鍵山優真のジャンプを支える研磨職人の情熱

研磨職人は天職 心をこめて一人ひとりと向き合う

「感覚的なものを言語化するのは得意」

選手時代の自分自身の繊細な足の感覚や、怪我に苦しめられた経験も、今のごいちさんの技術を支えている。

ブレードは、機械で研磨したあと必ず砥石を使って手で研いで仕上げる。

「指先の感覚が浮くようになるまで研ぎます。見た目もだし、手の感覚でざらつきがなくなったら完了。ブレードによって砥石を使い分けています。たとえば、いま優真が使っているYSブレードの場合は、通常の粗めの砥石を使うと表面が波打って滑れなくなっちゃうから、最初から仕上げ用の砥石で削ってます。このブレードを研磨することに関しては僕がいちばん歴が長いんで、これが僕なりに導き出した黄金比率かな」

神経を研ぎ澄ます必要がある繊細な仕事だ。

「手先が動かなくなったり、目が見えにくくなったりすると、この仕事は難しくなってくる。後任を育てることが、今僕がスケート界の役に立てることかなと思っています」

スケートを愛し、選手を愛し、信頼を積み重ねてきた。その先にある景色をこれからも妥協なしに追い求めていく。

「常に100%で向き合ってるんで疲れることもありますけど、結果が出たと報告にきてくれる瞬間は、このうえない喜びですね」

選手を応援したい気持ちがそのまま原動力となる。

写真 靴底にブレードを取り付ける位置の調整

靴底にブレードを取り付ける位置の調整。骨格に合わせ、1ミリ未満の単位でわずかな調整を重ねる

選手とはSNSやLINEで頻繁に連絡を取り合う。

「担当している子のインスタは基本的にフォローバックしています。ストーリーズを更新しているのを見て、元気がなさそうだったらどうした?ってDM(ダイレクトメッセージ)で声をかけると、明日行っていいですかって会話になって、翌日来てくれたりする。そこで話してみると困ってることとか壁に当たっていることが多い」

まるでメンターのようだ。

「研磨の技術はもちろん、そういう普段のやり取りが大事かなと思ってます。練習拠点が変わってもわざわざ僕のところにきてくれる理由は、そこにあるのかなと思っています」

日ごろから選手のことを思う気持ちが、信頼関係をつないでいる。

「ごいちさん、髪めっちゃ伸びましたよね」

「もはや願掛けなんよ。オリンピック金メダル獲ってな」

鍵山選手と笑い合う。

「優真や担当している選手がオリンピックで金メダルを獲るところが見たいですね。ただ、それはあくまでも成績としての話で。僕が担当しているすべての人が、いつかスケートをやめる時に笑顔で終わってくれたらいいなと思います。

スケートだけで生活ができる人はトップ選手の中でもほんの一握りで、それ以外の選手の多くは大学4年生で選手を引退します。最後までやった人とか、自分の中でここまでって思ってやりきった人にしかわからない感覚があると思う。その子が選手生活を引退するってなった時に、スケートやっててよかったなって思う人生であったらいいなと思います。

僕は順風満帆な選手生活ではなかったし、大会ですごく良い成績をとった記録もない。当時は自分で靴のメンテナンスをして周りに相談できる人もいない環境だったんで、みんなにはそういう思いをしてほしくないなと思う。

僕がここにいることで、何か少しでも助けになれたらなと思ってます。困ってたらとりあえずここに来てもらえればいいし、辞めてからもいつでも遊びに来たらいいし。ファミリーなんで」

技術が、演技を進化させる。そして演技が、技術を進化させる。そこにはいつも、選手とごいちさんとの信頼関係があるのだ。

磨き上げた技術と情熱を胸に、選手たちの未来を見つめている。

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内藤瑠那(ないとう・るな)

沖縄生まれ、東京育ち。青山学院大学経済学部を卒業後、美容系専門商社にて美容サロン向けのマーケティングを担当。その後、Webメディア企業にてビジネス系メディアの編集に従事し、コンテンツ制作やディレクションに携わる。お笑い、アイドル、野球を愛し、特技はオタ活。新しいことに挑戦しながら、好きなものを追いかける日々を楽しんでいる。モットーは「迷ったらときめくほうへ」

▼受賞コメント

スケート靴研磨職人の吾一さんは、スケートと選手への大きな愛を持ち、人生をかけて技術を注ぎ込む方です。その熱を少しも冷ますことなく読者に届けたいという思いで記事をつくりました。多くの方に読んでいただける機会を嬉しく思います。
 
半年間の講座は、冒険でした。課題に取り組む道のりで、自分のスキル不足や未熟さ、面白くなさ……次々と敵が現れます。そんな中、「書く」ことに情熱を燃やす仲間たちと出会いました。誰かの役に立ちたい人、本を愛する人、伝えたいテーマが明確な人。私にはなにがあるのか?そう考えたとき、たどり着いたのは「オタクとしての自分」でした。大好きなものや人の魅力を伝えたい。その一心で言葉と向き合い、深く掘り下げ、突き詰める。情熱だけが、私にある唯一の武器だと気がつきました。
 
先生方からは、たくさんの武器を授かりました。取材力という剣、表現力を磨く砥石、企画力という羅針盤。レベル1の私には、まだうまく扱えないものもあります。講座が終わった今、ここからが本当の冒険のはじまり。経験を積み、「あのとき先生はこれを言っていたのか!」と気付ける未来が楽しみでなりません。このワクワクを大切に、誰かにワクワクしてもらえるものを生み出していきたいです。
 
取材を快諾し、何度も原稿を確認してくださった吾一さん、本当にありがとうございました。また、偶然にも全日本選手権直前の鍵山選手の研磨に立ち会い、貴重な瞬間を撮影させていただけたことに、改めて感謝申し上げます。
 
そして、取材に協力してくれた家族がいなければ、この記事は完成しませんでした。ありがとう。
 
最後に、熱のこもった授業をしてくださった講師の先生方、細やかに支えてくださった事務局の方々、ともに戦った同期のみなさんに心より感謝申し上げます。

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