は競合モデルの盗用に近い形で達成されたことになり、倫理面で問題視されるでしょう(※4)。

※3 蒸留(Distillation)とは、大規模な教師モデルの知識を小規模な生徒モデルに転移する技術。教師モデルの出力を生徒モデルが模倣するように学習させることで、計算速度の小往生と性能を維持の両立を図る。生徒モデルは教師モデルよりも軽量で高速に動作するため、リアルタイム応用やエッジデバイスへの組み込みに適している。

※4 現時点ではDeepSeek社は否定しており、真偽は確定していません。

広告・マーケティング関連のビジネスに携わる会社としては、このようなグレーな経緯で生まれたモデルを使うことに対する風評リスクも考えねばなりません。

例えば「そのAIは他社の知財を盗んでできたものだ」という批判が今後強まれば、顧客企業から利用を控えるよう求められる可能性もゼロではありません。また仮に法的な係争に発展した場合、サービス提供が停止するリスクも考えられます。

現時点でそこまで大きな問題となっているわけではありませんが、DeepSeekの活用には常に最新情報の収集と慎重な姿勢が求められるでしょう。

以上のように、DeepSeekには利用者に多大な利益をもたらし得る魅力がある一方で、データ管理やモデル挙動、背景事情に関するリスク管理が不可欠です。メリットとデメリットを天秤にかけつつ、適切な活用方法を模索することが重要となります。

「オープンウェイト」であることの価値

イメージ

公式のチャットサービスやAPIとは別に、DeepSeek-V3およびR1はモデルウェイトが公開されている(オープンウェイト)ことも特徴のひとつです。

MITライセンス(※5)で提供されており、商用利用やモデルの再配布も含めて極めて自由度が高いです。クローズドなAPIでは内部で何が行われているかブラックボックスですが、オープンウェイトならモデルの構造や学習データの傾向もウェイト自体と公開情報からある程度推察できますし、必要なら自社で安全性の評価をすることもできます。

※5 MITライセンスは、オープンソースソフトウェアのライセンスのひとつ。ソフトウェアの著作権表示やライセンス条項の表示が義務付けられるが、商用利用や改変が自由に行える。

また、オープンウェイトであるということは、ローカルを含めた自社環境での動作が可能(※6)と言えます。

たとえば広告キャンペーンの企画段階では、公開前の新製品情報や機密のプロモーション戦略など、極めてセンシティブな情報を扱います。これらを外部のAPIに入力することには抵抗がありますが、自社のオンプレミス環境(※7)であれば、データを社外に一切出さずにAIを活用することが可能です。

※6 とは言え、実際にローカルで動作させるためには、NVIDIA H100が複数台必要な規模になります。量子化などの最適化を施すことでより軽量なモデルを作ることも可能ですが、その話は複雑になるのでまた別の機会に……

※7 オンプレミスとは自社の施設内にサーバーやソフトウェアを設置・運用する形態を指す。クラウドサービスとは異なり、データやシステムを完全に自社で管理できる。

Microsoftなど大手ベンダーでも進むDeepSeek対応

オープンウェイトである価値は他にもあります。ウェイトの利用自体にはコストが発生しないため、ベンダーとして自社サービスに統合しやすいのです。

実際、大手のクラウドベンダーでも対応が広まっており、Microsoft Azure(※8)は1月末に、AWS BedRockは2月頭に、それぞれDeepSeek-R1に対応しました。これにより、多くの企業が自社のクラウド環境でDeepSeekを利用できるようになったと言えます。

※8 OpenAIと共にDeepSeek社を批判する傍ら、メガクラウドとしてはかなり早い対応でした。まさに右手で握手しながら、左手で殴り合う状況と言えます

パブリッククラウドがホスティングしてくれていれば、一義的にはクラウドベンダーがそのセキュリティや法的正当性について担保するという見方もでき、使用のハードルが大幅に下がったと言えます。

さらに、オープンソースコミュニティの存在も価値を高めています。世界中の開発者がDeepSeekを検証し、改善点や活用アイデアを共有しています。

日本でも、サイバーエージェント社がDeepSeekの派生モデルを元にして、日本語で追加学習を行なった取り組みが話題になりました。14B(140億パラメータ)版と32B(320億パラメータ)版の2種類が用意され、機械学習コミュニティのHuggingFace上で無償公開されています。

ベンチマーク結果でも、32Bの日本語モデルがOpenAIの小型推論モデル(o1-miniとされるもの)を上回る性能を示すなど、実用面でも期待が持てる水準に達しています。

総じて、オープンソースであるDeepSeekは「使いたい人が自由に使える」点にこそ価値があり、それが多くの業界にも恩恵をもたらすのです。もちろん、自由であるがゆえに各社が自ら責任を持って活用する姿勢が必要ですが、裏を返せば主体的に取り組む企業ほど大きなリターンを得られると言えます。

以上のように、DeepSeek-V3とR1の登場はAI業界の様相を一変させるほどのインパクトを持ち、日本にもその波が押し寄せつつあります。性能・コスト両面での優位性とオープンソースの自由さは大きな武器といえ、新たな選択肢としての存在感を強めています。

一方で、中国発ならではのリスク管理やモデル利用上の倫理にも目を配る必要があります。目新しい技術に飛びつくだけでなく、メリットとデメリットを冷静に見極めながら戦略的に取り入れていく姿勢が求められます。

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岡田太一(sync.dev Technical Director/Visualization Artist)
岡田太一(sync.dev Technical Director/Visualization Artist)

CG会社のDigital Artist からキャリアを開始。ポストプロダクションを経て、現在はビジュアルクリエイティブ領域にてテクニカルディレクションを担当。得意な分野は映像編集、ビデオ信号とリアルタイム合成、トラッキング関連など。2022年から『ブレーン』で連載中。

岡田太一(sync.dev Technical Director/Visualization Artist)

CG会社のDigital Artist からキャリアを開始。ポストプロダクションを経て、現在はビジュアルクリエイティブ領域にてテクニカルディレクションを担当。得意な分野は映像編集、ビデオ信号とリアルタイム合成、トラッキング関連など。2022年から『ブレーン』で連載中。

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