企業理念を番組コンセプトやネーミングに落とし込む
TBSテレビ(以下 TBS)とブルームバーグ・メディアは、2024年10月にニュースメディア「TBS CROSS DIG with Bloomberg」を開始した。これは、2024年6月に発足したブルームバーグ・メディアとTBSとのパートナーシップから誕生した初の共同サービスで、TBS 独⾃の動画や記事、ブルームバーグの厳選された⽇本語記事および動画コンテンツを毎⽇配信している。
同社では2022年4月にTBSをキー局とするJNN28局のニュースメディア「TBS NEWS DIG Powered by JNN」を開始。同メディアは圧倒的な取材力を用い、動画だけではなく、テキストを中心に構成したことで多くのユーザーを獲得し、順調にページビューを推移。2024年8月には過去最高となる月間2億9,399万PV、5,427万UBを達成、ニュースメディアとして安定したポジションを獲得している。
そんな中、持ち上がったのがブルームバーグとの提携による新たなニュースサイトの立ち上げだ。チーフコンテンツオフィサーとして元PIVOT 執⾏役員である⽵下隆⼀郎氏を迎え、TBSの取材力を生かし、より深い経済ニュースを動画で発信していく。従来の「TBS NEWS DIG」とは違う立ち位置の新しいニュースメディアが生まれることになったのだ。
「TBSとブルームバーグが組むという話を聞いたときに、それをどうニュース化し、新しいメディアとしての登場感を出すべきかを社内で検討しました。番組タイトルは放送作家やプロデューサー陣と決めることも多いのですが、単にネーミングを決めるということにとどまらず、新しいメディアの未来を指し示す方針のようなものをつくれたらと思いました」と話すのは、ブランドコミュニケーション戦略部 柴田愛氏。
TBSでは、2020年に企業理念を再設定。「最高の“時”で、明日の世界をつくる。」というブランドプロミスを掲げ、現在のロゴへと変更した。
「それまではTBSそのもののブランドよりも、コンテンツに合わせたイメージをつくることが重視されていました。たとえば、名刺ひとつ取っても、番組ごとに独自のデザインが存在していたり……。しかし、TBSが“テレビ局”の枠を越え、総合エンターテイメント企業、グローバルコンテンツ企業として成長していくためには、ブランドの統一と蓄積を意識していかなければいけない。そうした議論の中で、見た目はもちろん、企業理念に準じてコンテンツまでしっかりと考えていこうという動きが、その時から始まりました」(ブランドコミュニケーション戦略部 松原貴明氏)
今回は報道局デジタル編集部からブランドコミュニケーション戦略部に早い段階で相談があったことから、企業としての新しいミッションやビジョンをブレイクダウンした形でコンセプトやネーミングをつくるという方向性が見えてきたという。
テレビ局に限らず、オンラインのニュースメディアや関連するサービスは世の中に数多あり、すでにレッドオーシャンとも言える状況。経済ニュースに関しては、オンラインメディアが中心になって動画で配信も行っており、すでに多くの競合が存在する。
「その中で、新しいニュースメディアをどう考え、どこにポジショニングするのか。これまでのメディアや他社との違いをどう出していくのか。2社が協業することによる強みや特徴がいくつもある中で、何を一番大事にしていくのかをチームで議論していきました」(ブランド戦略コミュニケーション部 松田沙織氏)
そのプロセスにおいて、チーム全員の共通認識としてあったのが、従来のメディアに対する視聴者からの「信頼」だ。
「動画を中心とした経済メディアの誕生にあたり、TBSが培ってきた信頼こそが私たちの大きな財産になると思いました。信頼できる確かな情報をもとに、ビジネスパーソンに役立つ情報を届けていくという点、マスメディアとして他にはない取り組みで、新しいメディアの強みと価値になるだろうと考えていました」(報道局デジタル編集部 南部諒生氏)
新しいニュースメディアのコンセプトとネーミングを考える場に集まったのは、コンテンツをつくる報道局デジタル編集部、宣伝やロゴデザインを手がけるブランドコミュニケーション戦略部と社内デザインチームなど、番組に関わるあらゆる部署にいる人たちだ。2024年6月、そのメンバーにコピーライター 小藥元さんが加わり、新たなブランド構築に向けての議論が始まった。
新しいメディアは従来の「TBS NEWS DIG」よりもビジネスパーソンにターゲットを置いている。
「経済的に自立し、自分らしく活きていくため、社会をより良くするための意思決定の“杖”となるような情報を届けていくということが大きなコンセプト。マスメディアのサービスでここまでコンセプトを絞るのは珍しいと思います。それに加えて、『TBS NEWS DIG』の2階部分になるような構造をイメージしていました」(報道局デジタル編集部 豊田和真氏)
「いただいた資料を拝見したときに、ブルームバーグが強みとする金融・経済のスパイスがしっかりと入り、これまでのニュースメディアとは少し立ち位置が変わるだろうと思いました。豊田さんのお話にあったように2階部分という考え方も序盤ですでに伺っていました。新しいメディアの読者イメージとして描いたのはマス向けの1階に対し、よりビジネスの情報に対する欲求や感度が高い方。言葉でどう規定していくかを模索していたときに、1階2階である種クラス分けをしたらどうだろうと考えました。そうして生まれたが『ようこそ、ニュースのビジネスクラスへ。』というタグラインでした」(小藥氏)
さまざまな議論の結果、番組タイトルは「TBS CROSS DIG with Bloomberg」に決定。そのステートメントとして、「ニュースのビジネスクラスへ」という言葉が記された。
「『DIG』は既存のサービスにも使われていたワードですが、一次情報を伝えるだけではなく、深いところまで掘り下げて伝えていくという意味を、現場を動かすチームが大切にしていると感じていました。そのことを最終的にネーミングだけではなく、コンセプトにも反映できたと思います」(松田氏)
小藥氏は当初複数案を提示したが、一番のニュースはやはり「TBSとブルームバーグがタッグを組むこと」と捉えていた。
「TBSとブルームバーグという名前を入れるべきなのか。DIGというアセットを使うべきなのか、入れるとしたらなんのか。それとも使わずに全く新たに立ち上げるのかなど、様々な可能性がありご提案しましたが、両社の経営判断もある中でこのネーミングに着地しました」(小藥氏)
あらゆる部署のメンバーがワンチームで議論
制作プロセスにおいて、ブランドコミュニケーションチームが大事にしたのが「聞き心地の良い言葉や新しさでネーミングを決めない」ということだった。
「今回のネーミングやコンセプトは、一過性のキャンペーンで使うものではなく、この先数年、もしかすると何十年使うことになるかもしれない。そうなると、やはり聞き心地の良さや個人の主観で選ぶのではなく、その言葉の意味や思いからきちんと判断していくべきだと考えました。
その前提として、小薬さんが『ここに重きを置くのであればこの方向』ということを、プレゼン時に案ごとに明確に示してくださったので、そのロジックに従って我々も判断することができました」(松原氏)
ロゴは「O」の文字がクロスしたデザインになっている。また、ネーミングにある「CROSS」には、TBSとブルームバーグという2つのメディアの掛け合わせという意味とともに、ニュースにまつわる「さまざまなものを掛け合わせていく」という意味が込められている。
「取材制作力と専門性、スピードと信頼、経済と金融知識…など、このメディアにおいてさまざまなものを掛け合わせながら、ものごとを多角的に見ていくことがメディアのコンセプトとなり、それがロゴのデザインにもつながっていきました。掛け合わされること、重なりあうことで未来が見えるという点が、CROSS DIGらしさではないかと考えています。
通常の広告制作だと、ネーミングが1つに決まってからボディコピーを書く、というウォーターフォール的な作り方も多いかもしれませんが、今回はネーミング単体の良し悪しではなく、それに込められたコンセプトこそが大事だったので、小藥さんにもボディコピーをフルで複数案分書いていただきました。ネーミングに込められた思いと、それがどう明文化(可視化)されるのかまでを全員が確認した上で、納得できる着地点が見い出せたと思います」(柴田氏)
小藥氏は「今回、あらゆる部署の皆さんとワンチームで議論できたことが大きかった」と振り返る。
「自分自身の経験を振り返ると、今回のように報道の現場でコンテンツをつくっている人、コミュニケーションを担当する人、マーケティングを担当する人、デザインを担当する人と、関わる部署ほぼすべてをまたがるワンチームでディスカッションできる機会は実はあまりありません。それゆえに私もそれぞれのお考えを解像度高く理解できましたし、意見の集約も早く、スムーズに進めることができたと思います」(小藥氏)
新メディア立ち上げまでの4か月強、チーム内で有意義な議論ができたと、参加したメンバーは振り返る。
「新サービスと言いながらも、元の『TBS NEWS DIG』があり、ブルームバーグもあるから完全なるゼロイチではない。それぞれの持っているブランドの価値や伝統など何を残し、どう受け継いでいくべきかを考えながら、新しいメディアとしての可能性を突き詰めていくことができました」(松田氏)
現場でコンテンツの編集をする報道局デジタル編集部の豊田氏は、「番組をつくるときに、TBSだけではなくブルームバーグという2つの視点からつくるビジネスメディアであることを意識するとともに、このネーミングやコンセプト文は自分たちが常に立ち返って考える場所になっています」と話している。
