鍵山優真のジャンプを支える研磨職人の情熱

前代未聞の逆算研磨 北京五輪30日前の挑戦

コロナ禍の2022年に行われた北京五輪では、選手の隔離期間があった。最後に研磨ができるのは約1カ月前という話を聞き、頭を抱えた。

写真 YSブレード「藍」

YSブレード「藍」は、鍵山選手のために開発されたモデル。愛知県に本社を構える株式会社山一ハガネとの共同開発で、小杉スケート限定モデルとして発売した。価格は税込102,300円

「通常だと試合の1週間くらい前に、当日ベストな状態になるように逆算して調整するんですけど、1カ月前の調整はしたことがない。僕にとってもはじめての挑戦でした」

北京五輪の会場である首都体育館は、北京五輪のテスト大会として4カ月前に開催された「アジアンオープントロフィー2021」で使われていた。

「優真に、『あの会場の氷、好きだった?』って聞いたんです。そしたら優真が、『嫌いじゃなかった、どちらかというと好きな方かもしれないです』って言って。その言葉を頼りに削り加減を調整しました」

国際大会においては、練習スケジュールも通常と異なる。さらに、ごいちさん自身は滑ったことがないスケートリンクだ。

「1カ月後に最高の状態になるように、逆算して研磨しました。いつもは1週間後を見越した研磨の加減を、1カ月分、いつもよりほんの少しだけ深く研いで鋭利に仕上げたんです」

研磨をしてからの1カ月間は、密に連絡を取り合った。鍵山選手から送られてくる練習の動画を見て状況を確認し、ときには電話でも靴の調子について様子を確認した。

研磨した直後のころは、「エッジがキツすぎてなにもできません」ってところからのスタートでした。でも「大丈夫、そういう予定だから!」って伝え続けました(笑)。

2、3日おきに連絡をとって、本番1週間前くらいになってだんだんジャンプが飛べるようになってきて調子が良いって連絡がありました」そして迎えた当日の朝。

「公式練習が終わって、『ばっちりです!』ってLINEが来てて、本当にホッとした」

逆算がぴたっとはまった瞬間だった。

写真 鍵山選手が2023シーズンから愛用するスケート靴

鍵山選手が2023シーズンから愛用するスケート靴。右足のブレードの内側に「yuma」の文字が入っている

「正直なところ、優真があの氷を嫌いって言ってたらどうしてたかわからない。嫌いじゃないって言ったから、これはいけるなって」

北京五輪の製氷には、全日本選手権などの製氷も担当している日本の会社が入っているという情報も聞いていた。「そういう色々な条件も重なって、なおさら相性が良かったんじゃないかな」ごいちさんはいつも通り仕事をしながら見守っていた。

結果は、男子シングル、団体戦ともに銀メダル。自然とガッツポーズが出た。

 

次ページ「研磨デビューは10歳 選手時代の苦労が今につながる」につづく

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