3月18日~20日(現地時間)、米国・ラスベガスにて開催されていたAdobe Summit2025。今年は「AIエージェント」の搭載を起点に、進化する顧客体験の提供やマーケティングコミュニケーションについてのセッションが数多く実施された。
開催2日目のキーノートでは、グローバルでホテル事業を展開するマリオット・インターナショナル(以下、マリオット)の副社長 兼 グローバル・マーケティング・オペレーションズ担当 ヒラリー・クック氏が登壇。世界中に顧客を抱える同社が、マーケティングコミュニケーションにおけるコンテンツ提供のパーソナライズ化に成功した理由が語られた。
具体的には、コンテンツ提供におけるワークフローを効率化することにより、キャンペーンなどのマーケティング施策の展開スピードは93%向上。顧客ごとに最適化されたコンテンツのバリエーションは、50万以上から200万近くへ拡張中だという。その結果、売上は目標の6倍を達成したという。
なぜ、マリオットはこのような成果をあげることができたのか。AIがマーケティング業務を自動化してくれる時代に、マーケターは何をすべきなのか。AdobeSummit2025では、AIを基軸にしたマーケティングの自動化の全貌を、同社が振り返った。
マリオット・インターナショナル(以下、マリオット)の副社長 兼 グローバル・マーケティング・オペレーションズ担当 ヒラリー・クック氏。マーケティング自動化、コンテンツサプライチェーンの最適化で実現した成果。
マリオットが抱えていたマーケティング課題
マリオットは世界最大級のホテルブランドのひとつ。世界9,500以上のホテルを運営し、150万室以上の客室、30を超えるブランド・事業を展開している。そして、同社では「Marriot Bonvoy(マリオット・ボンヴォイ)」というロイヤルティプログラムも展開。会員数は約2億人にのぼる。
クック氏は、マリオットがグローバルブランドとして拡大し続ける一方で、マーケティング活動においては大きく“2つの課題”を抱えていた、と話す。具体的には、①複雑化・断片化されたマーケティング運用、②データとコンテンツの統合不足の2つだ。以下で、課題の詳細を見ていく。
① 複雑化・断片化されたマーケティング運用
クック氏によると、マリオットでは、顧客へコンテンツを届ける部門・プロセス・ツールがサイロ化し、誰も全体像を把握できていない状況だったという。かかった時間やステップなども可視化されていなかった。
そこで同社内で調査した結果、具体的には、1つのキャンペーンが企画~市場展開されるまで110日、ワークフローにして349のステップがかかっていたことがわかったという。これで明らかになったのは、部署間の連携不足によってコンテンツ提供の効率が悪化していることだった。
「当時のマリオットでは、コンテンツ提供に関わる各チームが自分たちの領域だけを最適化しようとしていました。その結果、コンテンツサプライチェーン全体の効率が悪化。パーソナライゼーションした体験を顧客に届ける前に、社内のコンテンツ提供の最適化は急務だったと言えます」(クック氏)。
マリオット・インターナショナル(以下、マリオット)の副社長 兼 グローバル・マーケティング・オペレーションズ担当 ヒラリー・クック氏。
② データとコンテンツの統合不足
部署・ツール・プロセスのサイロ化が招いたのは、コンテンツ企画~制作~展開までのサプライチェーンの非効率だけではない。顧客データ、コンテンツ、ブランド資産の分断も起きていたという。
顧客データについては、各ブランドや地域、キャンペーン単位で異なる方法でオーディエンスを定義していたことが課題だった、とクック氏。例えばAチームでは「ファミリートラベラー」、Bチームでは「週末利用客」というように評価対象にズレがあった。
さらに、セグメントやスコアリングの基準も統一されていないため、同じ顧客が部門によっては“別人”として扱われていたこともあったという。CDPも全社統合されておらず、部門ごとにバラバラに管理されていた。
「データが各部署で分断されていた弊害として、チャネル間で一貫性のない体験を提供してしまっていました。例えば、アプリではVIP扱いなのに、Eメールでは一般会員向けコンテンツが送られる、などです」(クック氏)。
マリオットが抱えていた課題を解決するために必要だと思っていたこと。
それだけではなく、マーケターがコンテンツ制作に必要とする画像・テキスト・テンプレートも、各ブランド・部門ごとに別管理されていたという。例えば、同じ「無料朝食」プロモーションでも、素材が別管理・別名で保存されていた。
そのせいで、マーケターは魅力的なコンテンツの“制作”ではなく、使いたい素材を“探す”ことに時間をかけてしまっていたとヒラリー氏。コンテンツを再作成する方が速いという現象が頻発し、せっかく制作・展開したコンテンツが価値として蓄積されず、毎回ゼロからのスタートになってしまっていた。
「上記のような分断を招いていた要因には、グローバル企業ならではの“拠点の複雑性”も存在していました。ロゴ、トーン&マナー、キービジュアル、提携ブランドのルールなどが地域単位で独自運用されていることも多く、ブランドガイドラインがあっても、現場では守られていない、あるいは活用が難しい構造があったのです。結果として、顧客が触れるたびにブランドの印象が変わったり、グローバルとローカルでブランドの“顔”が違うように感じられてしまうことも課題でした」(クック氏)。
解決したのはAIだった 実現した効率化&最適化
ここまで読むと、2つの課題の共通点は「組織間の分断」「全体像の不明確さ」「“顧客中心”ではなく“組織中心”の運営」にあるとわかる。これらの課題を解決したのが、マリオットがAIを中核において開発したMarriott Marketing & Personalization Accelerators(以下、MAPA)だ。