メディアが多様化しさまざまな情報が溢れる時代だからこそ、エンゲージメントが高いプロダクトやコンテンツが求められている。2月に開催された「アドタイデイズリージョナル2025春」(名古屋会場)では、貝印の鈴木曜氏とゲート・ワンの速水大剛氏が登壇。鈴木氏は「顧客理解と社会との合意形成によるブランドづくり」について、速水氏は「地域密着型リテールメディアの可能性と今後の展望」について講演した。
刃物メーカーの老舗のルーツ「野鍛冶の精神」
1908年に創業した貝印は、世界三大刃物の街・岐阜県関市をルーツとする老舗総合刃物メーカー。キッチンツールやビューティツール、医療用のプロフェッショナルユースなど幅広く商品を展開しており、家庭用包丁・爪切り・使い捨てカミソリにおいては国内シェアナンバーワンを誇る。
貝印が大切にしているのは「野鍛冶の精神」という概念。「野鍛冶は、発注者の背格好を見て用途を聞きながら刃物や農具を作っていた。そうした『お客様のことを第一に考えたものづくり』という精神が企業のルーツである」と鈴木氏は語る。
顧客目線で行う販売戦略
顧客目線でのマーケティング戦略においては、全ての刃物に共通する条件「切れ味が劣化すること」を念頭におき、劣化したら「買い替える・捨てる」もしくは「研ぐ・同じものを再購入する」という2軸の顧客行動で考えるという。顧客が「買い替える・捨てる」のは、思い入れが少なく劣化すると価値がなくなるものとし、価格・環境配慮などのイメージ戦略を選択。一方「研ぐ・再購入する」のは、思い入れが強く劣化すると便益がなくなるものと捉え、品質面のブランド戦略を考案すると解説。鈴木氏は「すべて同じ目線で物事を考えるのは危険。顧客行動の2軸を明確にする必要がある」と力を込めた。
実際にマーケティングを行う上での前提条件として、鈴木氏は「世論醸成方法の多様化」「伝達表現の多彩化」「表現のストック化」の3つの事象を挙げた。これまではテレビや新聞などが世論を醸成していたが、メディアが多様化し世論の醸成方法も多様化。自社メディアやSNSの運営が大切な業務になってくる。オンラインに身を置くようになると、企業メッセージにおいてはクリエイティブの自由度が増え伝達表現が多彩化したことで、プロダクトもコンテンツの一つとして世の中の論調を調整可能に。さらに情報がネット上に蓄積される、「表現のストック化」も進んでいる。そういったメディアの多様化がもたらした変化を捉えつつ、マーケティング戦略を立てることが大切だという。
人・社会・ブランドで形成される次世代マーケティング
貝印の「顧客ありきの販売戦略」を発展させたのが、「人」「社会・文化」「ブランド」の3つの概念を重視した次世代マーケティング「近未来マーケット-イン思考」。人の欲求の根源にある社会・文化を捉え、人が同一化したくなるブランドの姿勢やパーパスを構築し商品開発をしていくというのが、3つの概念の関係性だ。鈴木氏は「人と人とが社会を形成していて、社会が求めているアイテムは個人の集合体と考える。一方、社会が動くと個人も動くという現象もあり、プロダクトによってどちらの見方を重要視すべきか考えることが、ものづくりにおいて大切である」と解説。この「近未来マーケット-イン思考」を、インサイト調査やプロダクト開発のベースにしているという。
「人」と「社会・文化」を捉えるためのインサイト調査においては、「社会・文化の予兆の定量から仮説を考える」調査と共に、「個人の定性を画像や音声・行動で捉え、共通項を発見する」調査も行う。鈴木氏は「予兆から個を掴むのか、個の動きから予兆を捉えるのか、常に目まぐるしく変わっている」と分析し、「世の中をどう変えていくか、何を提案するかを考えるためには、社会と人の双方の把握が必要」と力説した。
社会と個を捉えた新ブランド「紙カミソリ」と「AUGER」
次世代マーケティングにより社会から個を掴み成功した事例として「紙カミソリ」が紹介された。開発の背景には「海洋性プラスチックのゴミ対策」という社会の動きがあり、創業110周年記念で「環境意識の高い若い世代」に向けて開発されたサステナブルな商品だ。鈴木氏は「自由にプリントでき、カラフルでファッショナブル。性別に捉われないジェンダーレスなデザインもターゲットに刺さった」とプロダクトの特徴を語る。テスト販売は3日で完売し、多くのメディアに取り上げられ話題を呼んだ。8折で作れる組み立て動画は、TikTokで1600万再生を記録したという。
もう一つの事例は「AUGER」というグルーミングブランド。カミソリ・爪切り・はさみなど一連のグルーミングツールを作っている貝印の強みを活かした商品だ。開発前には「Z世代は男性も身だしなみに興味がある」というデータを元に、100人以上の男性の洗面所の撮影を慣行。結果「洗面所の色が入り乱れて乱雑なイメージ」と共に「アイテムのデザインを揃えたい」という声が浮彫りとなり、デザインを漆黒に統一することに。また、ターゲットについて定性的なものを表現すべく、「心に触れて“整える”時間」をコンセプトに動画を制作。特定の顧客集団とのコミュニケーション活動を行ったりアーティストとコラボをしたりと、文脈とデザイン性を守りながらブランドを育てていったという。
デザイン思考によるプロダクト開発
プロダクト開発においてもう一つ積極的に取り入れているのは「デザイン思考」という考え方。他社でデザイン部の部長を担っていた鈴木氏は、デザイナー特有の思考回路で、ユーザーの課題解決に焦点をあてたアプローチを行っているという。デザイン思考のプロセスで重要なポイントは「プロトタイプ開発を早い段階で行うこと」。プロトタイプで問題がなければ、テストマーケティングで市場の反響が確認できる。また、この時点で特許が取れていれば他社は参入できない。
鈴木氏は「特許とクリエイティブとマーケティングはセットで考えることが大事」と説明。「貝印は日々プロトタイプを制作し、アイデアをアイデアで終わらせず形にして世に問いかけている。世界に発信する日本企業として、良いものを生み出していきたい」と今後の展望を語った。
広告配信の新しい仕組みリテールメディア
続いてゲート・ワンの速水氏が登壇。地域型密着リテールメディアの可能性と今後の展望について講演した。
米国を中心に急速に市場拡大をして話題となっているリテールメディア。小売が自社の持つ生活者接点を広告メディア化したもので、大きく分けるとアプリやECサイトの広告面であるオンライン系と、店舗内のデジタルサイネージや販促ポップなどのオフライン系がある。
リテールメディアの成長の背景には、サードパーティーCookieの廃止、小売の持つファーストパーティーデータの活用、計測テクノロジーの進化がある。店舗の売り上げデータやID-POSとよばれる顧客情報が紐づいた購買データを活用すれば、サードパーティーCookieが廃止されても高精度なターゲティングが可能に。また、AIカメラなどで詳細な効果検証もできる。
国内最大級のデジタルサイネージネットワークを持つFamilyMartVision
ゲート・ワンは2021年9月に設立され、デジタルサイネージFamilyMartVisionの設置や広告メニューの拡大など、メディア開発事業を展開している。FamilyMartVisionは全国約1万店舗に設置され、リーチ可能数は2週間で最大5500万インプレッション。どの時間帯にどこのエリアに展開するかという組み合わせで、柔軟に広告を打つことができる。明確な効果検証もポイントで、トラッキングリサーチにより購入意向やブランド購入度など顧客の意識変容が明らかに。どんな年代の人がどれくらい見たかを検証する視認計測も可能だ。
また、FamilyMartVisionには広告枠だけでなく番組枠もあり、オリジナル番組も配信する。商品紹介や雑学、エンタメ系のコンテンツ番組を流すことで、楽しい買い物体験の提供と視認率の向上を目指している。クライアント数は昨年比で約2倍。速水氏は「7割はファミリーマートに商品を置いていないクライアントで、金融、保険、自治体などが増加した。広告主の業種が多様化しており、販促・認知の両面で活用が伸長している」と分析する。
選ばれる情報発信メディアに求められるものとは
リテールメディアが目指すのは三方良し。顧客と加盟店と広告主、三者にとってメリットのあるメディアになることが非常に重要なポイントとなる。速水氏は「リテールメディアは販促情報だといわれるが、我々は店舗体験を楽しくする情報発信メディアと位置付けている。販促メディアもそのうちの一つの側面であり、視聴体験も店舗体験の一つと考えている」とリテールメディアの在り方を説いた。
メディアが多様化する環境下で、生活者が自らの意志で情報を取捨選択する時代。速水氏は「リテールメディアが情報発信メディアとして選ばれるためには、エンゲージメントが必要である」と断言。「『わたしのことだ』という共感性や親近感を作っていかないと、メッセージの受容性が高まらない」と言葉に力を込める。
エンゲージメントを高めるための有効なアプローチ
エンゲージメントを創出するうえで、FamilyMartVisionは1対複数メディアであるという課題を抱えていた。ユーザーの属性や趣味趣向を把握できる1対1メディアのスマホのデジタル広告と比べると、不特定多数が視聴する1対複数メディアは不利となる。そこで「エンゲージメントを高めるための有効なアプローチ」として着目したのが地域密着情報だ。「顧客のファミリーマートへの共感性を高め、楽しいお買い物体験を提供」「地域のコミュニティにおける店舗の存在感の向上」「顧客の能動的な視聴で高い広告効果の取得」を目指し、地域密着型リテールメディアへの取り組みを行った。
地域密着型リテールメディアに向けた取り組み
地域密着型リテールメディアを実現するには、大きく3つの課題があった。1つは、地域に根差した情報の収集法。この課題を解決するべく各地方のテレビ局と協業した。速水氏は「地方のテレビ局は豊富なローカルコンテンツを所有しており、ニュースや旬の情報をタイムリーに収取することができる」と協業のメリットを語る。
テレビ局から収取したニュースを、いかにタイムリーにFamilyMartVisionの枠に編成しコンテンツ化するか、という2つ目の課題には、API連携というテクノロジーを活用。「各地方テレビ局から、直接コンテンツが番組内に挿入される仕組みを現在テスト中である」と速水氏は説明した。
3つ目は「各テレビ局の放映エリアに沿って、いかに適切なエリアのFamilyMartVisionで放映するか」という課題。速水氏はこの解決策について「テレビ局の放映エリアに合わせて、FamilyMartVisionの配信システムの柔軟性を強化した」と振り返る。そして「今は配信可能エリアを全国・エリア・県・個店まで細分化できるように。最終的には市区町村レベルまで細分化し、より顧客に『自分の町のヴィジョン』という意識を高めていただくことを目指していきたい」と展望を明かした。
地域色を活かし価値のあるメディアへ
講演後半には、各店舗近隣の景勝地を紹介する「ファミマから旅に出よう」、大塚製薬×コンビニで30都府県の自治体と連携をした「熱中症対策啓発」、名古屋テレビ放送(メーテレ)との番組連携による「ファミリーマートの商品開発」、プロバスケットボールチーム名古屋ダイヤモンドドルフィンズの「大会プロモーション」など、地域密着型リテールメディアの特性を活かした事例を紹介。
速水氏は「我々が実現したいことは地域密着を通じて顧客のエンゲージメントを高め、加盟店・広告主にとってより価値あるメディアに進化していくことである」という目標を語り、講演を締めくくった。
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