【はじめに公開】『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』

「宣伝会議のこの本、どんな本」では、当社が刊行した書籍の内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」や識者による本の解説を掲載しています。今回は、3月21日に発売した新刊『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』(博報堂ストラテジックプラニング局、SIGNING著)の「はじめに」の一部を紹介します。

なんでも「見える化」のエビデンスの時代に目に見えない価値を考えたい

現代は、経済、社会、政治、さらには日常生活においても、あらゆるものの価値・意味・意義が「見える化」される時代です。データが駆動する世界では、技術やサービスはもちろん、政策や生活習慣に至るまで、あらゆる選択が「エビデンス」に基づいて語られるようになっています。

例えば、これまで人の経験や勘などの暗黙知に頼っていた職人技は「データ化」されて再現可能なものとなり、熟練の技もAIやロボットが学ぶデータの一部として取り扱われます。SNSの普及により「映える消費」が重視され、見た目の美しさが商品やサービスの価値を大きく左右するようにもなりました。人・モノの流れや行動データを基にしたスマートシティ構想は、まちの効率性と生産性の向上を追求しています。政治においても、「エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング」(EBPM)という、「確かなデータや根拠にもとづいた政策立案」の手法や考え方が内閣府によって提唱・推進されています。2022〜23年にかけて、「それってあなたの感想ですよね?」という言葉がバズワードになりました(ベネッセホールディングス調べ)。確かなエビデンスやデータは相手を論破し自分の主張を通す武器にもなります。

こうした「見える化」の恩恵は計り知れません。テクノロジーの進化により、これまで見えなかったことが見えるようになり、私たちの暮らしの至るところで不便・問題・課題が「見える化」され、改善がなされ、日々の生活はどんどん便利で快適なものになっていきました。
社会正義や多様性社会を推進する観点でも、「見える化」は極めて重要な役割を果たしてきました。「見える化」によってこれまで隠蔽されていた差別や不正を可視化したり、社会全体の中でテーマアップされづらかったマイノリティの人々の課題を浮き彫りにしてその人権を守る一助となっていたりするからです。

見える化の大切さを否定する意図は筆者には一切ありません。
しかし同時に、「見える化」が行き過ぎてしまうことで、

「見える化できないもの=価値がないもの」

という考えや価値観が、社会・ビジネス・人間関係において支配的になりすぎていやしないか?本書では、そんな問題提起を、日々「見える化」された仕事の進捗・成果に追われているビジネスパーソンたちに投げかけたいと思っています。

イメージ 書影 SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット

『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』
株式会社博報堂ストラテジックプラニング局、株式会社SIGNING著/定価:2,200円

ECサイトの購買履歴やスマートフォンのデータに反映されない行動は、感情や欲望の中に存在しないものとして扱われていいのでしょうか?SNSに素敵な「映え写真」が上がっているかどうかは、その人の幸福度を示すものなのでしょうか?効率的で合理的、清潔で安全で便利な街は、若者がイノベーションやカルチャーを生み出していく苗床となれるのでしょうか?私たちはエビデンスがなければ何も主張してはいけないのでしょうか?

もちろん、これらの問いの答えは「NO」です。
そんなことは誰もがわかっている。
それでも、現代はこの「見える化」がもたらす恩恵があまりにも大きいからこそ、その流に抗えず、ついつい見落としてしまうものが出てきてしまうのです。
それは、数値やデータでは完璧に捉えることが難しい、
―喜び、悲しみ、怒り、恐れ、驚き、嫉妬、興奮、優しさ
愛情、友情、信頼、共感、感動、絆、尊敬
ロマン、夢、希望、憧れ、情熱、野心、希望
真理、善、美、倫理、正義、哲学
生命、魂、運命、死……

これらは、私たちの人生、幸福、社会の根本を支えている本質的で普遍的で人間的な、「目に見えない価値」です。
本書は、こうした「目に見えない価値」を掘り下げ、それを現代社会や経済に応用する方法を探求していきます。

目に見えない価値を重視する「SBNR」って?

こうした目に見えない価値を重視する世界的な潮流として注目されているのが、

SBNR(SpiritualButNotReligious)

です。この言葉は、「宗教的ではないがスピリチュアル」という意味を持ち、特定の宗教を信仰していないものの、精神的な豊かさを求める人々(無宗教型スピリチュアル)のことを指しています。このSBNR層は欧米を中心に拡大しており、例えばアメリカでは国民の約5人に1人が該当するという調査結果もあります。

日本人の感覚からすると「スピリチュアル」という言葉から過剰に神秘的なものをイメージする方もいるかもしれませんが、SBNRとは、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する現代的なライフスタイルのことを指します。SBNR層が大切にしているのは、例えば健康的な食事、自然との触れ合い、マインドフルネス、文化や歴史に触れる旅、そして多様性やサステナビリティへの関心など、日常的かつ実践的な価値観です。

このSBNRという言葉は2000年代にアメリカで誕生し、新たな価値観として浸透しましたが、近年では、コロナ禍や気候変動、戦争などの世界的危機を受け、再び注目が高まっています。ハーバード大学のダリル・カテリン教授は、SBNR現象の背後にある要因について次のように述べました。

「SBNR現象の原因はテロや自然災害、パンデミックなどの社会環境の根本を脅かす大きな変革である。人々はこれまでのような価値観ではなく、より自らが人徳を持って社会を良くするために何かができないかと考えている」(出典:ハーバード大学神学院「Harvard Divinity Bulletin」)

コロナ禍を経て起きたSBNR層の拡大と再注目は、物質的豊かさの限界に直面した現代社会が選択した新たな方向性を示しているとともに、企業や経済活動、社会、共同体、そして私たちの幸福のあり方をアップデートするタイミングが来ていることを示唆しているのではないでしょうか。

なぜ広告会社がSBNRの本を出すのか?

この本は、広告会社である博報堂DYグループのメンバーによって執筆されました。

広告産業は「見える化」の波の最前線にあります。

消費者行動や広告効果をデータとして把握し、それを基に意思決定を行うエビデンスベースのマーケティングが主流になっています。どの商品がどこでどれだけ売れたのか、検索数や購買数といった具体的な成果が即座に示され、広告の価値が数値で評価される時代です。この進化は、確かに効率や精度を向上させましたが、同時に「効果を可視化できない広告には価値がない!」という風潮も生んできました。しかし、目に見えるデータだけで語れない価値を生活者と共有することもまた、広告の重要な役割です。広告は、ワクワクする未来を提示することで新しい需要を生み出すことが重要な機能ですが、データはあくまで「過去」のものでしかありません。生活者と未来を語り合うためには、過去のエビデンスだけでは不十分なのです。

博報堂は、生活者発想を掲げる広告会社で、本書の筆者であるストラテジックプラナーたちは、目に見える調査データや現象の背景にある深層的なニーズや価値を掘り下げ、「目に見えない価値」を見出して新しい価値として社会に提案していくことを日々の業務としています。
この本には、そんな「生活者の目に見えない変化を見つけるプロたち」が、「SBNR」というムーブメントを分析・考察した内容が盛り込まれています。「見えないもの」に光を当て、その価値を再認識することで、単なる広告やマーケティングの視点にとどまらず、私たちの暮らしに新たな可能性を提案するとともに、社会や組織がこれから向かうべき未来を描いた一冊です。

SBNRはマーケティング・経営・社会課題解決にも取り入れられる

SBNRという宗教や信仰、精神性に関わる人文科学的なテーマについて、「ビジネス書」という形で実社会での応用可能性を論じる理由についても簡単に触れておきましょう。

【日本への注目】
欧米のSBNR層は、日本の精神文化(禅、修験道、神道、武道、自然信仰、歴史、哲学)に高い関心を持ち、自己成長や内面の充足のヒントを見出そうとしています。これはつまり、日本文化の持つ精神的価値が海外で評価される・競争力になる・ビジネスになる可能性を秘めているということです。

【巨大な世界市場】
また、世界的に宗教離れが進む中で、「無宗教」はキリスト教、イスラム教に次ぐ3番目に多い“宗教”とも言われており、無宗教者を対象にしたビジネスは今後世界で巨大なマーケットになっていく可能性を秘めています。2025年4月から開催予定の大阪・関西万博や、インバウンドツーリズムの世界ではすでにこの「SBNR」というターゲット層・新たな価値観をテーマアップした取り組みも始まっています。

【日本国内における多数の関連事例】
SBNRは海外発の概念/ムーブメントですが、そもそも日本でも類似する「心の豊かさ」を追求する消費行動は近年大きく拡大している他、禅・哲学・宗教の教えを経営に取り込む日本企業の動きも見られ始めています。

こうした観点から、SBNRは

1.インバウンドマーケティングや日本ブランドの海外ブランディングへの活用
2.国内のマーケティング・ブランディング・事業開発への活用
3.企業・団体・コミュニティの経営や組織づくり(人材・制度・文化づくり)への活用

といった非常に幅広い領域でビジネスとして応用可能なポテンシャルを秘めています。

また、「孤独」「メンタルケア」「環境」「分断と対立」などの、昨今よく取り沙汰される心にまつわる社会課題に対して、日本独自のアプローチで世界にその解決策を指し示すことも可能だと考えています。

目に見えない価値を重視する新しいトレンドであるSBNRの日本市場における動向を体系的に分析・考察した書籍は、まだほとんど見られません。また、日本の宗教や精神文化を、マーケティング・ブランディング・企業経営や社会課題解決などの現実社会に応用していくことに焦点を当てて論じた書籍も稀です。
ビジネスパーソンがSBNRを仕事で応用する方法を考えるうえで最適な一冊となっていると思います。

著者紹介

本書は、博報堂 DY グループに所属するメンバー5人による共著で書かれています。SBNRはまだまだ知名度が低く、マニアックとも言える分野ですが、それでも、私たちがこのテーマで一冊の本を執筆するに至ったのは、メンバーそれぞれがSBNRなバックグラウンドを持っていたからでした。この5人のメンバーを簡単に紹介しましょう。

牧 貴洋(まき・たかひろ)(聖地 鶴岡生まれ/歴史オタク/SIGNING キャンプ部部長)
スピリチュアルの聖地、山形県鶴岡市で生まれ育ち、現在は博報堂DYグループでソーシャルデザインを専門領域とするSIGNING社の代表。大学時代は歴史を専攻。趣味は歴史を二軸四象限マップで整理すること。夏場は社員を巻き込んだキャンプ活動、BBQ活動に勤しむ。マイルドなサウナー。2021年に「SBNR」の概念を知り、強い感銘を受ける。

宮島 達則(みやじま・たつのり)(僧侶/博報堂ストラテジックプラニング局)
浄土宗の寺院に生まれる。大学時代約100日間の修行を修め、僧侶としての資格である僧籍を取得。仏教のみならず、キリスト教やイスラム教、新興宗教にも関心をもち、広く宗教に対する知識収集が好きな宗教オタク。趣味は国内の宗教施設めぐり。経歴を活かし、寺院のブランディングなどの業務も担当経験あり。

橋本 明意(はしもと・めい)(ヨガインストラクター/スピ同好会部長/博報堂ストラテジックプラニング局)
幼少期から大学までクラシックピアノに没頭し、就職を期に引退。その後新たな生きがいを持ちたいと思ってはじめたヨガにハマり、ハワイで全米ヨガアライアンスの資格を取得。ヨガ仲間の影響でスピリチュアル探訪が新たな趣味に加わり、現在は社内の有志による「スピリチュアル同好会」の部長として本格スピからB級スピまで幅広く研究中。

伊藤 幹(いとう・もとき)(ウェルビーイングプラナー/弓道家/博報堂ストラテジックプラニング局)
仏教と「心」をテーマにしたマンガエッセイを幼少期からの愛読書とし、学生時代は弓道に打ち込み明治神宮奉納年越射会にも参加するなど、SBNR的価値観を濃く持って育つ。趣味はサウナ・料理・御香。ウェルビーイング関連プロジェクトに多数携わり、2022年に朝日新聞とともにウェルビーイングな社会を推進する「WELLBEING AWARDS」を立ち上げる。

坪井 克諭(つぼい・かつとし)(山伏/ 博報堂DYホールディングスグループ人材開発室室長補佐)
中学・高校・大学と柔道に打ち込み、2007-2013年の6年間の中国駐在生活で日本人としてのアイデンティティを強く意識する。2021年に山形で山伏の文化と出会う。2023年には出羽三山神社の山伏修行に参加し、山伏名「克勇(カツユウ)」をいただく。ここ最近の週末は専ら法螺貝の稽古に勤しんでいる。

私たちがSBNRというテーマに取り組むきっかけとなったのは、2021年のこと、牧がとあるビジネスカンファレンスで、アメリカでSBNRムーブメントが注目されているという話を耳にしたことが始まりでした。コロナ禍を通じて、価値観やライフスタイルが急激に変化していく中で、この概念に可能性を感じた牧は、元上司の坪井とともに、SBNRに関する研究と実践のプロジェクトを立ち上げました。

その後、ヨガインストラクターの資格を持ち社内でスピ同好会も立ち上げて活動していた橋本、 日本の仏教文化を深く知る僧侶の宮島、ウェルビーイングをテーマにした業務で成果を上げていた伊藤が加わり、それぞれの知識や経験、人脈を活かしながらプロジェクトは発展していきました。

書籍発刊に至るまでに私たちは多くの専門家や実践者と議論を重ねてきました。

・宮司、僧侶、山伏、大学教授、など精神文化に関わるSBNRスペシャリスト
・瞑想サービス事業者、ホテル経営者、飲食店経営者、飲料・食品・たばこ会社などの「心の豊かさ産業」プレイヤー
・官僚、自治体、地域のスタートアップ経営者、地方創生支援会社、グランピング事業者などの地域価値化プロフェッショナル
・在野のサウナオタク、キャンパー、ヨガ好き、占い好き、アイドルオタクなどSBNRライフ実践者

専門的な視点から身近な生活者の視点まで、多岐にわたる人々からの学びとインスピレーションを通じて、これまで SBNRの理論と実践を深めてきました。本書は、こうした多様なバックグラウンドと実践を重ねてきた私たちが、SBNRから創出する新しい時代の価値を探る中で生まれた成果です。理論と実践を融合させ、SBNRを社会やビジネスにどのように活かせるか、その提案をこの一冊に込めました。

次のページ
1 2
この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ