テレビCMの予算をデジタル広告に再配分する際に注意すべきこと

前回の記事では、フジテレビ問題をきっかけに「テレビはCMの時代は終わったのか?」という議論が浮上したものの、実際にはテレビCMは一定の検索を生み出す効果があり一概に効果がなくなったとは言えないという見解を示しました。しかしながら、若年層のテレビ離れや配信動画サービスの普及を考えると、長期的にはテレビCMの衰退は避けられず、テレビとデジタルを組み合わせたクロスメディア運用が重要になる――という点が前回の結論でした。

テレビ投資の再配分、過半数の広告主が検討

ノバセルがテレビCMにかかわる態度変容をアンケート調査したところ、実際に、フジテレビ問題を経て「テレビCMを減らしてほかの施策に投資しよう」という動きは確実に広がっていることが明らかになりました。

<調査概要>
調査方法:インターネット調査
調査期間:2025年2月13日~2月17日
調査対象:関東、テレビCM放映実績のある企業所属の20-70代社員
調査回答数:400名

アンケート結果によると、多くの広告主が広告投資の再配分先を検討しており、特に検索連動型広告、SNS、YouTubeなどのオンライン動画広告に再投資を考えるケースが増えています。テレビからデジタルメディアへのシフトは、今ではごく自然な流れとなっています。

しかし、その投資配分を見誤ると、“思わぬ落とし穴”に陥り、かえって広告効率を悪化させてしまう可能性があります。今回は、テレビ予算を「獲得広告」や「Web認知広告」に移す際の注意点を整理するとともに、クロスメディア時代のプランニングに欠かせない視点について解説します。

テレビ予算を「獲得広告」へ:CPA運用の落とし穴

1. 増分CPAに注目しないと本当の投資効率が見えない

テレビ予算を検索連動型広告やSNS広告などの獲得広告に振り分ける場合、CPA(1件あたりの獲得コスト)が明確で費用対効果が合いやすいため、再投資先として選ばれやすいです。経営層への説明も容易で、比較的スムーズに導入されるケースが多いです。

しかし、ここが重要で忘れてはならないのが「増分CPA(Incremental CPA)」の概念です。通常のCPAは「全体の費用÷全体のコンバージョン数」で算出されますが、増分CPAは「追加で投下した予算÷実際に増えたコンバージョン数」で算出されます。この増分CPAに注視して運用すると、CPAが目標値を満たしていても、追加投資で新規獲得がほとんど増えていないことに気づく場合があります。増分CPAが非常に高止まりしてしまい、無駄な費用がかかってしまうという事例は決して珍しくありません。

下図が示すように、獲得広告は一定の獲得件数を1日あたりの配信量を増やしていくほど効率(CPA)が悪化していきます、一定のポイントを超えるとサチュレーション(飽和)を起こしてしまいます。

広告出稿を増やすとコンバージョン総数自体は伸びるものの、無駄打ちが増えてしまうため、結果的に高いコストがかかってしまうのです。本来であれば抑えられた予算(黄色い余地)を、他の施策に回すことができず、“許容CPA”までだらだらと配信を増やしてしまうのが獲得広告でありがちな失敗パターンといえるでしょう。つまり、CPAが合っているからといって過剰に予算を投入してしまうと広告投資を無駄にしてしまうので注意が必要です。

2. 3rdパーティーCookie規制による“刈り取り型”運用の限界

従来、リターゲティング広告などの短期的な刈り取り施策で効果を上げてきた企業は少なくありませんが、3rdパーティーCookie規制の強化により、この方法が効きづらくなると予想されています。CPAが効率的だからといって獲得広告ばかりに予算を投入してしまうと、Cookieが使えなくなった時点で獲得効率が急激に悪化するリスクがあります。

これを避けるためには、テレビCM・YouTube広告・SEO・CRMなど多角的な施策を通じてブランドや商品への興味を積み重ね、その後に検索広告につなげる中長期的な視点が不可欠です。

いわゆる“積み立て”の要素がないまま、単発のキャンペーンを繰り返す「掛捨型」運用に陥ると、予算を増やしても成果がなかなか伸びず、「サチュレーションゾーン」にはまりやすくなるでしょう。このため、獲得広告だけに頼らず、ブランド認知や興味喚起を積み上げる“積み立て型”の施策が重要です。

テレビ予算を「Web認知広告」に配分する際の注意点

テレビCMからYouTubeやSNS動画広告、TVerなどへシフトする企業が増えていますが、それぞれ個別のメディアで最適化が進む一方で、横断的なプランニングとなると一気に難易度が上がります。どの動画媒体も独自のソリューションや効果測定サービスを備えており、個別には一定のPDCAが回せるものの、媒体を横断して最適化を行うには、単純に枠を移動するだけでは本質的な最適化を見つけるのが難しいのです。

また、従来のリーチベースでの評価やアンケート結果を基にしたクロスメディア評価手法は限界があり、番組をリアルタイムで見るかどうか、スマホやPCから視聴しているかなど“メディアごとに異なる視聴態度”を横並びで比較することができません。

こうした背景を踏まえ、近年注目されているのが「時系列分析」を活用する手法です。

例えば、マーケティングミックスモデリング(MMM)のような多変量解析を使った統合評価のアプローチは理想的には思えますが、変数やファネルが複雑になりがちなうえに分析にかかるコストや時間が大きくなるため、実際に使いこなせる企業は少ないのが現状です。そこで、今後主流になると考えられるアプローチは、あらかじめミドル・アッパーファネルに位置づけられる媒体に絞り、購買以外の中間指標(例えば、指名検索の増加やUGC投稿数など)を組み込んだシンプルな時系列モデルを構築する方法です。この手法なら、解析の難易度が下がり、MMMほど大がかりな予算や期間を必要としないので、意思決定に活かせる可能性も高く、より現実的な選択肢となるでしょう。

動画広告をはじめとする認知施策のクロスメディアプランニングでは、テレビからYouTubeやTVerへの予算移動だけでなく、メディアごとの役割や目的をファネル上で整理し、適切な中間指標を設定し、時系列で指名検索や話題量などを観察・検証する方法が現実的です。

テレビ・Webを横断して視聴者がどのメディアでどのように行動し、どこで興味を深め、最終的に購買・申し込みに至るのかを可視化できれば、リーチ数やエンゲージメント率だけでは捉えきれなかった効果の全体像を把握できるようになります。

「デジタル移行」も一筋縄ではいかない

今やテレビとデジタルメディアが当たり前の時代となり、表面的なCPA指標だけでは本当の獲得効率が見えにくくなっています。さらに3rdパーティーCookie規制が進む中で、刈り取り型の広告に依存しすぎると、いずれ成果が頭打ちになるリスクが高まります。一方、認知領域ではテレビ・YouTube・TVerそれぞれに最適化施策がありますが、単にアロケーションを移すだけではメディアごとの“視聴態度”を比較することが難しく、事業成果を十分に把握するのは困難です。

こうした課題に対する一つの解決策としては、ファネルを整理し、中間指標を明確に設定した上で、時系列のデータ分析を活用してクロスメディアの掛け合わせ効果をシンプルにモデル化する手法が有力です。次回は、実際にWeb動画を使って指名検索の向上や認知の向上に取り組んでいる具体的な事例を深掘りし、どのような指標と分析手法によって成功を収めているのかをご紹介する予定です。テレビとデジタルが共存する時代のメディア戦略についてお話しします。

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田部 正樹(ラクスル上級執行役員CMO/SVP of Novasell 兼 ノバセル 代表取締役社長)
田部 正樹(ラクスル上級執行役員CMO/SVP of Novasell 兼 ノバセル 代表取締役社長)

1980年生まれ。大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年にテイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。14年8月にラクスル入社。マーケティング部長を経て、16年10月から現職に就任。ラクスルの成長をけん引したマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業「ノバセル」を立ち上げ、マーケティングの民主化をビジョンに急成長を続けている。22年にノバセルを分社化、代表取締役社長に就任。業界問わず成長を求める企業の経営×マーケティングのアドバイザー。経済産業省主催「始動」講師/メンター。著書に『指名検索マーケティング』(翔泳社)

田部 正樹(ラクスル上級執行役員CMO/SVP of Novasell 兼 ノバセル 代表取締役社長)

1980年生まれ。大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年にテイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。14年8月にラクスル入社。マーケティング部長を経て、16年10月から現職に就任。ラクスルの成長をけん引したマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業「ノバセル」を立ち上げ、マーケティングの民主化をビジョンに急成長を続けている。22年にノバセルを分社化、代表取締役社長に就任。業界問わず成長を求める企業の経営×マーケティングのアドバイザー。経済産業省主催「始動」講師/メンター。著書に『指名検索マーケティング』(翔泳社)

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